第102話 コロネ、小麦農家の手を借りる
「おー、すごいすごい。ちゃんと、程よい大きさに砕かれてるね」
機械をから出てきた小麦を見ながら、思わず笑顔になってしまう。
さらさらとした粉状ではなく、パキッと割って、中身を取り出したような感じになっている。これなら、分離した後で、もう一度、石臼にかければ、ちゃんとした白い小麦粉になりそうだ。
どうしても、ひと手間が面倒だけど、ここだけは譲れないので頑張ろう。
「コロネさん、これで大丈夫そうですか?」
「うん。とりあえずはね。最初の一歩としては申し分ない感じかな。やっぱり、ロール機なんかを使った時よりは、どうしても分離が甘くなっちゃうみたいだけど、それは機械を代用してるから仕方ないしね」
その工程専門の機械でない以上は、なかなか難しいかも。
微調整で、ちょうどいい設定が見つかったとしても、後々のことを考えると、ロール機やシフター、あと、ピュリファイアーの開発を目指した方がいいだろう。
シフターというのは、いわゆる、自動でふるい分け工程をやってくれる機械のことで、ピュリファイアーは、シフターで分けた粉を更に風で吸い上げる機能を使って、細かいふすま片をきれいに除去してくれる機械のことだ。
要するに、シフターが小麦粉分離のクエストと同じ仕事をしてくれる感じかな。
結局、手作業だと人海戦術が必要になってしまうので、最終的には機械化を目指さないの大変なのだ。人件費もかかっちゃうので、小麦粉の値段にも影響してきちゃうし。
そして、ピュリファイアーは、今まさにコロネたちが作っている小麦粉から、更に質を高めるためには必要な装置でもある。分離しづらい細かな破片がほぼ完璧に分離できるだけでなく、風を使うことで、うまく調整して、粉の粒子の大きさをそろえることが可能になるのだ。
白い小麦粉と一口に言っても、その粒の大きさにはばらつきがあるので、その辺りがそろっていた方がより、口当たりがよくなるんだよね。
まあ、現時点では高望みかな。
でも、いつかはそういうレベルまでたどり着きたいものだ。
「ひとまず、このレベルで小麦粉作りを目指そうか。今日のところは二時間をめどに、どのくらいのふるいわけができるか調べるから、それで作れる分をこの機械にかけちゃおうね」
ブランとふたりで作業するなら、この前のパンの時よりは量を確保できるかな。
何より、ある程度の分離はできているのだ。
大分、効率よくできそうだ。
「あ、コロネさん。この後の工程は、うちの家族も手伝ってくれるそうですよ。やっぱり、色々な人のペースがチェックできた方がいいですよね。一応、僕の兄弟たちも末のセモリナ以外は、身体強化が使えるくらいにはなっていますので、子供でも十分、戦力になると思いますよ」
あ、それはありがたいね。
今日できた小麦粉は早速、明日パン工房でテストに使うから、多い方がピーニャが喜ぶだろうし。
「だったら、ブラン君が準備してくれた今日の分の小麦は全部、機械にかけちゃおうか。そこそこの人数で作業できるなら、二時間で終わると思うしね」
「わかりました。それじゃあ、頑張っていきましょうね」
ブランがいい笑顔で頷く。
そうして、ふたりがかりでの機械作業が始まった。
「うん、いい感じだねえ」
粉砕が終わった小麦がいっぱいある光景に、ちょっと満足だ。
まあ、ここからが本番なんだけど、やっぱり、ここまで来れたのはうれしい。
これで、強力粉から準強力粉相当の小麦粉が手に入るのだ。中力粉相当の小麦粉も少量だったら、ゲットできるかな。パン作りには申し分ないし、食感がふわっとしていないとダメなお菓子でなければ、これでチャレンジが可能になる。
日本では、お菓子と言えば薄力粉が主流だったけど、コロネの修行先ではそうでもなかった。もちろん、薄力粉でないと作れないものもあるけど、それ以外では、小麦本来の風味というものが大切にされていたのだ。
最近だと、ヨーロッパ風の小麦粉の使い方のお店も増えてきたのかな。
まあ、この辺りは、お菓子を食べる側の好みや嗜好の問題も大きいんだけどね。今まで食べてきたものと違うものを受け入れてくれるかどうか。食べてくれるお客さんも味に対する考え方が変わって来たというか。
結局は、最終的にはお客さんが喜んでくれるかどうかが大事だしね。
パティシエとして、『このお菓子はこういう感じがいい!』って感覚も大事だけど、それを受け入れられる下地も必要だから、その辺は焦らず、一歩一歩進んでいく方がいいのかもしれない。
まあ、今のコロネの前には、相変わらず砂糖の壁が立ちふさがっているんだけど。
さておき。
ブランは今、他の家族を呼びに行ってくれている。
ふるい分けの作業については、手伝ってくれるということらしい。
「コロネさん、お待たせしました。みんなを連れてきましたよ」
ブランと一緒に現れたのは、お父さんのバドさん、お母さんのモルさん、そして、アリュー、トロン、テスタ、セモリナの兄弟たちだ。
やっぱり、こっちの世界だと少し遅い時間のせいかな。末っ子のセモリナはちょっと眠そうにしている気がする。確か、五歳って聞いていたから、あんまり無理はしないでもらいたいね。
「皆さん、ご協力ありがとうございます。でも、夜も遅くなってきましたので、無理はしないでくださいね。セモリナちゃんも眠そうだけど、休んでても大丈夫だよ?」
「ぶぅ、セモリナもお手伝いすゆの。ひとりだけ寝ちゃうのはやーなの」
「ははは、コロネさん、申し訳ありません。セモリナも一緒にさせてください。これも、農家としての大事な仕事ですので。それに、こう見えてセモリナも頼りになるところがありますよ」
