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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第3章 初めてのクエスト編
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第99話 コロネ、戦闘教官の話を聞く

「でも、メイデンさん。わたし、他の魔法は使えませんよ? 基礎四種も上手くいかなかったですから」


「うん、その辺りはフィナさんから聞いている、よ。ただ、その時、ちょっと気になることがあったから、ね」


 そう言いながら、メイデンが右手を広げて、コロネの前に示す。


「いく、よ。『ファイアライト』」


 火魔法の基礎、『ファイアライト』の魔法をメイデンが使ってみせてくれた。

 手から少し離れたところに、小さな炎のともし火が浮いている感じだね。

 なるほど、これが基礎魔法か。


「今は、説明用だから出力を控えているけど、ね。一応、基礎魔法って一口に言っても、使い方次第で、出力を変えることができる、の。もちろん、周囲の魔素や小精霊を意識したりとか、条件は色々あるんだけど。ただ、普通は魔法を初めて使うと、このくらいの大きさの炎が出るか、な。ちょっとコロネもやってみて、よ」


「はい。『ファイアライト』! ……ダメですね」


 やっぱり発動しない。

 ただ、呪文を唱えるだけじゃなくて、火をイメージしているんだけど、言葉だけが虚しく響くだけだ。何というか、向こうの世界で、魔法のごっこ遊びをしているような気になってしまう。ちょっとだけ、気恥ずかしいような、切ないような。


「じゃあ、コロネ、今度はチョコレートをひとつ出して、それを溶かすイメージで、『ファイアライト』を使ってみて、よ。火魔法だけじゃなくて、チョコレートを溶かすイメージで、ね」


「わかりました。チョコレートですね。では、もう一度……『ファイアライト』! って!? あ! ちょっとだけ光った!?」


 チョコレートを包み込むように、赤い光が発生して、次の瞬間、チョコがドロドロの状態へと溶けた。あれ!? もしかして、これ、上手くいったのかな?

 メイデンを見ると、笑顔で頷いている。


「やっぱり、ね。フィナさんの話だと、属性特化による反発はなかったって聞いていたから、もしかして、って思ったんだけど、ね。コロネ、コロネはたぶん、基礎四種を変則で覚えている、よ。おそらく、『チョコ魔法』とからめてしか使えないんだろう、ね。たまに特殊魔法の場合、そういうケースがある、の」


「そうなんですか?」


 あ、でも、これはちょっとうれしい。

 わたしも、そういう使い方なら、魔法が使えるってことだよね。

 いや、チョコ魔法もすごいのかもしれないけど、この魔法、あんまり魔法魔法してないから、火とか水とかの可能性が出てきたのって、すごくうれしい。

 正直、風魔法による小麦粉の作り方なんて、諦めている部分があったし。

 でも、ちょっと不思議だ。


「そういうケースのことは、フィナさんは知らなかったんですか?」


 魔法の専門家、だよね?

 メイデンが知っているのに、フィナが知らないのかな。


「うん、フィナさんは生粋のエルフだから、ね。特殊魔法の多くは人間種のスキルだから。人間種は種族スキルが存在しない代わりに、ユニークとか、特殊魔法とかが発現しやすいんだ、よ。全員が全員じゃないけど、ね。わたしの場合は、光魔法の適性か、な。普通は、神族系の種族とかじゃないと、光魔法の適性がすごく低いの、ね。ユニークってレベルではないけど、これも一応、特殊な例のひとつだ、よ」


 メイデン曰く、いつ目覚めるかはわからないが、人間種の場合、ひとつくらいは取り柄があることが多いのだとか。もっとも、取得するまではステータスにも載らないし、自分の資質に気付いていない者が大半を占めるらしいけど。


「わたしは、『帝国』でも、そういう情報に長けている部署にいたから、ね。普通の人よりは、そういうことに詳しいんだ、よ」


「そういう部署、ですか?」


 確かに、メイデンの今の服装は普通の職場とは思えないけど。

 そんなコロネの視線に気づいたのか、メイデンが苦笑した。

 ちょっとだけ、遠い目をして。


「うん。隠しているのも悪いよ、ね。わたしがいた部署は『帝国』の『影の手』。いわゆる、諜報や暗殺を担当するところだったの、ね。今はもうない、と思うけど。国から逃げる前に、父様とわたしで、色々と手を打ったから、ね」


 だから、ああいう戦闘術なんだよ、とメイデンがつぶやく。

 驚いた。いや、服装から、何となく忍者っぽいとは思っていたけど、それに近いようなお仕事だったんだ。

 いや、普段のメイデンはどこからどう見ても、お嬢様って感じなだけに、話を聞いてなお、ちょっと信じられないものがある、


「諜報の任務には、他国の貴族との交流とかもあるから、ね。わたしはどっちかと言えば、その貴族のお嬢さんとか、お坊ちゃんとかと仲良くなるのが多かったか、な。うん、必要があれば、色々やった、よ。当時のわたしは、それが父様のためになる、って信じていたから、ね」


