第100話 コロネ、外への可能性を見る
「コロネ、今度はその水玉状のチョコレートを薄く広げてみて、紙みたいな感じで。なるべく大きくなるように、ね」
メイデンから新たな指示が飛ぶ。
ええと、水魔法を使いながら、薄い紙みたいなのをイメージすればいいのかな。
「では……『アクアボール』!」
最初は丸かったチョコの球が、少しだけ薄くなって、二十センチくらいの大きさになる。うーん、チョコ一個だけだと、このくらいかな。もっと薄くすれば大きくなるかもしれないけど、今のコロネだと、これ以上は大きくできないみたいだ。
それでも、メイデンの見立てだと、普通の初心者が使う水魔法よりは、きちんと制御できているみたいだ。これもチョコ魔法の補正なのかな。
使っている本人が一番ピンと来てないんだけど。
「うん、今の制御だとそのくらいが限界みたいだ、ね。じゃあ、コロネ、そのチョコを自分の前に構えてて、ね。ちょっと試してみるから。あ、あんまり動かないで、ね。威力は抑えるけど、危ないから」
「え!? メイデンさん、威力って、どういう……」
「いく、よ。『ライトボール』」
メイデンさんの声と同時に、彼女の目の前に光る玉が現れて、それがそのままって、いやいや、これ、光の攻撃魔法でしょ!? いや、ちょっと待って!
「うわあっ!? って……あれ?」
コロネ目がけて飛んできた光球が、チョコとぶつかって消滅した。
いや、その部分のチョコがなくなっているから、チョコが魔法を包み込んで、一緒に消えてしまったような感じだろうか。
あれ。威力弱めってことだから、なのかな。
こんなチョコレート、パンチ一発でも貫けそうな感じなのに。
「やっぱり、ね。うん、大体、この『チョコ魔法』の活用法がわかってきた感じか、な。食べて美味しい、対魔法対策として効果的。特殊魔法だから、その可能性が高いと思っていたけど、コロネ、そのチョコレート、吸収型の魔法防御壁として使える、よ」
そう言って、メイデンが笑みを浮かべる。
目の前の、穴の開いたチョコと、彼女の顔を交互に見ながら、今、言われたことを反芻する。
ええと、このチョコレートって、そういう使い方をするのかな。
「要するに、このチョコには、魔法を弾く力があるってことですか?」
「さっきのを見る限り、弾くとか跳ね返すような現象じゃなかったから、反発型って感じじゃないか、な。魔法を包み込んで、その魔力を変化するために使い切っちゃうって感じ。だから、吸収型、ね。防御する際、盾のような衝撃や反動が少ないから、使い方次第ではなかなか面白い能力になりそうだ、ね。一緒に消滅してしまうから、その穴をどうするかってところが重要になってくるだろうけど」
そう言って、チョコを構えたまま、呆気にとられているコロネの方へと近づくメイデン。と、次の瞬間、踏み込んだかと思うと、チョコレートに先程持っていたナイフを突き立てた。
うわあ、やっぱり!?
嫌な予感はしていたけど、そのままだよ!?
だが、ナイフはチョコレートを貫通せず、膜のような状態で包み込んでいるようだ。
そのまま、メイデンがナイフを引き戻して頷いた。
「すごい、ね。液体状のチョコなら、斬撃のたぐいも防げるのか、な? 魔法防御の時は消えちゃったけど、物理防御の場合は、形状の変化だけ、か。うん、粘性種に近いのかも、ね。コロネのチョコって」
納得したように、頷くとメイデンの笑みが深くなる。
「前言撤回だ、よ。もしかすると、コロネはちょっと早く、町から出られるようになるかもしれない、ね。となると、問題は……魔力量と、制御能力の強化か、な」
「え? もしかして、『チョコ魔法』って、使い勝手が良さそうな魔法なんですか?」
町から出られるというのは、少しうれしい。
もちろん、少し怖い部分はあるけど、もっともっと先の話だと思っていたから。
「もちろん、あくまで、護衛をつければって条件付きだけど、ね。でも、防御特化で訓練を続ければ、そのレベルまで割と早くいけるかなって話だ、よ。不意を突かれても、自分自身を護る手段があるかどうか、それが大事な分かれ目だから、ね。そういう意味では、この『チョコ魔法』は面白いと思う、よ」
「そう、ですか」
思わず、口元に笑みが浮かぶ。
それにしても、メイデンはすごい。
ちょっとしたきっかけから、どんどん、スキルについての考察を進めている。まさか、訓練初日から、ここまで色々なことができるなんて思わなかったよ。
身体強化の方が、なかなかうまく進んでいないだけに、驚きもひとしおだ。
ただ、とメイデンがコロネにくぎを刺す。
「あんまり喜んでばかりもいられない、よ? 『チョコ魔法』には使用制限があるから、ね。まずそっちの方の情報を詳しく確認してからじゃないと、結局は、数に制限のあるアイテムみたいな使い方になっちゃうから、ね。まずは、明日、コノミさんから、召喚について、しっかり調べてもらってから、かな。現時点では、まだ楽観はできない、よ」
あ、そうか。
使用制限があるものね。
魔法を防げると言っても、穴が開いてしまっているし、一日八個まで、というのは思ったより少ないのかもしれないし。
何が起こるかわからない、町の外へ行くには、まだ心もとないかもね。
「とは言え、今日のところは、可能性が見えただけでも成果があったか、な。じゃあ、今日は初日だし、ね。チェックとかで訓練は終了だ、ね」
これで訓練は終わりか。
戦い方という意味ではまだまだだけど、慣れない魔法の使い方をしたせいか、けっこう疲れたかな。そうコロネが思って、お礼を言おうとすると。