「ええ、私たちの子供たちの中でも、土魔法に特化しているのがセモリナです。ですから、一人前扱いするのが、うちの中での決まりですわ」
バドとモルがそうフォローしてくれた。
年齢的に、身体強化の魔法はまだまだだけど、土魔法については意外な才能を持っているのだとか。何でも、赤ちゃんのころから、はいはいしながら周囲の土を動物の形へと変化させて遊んでいたらしい。
そうなんだ。すごいね。
というか、話を聞いていると、ブランの他の兄弟たちもなかなかすごい。
「僕の得意分野は身体強化です。ですから、それを活かした作業などは得意ですね。一応、格闘術なんかもアズ先生から教わっているところです」
そう言ったのは次男のアリューだ。
少しぽっちゃり系で、ブランよりも少し大柄に見えるかな。性格はちょっと大らかな感じで、気は優しくて力持ちの典型的なタイプみたいだね。
ブランがしっかり者だとすると、アリューは兄妹の中でも、まあまあと穏やかに仲裁に入る感じなのだとか。そのせいか、武器の扱いは苦手で、結局、消去法で、『三羽烏』のアズーンから、格闘術を教わっているらしい。
何でも、身体強化の上位版も使えるらしいけど、師匠のアズともども、格闘っていうイメージから離れている性格だよね。
「で、俺は農業系のユニークスキル持ちだよ。コロネ姉ちゃん」
三男のトロンは、土や植物系の精霊から好かれる体質持ちなのだそうだ。ユニークスキル『緑の手』。今はまだ微力でしか使えないらしいが、周囲の小精霊に働きかけたり、植物の精霊に協力してもらって、作物の成長を速めることができるのだとか。
兄妹の中では、やんちゃ盛りで、その小柄な体で動き回っているらしい。
いっつも、双子である妹のテスタとケンカしているが、別段、仲が悪いわけではなく、なぜか双子なのに、トロンの方が背が少し低いことを気にしているんだって。本当に妹が困っている時は、そこに飛び込んで行って助けに入るということだから、まあ、色々と複雑なお年頃なのだろう。
「わたしは魔法薬について勉強してます。父さんたちには悪いですけど、農業より、そっちの方に興味を持っちゃいました。メル先生のポーション学は面白いです」
ぱっちりとした目が印象的なのが長女のテスタだ。
トロンが調子に乗っていることが多いので、それを抑えるのが役割みたいな感じかな。真面目で、行動力があるタイプみたいで、ちょっと気が強い感じってところか。
元々は、メルが作る農作物の成長剤に興味を持って、彼女のところを訪れたらしいけど、いつの間にか、メルの魔法理論と薬学の方に、興味の対象が移ってしまったそうだ。一応、魔法屋のフィナの他に、望めばメルからも魔法については教わることができるらしいが、その性格と教え方に難があるため、あまり人気がないとのこと。
いや、メルの教え方が悪いのではなく、その内容がぽんぽんと複数の理論にまたがって教えてしまうため、ついていくのが大変なのだそうだ。メルの場合、自分の基準で物事を考えてしまうせいか、とにかく授業が難しいので有名で、彼女を師事しているのは、テスタを始め数えるだけしかいないらしい。
確かに、上級魔法をさらっと使える人が先生だと大変だろうね。
薬学に関しては、魔法に比べるとぶっ飛んでいないらしいけど。
そして、セモリナが土魔法が得意、と。
あ、そういえば、ブランについてはあまり聞いていなかったよね。
「ちなみに、ブラン君は何が得意なの?」
「僕ですか? 一応、父さんとマックス先生から、剣術の方を習ってますよ。もっとも、僕の場合、護衛術が主ですけど。どちらかと言えば、何かあった時、家族を護るためのものですかね」
そう言って、少しだけ照れくさそうに笑うブラン。
へえ、剣術が得意なんだ。
茶色の短髪に、そばかす顔という彼の朴訥そうな雰囲気とは少し離れている気もするから、ちょっと驚いたよ。まあ、この町だと、ひとつくらい戦闘に関するものを持っていないと厳しいのかもしれないね。
夕方の訓練を振り返って、改めてそう思う。
町の外に出るだけでも一苦労だし。
「バドさんも剣術が使えるんですか?」
マックスは教会関係の巡礼騎士だからわかるけど、そっちはびっくりだ。
いかにも、穏やかそうなバドも剣術を嗜んでいるんだね。
「まあ、昔取った杵柄ですね。さすがにこの町では、得意と言うのもおこがましいですが、息子に教える程度のことはできますよ」
そういえば、開拓団として王都から派遣されたんだものね。
よくよく考えれば、弱い人がそんな役割を任されるわけがないか。
何だか、いつも言ってるかも知れないけど、ほんと、人は見かけに依らないね。
「いざという時、誰かを護れる力というのは大事ですよ。ブランは長男ですから、私の剣術を継いでもらっています。まあ、役に立たないに越したことはないですがね」
「俺もちょっとずつ始めてるぞー。ブラン兄は優し過ぎるから、俺も頑張らないと」
そう言って、誇らしげに胸を張るトロン。
そんな彼の姿を微笑ましく見つめる周囲の面々。
何だか、ほのぼのしていい感じの雰囲気だね。
「それで、コロネさん。自己紹介はそこそこに、そろそろ作業の方を始めましょうか」
「そうだね。一応、明日以降も使えるように、オサムさんから借りたふるいをたくさん持ってきたから、これを使って手分けして作業しようか」
とりあえず、人数分の道具と材料を用意して、と。
では、始めるとするか。
「では、みなさん、よろしくお願いします」
そんなこんなで、コロネの号令と共に、ふるい作業が始まった。
 




