第101話 コロネ、小麦粉作りにとりかかる
「そういえば、コロネ。お前さんの訓練中にプリムがやって来たから、頼まれた通り、バナナプリンを渡しておいたぞ。で、こっちがプリンとたまごの交換比率だ。後で、見てくれればわかるが、けっこうな量のたまごを置いて行ってくれたぞ」
「あ、ありがとうございます」
オサムがメモ書きを差し出してきたので、それを受け取る。
基本、プリムとの取引は、プリンとたまごの物々交換になりそうだ。
というか、普通のプリンはいざ知らず、バナナプリンについては、なかなかの交換比率になっているみたい。
「まあ、それはいいんだが、何があったんだ? バナナプリンの話をした途端、プリムのやつ、狂喜乱舞してたぞ。何なんだ? プリンパラダイスの建設って」
「ええと……それはわたしからも何とも……。確か、大食い大会で、プリムさんも食べていたとは思いますが」
いや、だから、プリムは何をするつもりなんだろう。
こっちも怖くなってくるんだけど。
「あたしが聞いた話だと、着々と信者を増やしてるって話よ。プリン教のね。そのうち、コロネちゃん、神様として祭られたりしてね」
「いや、だからプリン教って何ですか」
みんなに気軽に食べてもらえるお菓子として、プリンをせっせと作る計画なんだけど、プリムのおかげで、少しずつ大事になってきている気がする。これ、このまま、放置しておいて大丈夫なんだろうか。
まあ、たまごを仕入れている手前、こっちから切り出しづらいんだけど。
「ピーニャも聞いたのですよ。ほら、プリムさん、この間の営業の時に、新聞取材にも手を回して、それがもう記事になっているのです。その結果、プリンのことに興味を持つ人がうなぎのぼりなのです」
「そうそう。確か、アイスの方は、教会が売り出す予定だってことで、落ち着いているのよねー。でも、プリンはどうやら、普通に販売しないから、みんな入手経路を探っているみたいよ? あたしのとこにも、何人か、聞きに来たもの」
「えっ!? そうなんですか!?」
というか、すでに大事になってるような。
別にピーニャたち経由で、プリンの製法については、公開する予定だったんだけど。
「ははは、面白いことになってきたじゃないか、コロネ」
「いや、面白くないですって、オサムさん」
「まあ、その辺は、俺も通った道だからな。新しい料理を提供するとどうなるか、身をもって体験してくれよ」
懐かしいなあ、とオサムが笑う。
この手の面倒事はお約束のようなものらしい。
特に、そこそこ権力を持っている者が、気に入った食べ物を見つけると、目も当てられない状況になるのだとか。おかげで、オサムはトラブルメーカーとして、すっかり認知されてしまったらしい。
この件に関しては、完全に他人事だけど。
「いやー、マスターの場合、当の本人も面白半分で引っかきまわすからでしょ? 別に単に凄腕の料理人ってだけじゃ、そこまでカオスな状態にならないわよー」
「なのです。おまけに人が良いので、その騒動に付き合って、余計にややこしいことになっていくのですよ。まあ、ピーニャはもう諦めているのですよ。パン工房は防波堤として、頑張るしかないのです」
結局、毎日開いているのが、パン工房のため、その手のしわ寄せがみんな、ピーニャたちのところに来てしまうのだとか。
何だか、大変だね。有名店の工房主っていうのも。
「とりあえず、コロネさんも少し状況を見て、色々と判断して欲しいのです。新しいパンが作れるようになれば、少しは興味が分散されると思うのですが、何せ、物が甘いものなのです。下手をすると、オサムさんの時よりえらいことになるかもしれない、とだけはピーニャからも忠告しておくのですよ」
「そうよねー。あたしも何か情報を耳にしたら、伝えるようにするわね」
「お願いします。でも……まだ、プリンとアイスだけなのになあ」
材料不足もさることながら、手始めにはちょうどいいと思っていただけなのに。
専門職としてのそれらとは別に、ご家庭で気軽に作れるお菓子として広めていく予定が、早くもゴタゴタになりそうだよ。
もうちょっと真面目に考えた方が良さそうだ。
「まあ、いよいよまずいことになったら言ってくれ。俺も火消しを手伝うからな」
「ありがとうございます、オサムさん」
その言葉にお礼を言いつつ、今後の展開について考えを巡らす。
そんなこんなで、夕食の時間は過ぎていった。
「あ、コロネさん、いらっしゃいませ。小麦の方は準備ができていますよ」
「ありがとうね、ブラン君。あ、小麦がちょっと膨らんでるね。これなら、次の工程へと進めるかな」
夕食後、約束通り、ブランの家を訪ねると、早速、倉庫の方へと案内された。
すでに、調質の工程を終わらせて、ふっくらした感じの小麦が大量にストックされているとのこと。今夜はここから、残りの工程を確認していくという感じだね。
「明日から、クエストもお願いするということで、そちら用に関しては、もうすでに調質の工程に入っています。向こうで寝かせているのが、そうですね」
大きめの樽の中で、水分を含ませて、寝かせているのがそうとのこと。