「じゃあ、残りの時間は『身体強化』の訓練で終わり、ね。大丈夫、まだマジックポーションはあるから。コロネも早く、町の外へ行きたいんでしょ? だったら、もうちょっと頑張ろう、ね」
前言撤回。
うん、メイデンの訓練はそんなに甘くないみたいだ。
ドーマが『限界まで頑張れ』って言った意味がわかるような気がする。
ともあれ、そのまま訓練は日が暮れる時間まで続いた。
「ううう、まだ気分が悪いのが収まらない……」
訓練が終わって、何とか塔の食堂まで戻ってきたのだが、やっぱり『枯渇酔い』の状態には慣れないね。マジックポーションで、多少は改善するのだけど、それでも何度も繰り返していると、どうしても体の根っこに気持ち悪さが残ってしまっている。
まあ、メイデンも一生懸命教えてくれるから、ありがたいことなんだけどね。
ちなみに、あの後、数えきれないくらいの『枯渇酔い』の状態を体験した後で、訓練は無事終了となった。
結局、この方法が魔力量を高める最短の方法なのだそうだ。
「ふふ、それも成長してるって証拠よ、コロネちゃん。でも、良かったじゃない。基礎四種も一応、ちゃんと覚えていたわけでしょ? その調子でレベル1からも脱却よね」
夕食のお魚の煮付けを食べながら、ジルバが励ましてくれる。
今日の夕食の献立は、お魚とか煮物中心の純和食といった感じのメニューになっている。当然、汁物はお味噌汁だ。こっちの世界の人は、やっぱり洋食系の方が好きらしいけど、そのあたりは、オサムの日本人としてのこだわりなのだろう。
定期的に、和食オンリーのメニューが登場するみたい。
まあ、塔の関係者に向けた、夕食の場合がほとんどだけど。
そして、ジルバも言っていたレベルだが、結局、今日のところは魔法の訓練がほとんどだったせいか、レベル1のままだ。
スキルの項目も『チョコ魔法』のままで、基礎四種についての表記はなかった。ということは、あれは、チョコ魔法の一種という扱いなのだろう。
相変わらず、ステータスを当てにしてはいけないという感じだ。
「でも、コロネさん、この後、小麦粉を作りに行くのですよね? その状態で大丈夫なのですか?」
野菜の煮っ転がしを食べながら、ピーニャも心配してくれる。
そうそう、食後はブランの家に行って、小麦粉について話し合わないといけないのだ。
「うん、まあ、大丈夫だよ。身体は疲れているわけじゃないから。気持ち悪いのと、精神的に疲れただけで、そこまでは辛くないかな。一応、これでも料理人だから、もっとハードな時もあったしね」
これは本当のことだ。
どっちかと言えば、慣れないことでの気疲れの方が大きい。
パティシエの修行時代の方が、もっとひどいときもあったし。
いや、いびりとかじゃなくて、店長が受注をミスって、徹夜作業になったことが何回かあったってだけだ。あれは本当にしんどかった。店の人間総動員って、よくあのお国柄で不満が爆発しなかったよね。日本でもあるまいし。
そういう意味では、あの店長も信頼されていたってことかな。
「なのですか。本当は、ピーニャもついていきたいのですが……」
ピーニャは朝が弱いので、夜無理してしまうと、翌日の仕事に影響してしまうのだ。それでは責任者としてまずいので、今日は休んでもらうことになっている。
疲れたコロネに任せてしまうのは、気が引けるのだろう。
いけないいけない。
余計な心配をかけちゃダメだよね。
「大丈夫、心配いらないよ。それにピーニャには明日お願いしたいことがあるから、そっちを優先してもらえると助かるかな。これから作ってきた小麦粉をパン工房の方へ置いておくから、明日、その小麦粉を使って、今まで同じ手順でパンを作ってほしいの。ピーニャにはそれで、白い食パンを作ることを任せたいの。お願いね」
だから、気にしないで、と笑う。
明日の朝は、コノミと会う約束があるので、コロネにはできないのだ。
だから、ピーニャにはそっちをお願いしたいのだ。
「わかったのです。ピーニャはピーニャにできることを一生懸命頑張るのですよ」
そうピーニャが力強く頷いた。
よかった、何とか気を回させずに済んだようだ。
「そうだ、ピーニャ。白い食パンができたら、一定量は取っておいてもらっていいかな? リディアさん用のメニューで明日から準備しないといけないメニューがあるから、それで食パンを使おうと思って。いくつか、考えているものがあるから」
「はいなのです。大丈夫なのですよ、コロネさん。白い食パンはまだテスト段階ですので、商品としては並べないのです。明日作った分は、みんなで味見して、おしまいなのです」
だから、取っておくのは問題ないとのこと。
いや、本当に助かるよ。
「よしよし。いよいよ、食パンが白パンへと進化って感じだな。これで、小麦粉が量産できれば、パン工房の方もひとつレベルアップってとこだな」
「いや、オサムさんなら、作るだけならできたじゃないですか」
「まあ、下手に作って、もっと小麦粉を回せって言われても困っただろうしな。物事には順序ってもんがあるのさ。今、コロネがチョコレートを使った料理を頼まれても困るだろ? 作ろうと思えば作れるだろうが。そういうもんさ」
それもそうか。
そして、以前と何も変わらずに接してくれるオサムに苦笑する。
結局、ここがゲームの世界だろうと、現実の世界だろうと変わらないね、と。
そんなこんなで夕食の時間は続いていくのであった。