うん、初めての工程にしては順調に行っているかな。
それはそうと、気になることがひとつ。
「ねえ、ブラン君」
「なんですか?」
「明日の分の小麦、少し多すぎないかな?」
調質って確か、一日から二日の工程だよね。確かに、どのくらいの時間が適正なのか、調べつつやるから、いくつかのパターンでテストするのはわかるんだけど、それにしても、仮に二日分だとしても、ちょっと量が多い気がするんだけど。
人間が入るくらいの樽が、結構な数置かれている。
いや、まとめて粉にして、小麦粉として保管するのもいいんだけど、さすがに明日あさってで、作業が終わる量じゃないと思う。
コロネがそう言うと、ブランが真剣な顔で首を横に振って。
「コロネさん、ちょっとだけ、プリンの効力を軽く考えてますよ。僕も、最初は失敗するかもしれないので、量を加減しようと思っていたんですよ。ですが……」
何でも、大食い大会での告知のせいで、冒険者ギルドの方に問い合わせが殺到したのだそうだ。ブランも直接は見てはいないらしいけど、ディーディーから、直接、忠告が来たのだとか。
「『ずっと、というわけではありません。ですが、最初のうちは、クエストを受けられる人数を多めに見積もってください。このケースでは前例がありますので、損失が出た場合は、町の予算から補填しますので』というご忠告です。最初は物珍しさで、クエストを受ける人が増えそうですので、その準備をしないとまずいみたいですね」
下手に人数を制限すると、冒険者ギルドでクエストの取り合いに発展してしまうので、それだけは避けてほしいと請願が来たらしい。
「うわ、そうなんだ。それって……プリンのせい?」
「はい、間違いなく。『グルメ新聞』での記事の上に、大食い大会でのプリムさんの姿を見て、興味を持つ人が増えてしまったみたいですね。正直、僕もこわいですよ。でも、オサムさんに相談しましたら、『まあ、とりあえず、突っ走ってみろよ。トラブルがひどければ、こっちで何とかするから』って言われまして。それじゃあ、失敗とか気にせずにやれるだけやってみようかな、と」
一応、どこかの工程で失敗して、小麦がダメになっても、補填してくれるそうなので、精一杯頑張る方向で決めたとのこと。
それで、この量なんだね。
いや、ちょっと、プリンのことを軽く考えていたかもしれない。
なるほど。これがカルチャーショックというやつか。
「まあ、幸いと言いますか、うちは農家ですから、倉庫にも結構なスペースがありますしね。いざとなれば、地下の方まで作業に回せば済みますし。父さんからも許可は取ってます。どんどんやってくださいって。新しい小麦粉の製法がわかれば、うちも色々と助かりますので、家族も全面協力といった感じですね」
「本当に、ありがとうね、ブラン君。わたしひとりだったら、とてもじゃないけど、どうしようもなかったよ」
危ないところだった。
気軽に小麦粉を作るだけと考えていただけに、ここまで事が大きくなるとは思っていなかったのだ。いや、そもそも、それとなく始めるつもりが、告知のおかげで、思った以上の反響になってしまったというか。
ありがたいけど、困ったもんだ。
「まあいいや。それじゃあ、早速、破砕の工程に行ってみようか。今日は、まず二十四時間寝かせておいた小麦でテストって感じかな。ブラン君の家で作っている小麦に合った、寝かせの時間があると思うから、徐々にそっちについても調べていかないといけないけどね」
勢いに押されて、どんどん突き進んでいるけど、本当は満足のいくレベルのものができるまで、試行錯誤した方がいいと思うんだけど。
ブリオッシュの時といい、ぶっつけ本番が多いなあ。
ほんと、良い子はまねしちゃいけませんな感じだよ。
失敗のリスクが高いからね。
さておき。
小麦の破砕の工程だ。
水を吸って膨らんだ小麦を、本来であれば、ロール機と呼ばれる、石臼を縦にしたような装置を使って砕いていく工程のことだ。
普通の石臼を使うと、砕くのと同時に挽いてしまうため、その後の分離が難しくなってしまうのだが、ロール機の場合、左右のロールの回転率を変えることで、小麦が程よく砕かれて、皮と芽の部分と中の実の部分がきれいに分離できる優れものだ。
今回は、そのロール機の代用として、回転によって油をしぼる機械を使ってみる。
イメージとしては、ドリルと壁の間に遊びを作って、しぼるのではなく、砕くにとどめるといった感じだろうか。
こればかりは、やってみないとわからないけど。
「ええと、とりあえず、上の注ぎ口のところに小麦を入れればいいのかな?」
「そうですね。金具の設定については、オサムさんの忠告通り、少し遊びの空間を作っていますので、まずやってみて、微調整すればいいと思いますよ。あ、そこがスイッチです」
「はいはい。じゃあ、小麦を入れて……これでスイッチオン、と。……あ、すごいすごい、ちゃんと動いてるね」
「後は、下の方から、受け皿というか、置いてある容器に砕かれた小麦が出てくるそうですが」
「うん。うまくいくといいねえ」
こうして、ふたりが見守る中、小麦粉作りが始まった。
 