 ちょっとだけ、陰のある口調で、メイデンが続ける。


「父様は、貴族で『帝国』の英雄でもあったの、ね。でも、母様は庶民で、わたしは庶子だったから、一緒に暮らすことはできなかったの。わたしも母様が死ぬまで、自分が父様の娘だって知らなかったくらいだし」


 内容が内容なだけに、コロネが口をはさめずにいると、メイデンが『影の手』に入ることになった経緯も教えてくれた。お母さんが亡くなってすぐ、ある貴族の男性がメイデンに手を差し伸べたのだそうだ。そして、ドーマが自分の父親であることを知らされ、彼のためになる仕事をしてみないか、と。


「わたしがお仕事をすることで、結果的に父様の助けになる。そう、信じ込まされていたの、ね。まあ、本当のところはまったくのでたらめだったんだけど、ね。偶然、父様と会う機会があって、その時に、ようやく、自分がしてきたことの重みに気付いた。その後は、父様がひどく怒ってくれて、ふたりで色々やってから、国を離れてって感じか、な。だから、ね。わたしが人と目を合わせるのが苦手なのは、そういうことなんだ、よ」


 敵対している者とは目を合わせず、視線を逸らして対処する。一方、仲良くなった者は、その相手の好意すら仕事で利用してしまった。

 だから、人と目を合わせるのが怖い、と。


「言い訳するつもりはないけど、ね。ただ、国を出た後も、わたしは親しくなってくれる人たちの目が怖かった。自分の本質が知られてしまうのが怖かった。だから、避けて、逃げて。そして、この町までやってきたの、ね。最初はこのサイファートの町って、魔王領直近にある、自殺志願者の町ってイメージだったから」


 そうだったのか。

 というか、この町って設立当初は、随分とイメージが悪かったんだ。

 そんな危険な場所に住む物好きって意味だろうけど。


「でも、この町の人たちはそうじゃなかった。わたしのしたことを知った上で、笑って受け入れてくれた、の。わたしもまだ全員はわからないけど、この町にはまだまだ、色々な背景を持った人たちがいるの、ね。たぶん、この町の人たちは特別優しくはないの。だけど、この町の人たちは強いの。だから、わたしもみんなのように強くなりたい、と思って、頑張ろうって、顔を上げて、前を向いていられるの、ね」


 そう言って、メイデンが微笑を浮かべる。

 何となく、コロネもその意味がわかる。

 この町の人たちは強いのだ。力とか魔法とか、それだけじゃなくて、人として、そういう強さを持っている。そんな気がするのだ。


「だから、コロネにもこのことを話したの、ね。わたしがどういう人間で、用いている戦闘術がそっち方面に特化したものだってことを。それで、軽蔑されても構わない。そういうことも含めて、わたしが向き合っていくべきことだから、ね。でも、コロネにとっては、そうじゃないよ、ね? だから、ここから先に進む前に、もう一度、確認しておこうと思って、ね。能力の検証と、魔法の使い方の見極めくらいなら、コロネにとっても迷惑にならないだろうから、ここまでは進めたけど。本当に、わたしが先生でいい、の?」


 そう言いながら、メイデンがコロネと目を合わせた。

 見ると、顔は紅潮しているし、身体も少し震えているのがわかる。

 淡々としているようだけど、やっぱり、怖いのだろう。

 目の前のメイデンを見ながら、もう一度考える。


 うん。

 大丈夫だ。

 答えは最初から変わらない。


「はい、ぜひお願いします。わたしは強くなる必要があるんです。そして、ここまでのメイデンさんの教えは的確でした。現に、このわずかな時間で、新しい可能性が見えてきましたしね。本当に感謝してもしきれないくらいですよ。それに……今の話を聞いても、わたしにはメイデンさんが悪かったとは思えません。だって、大切な人のために、ってことですから。もちろん、やったことが正しかったとは言いませんけど、それで軽蔑するって話じゃないですよ。わたしにとっても、メイデンさんは大切な人のひとりですから」


「コロネ……ありがとう、ね」


 コロネの言葉にメイデンが破顔した。

 もう震えは止まっている。

 顔は相変わらず、真っ赤なままだけど。


「それじゃあ、続きを始めよう、か。コロネ、溶けたチョコを握りしめたままだ、よ?」


 あっ! うれしかったのと、その後の話のインパクトで、握りしめちゃってたよ。あーあ、手が溶けたチョコレートでベトベトだよ。


「うん。コロネ、その溶けたチョコレートを使って、空中に浮かべてみて。そのくらいの軽さなら、風魔法でいけると思うから、ね。でも、まずはその前に、水魔法で水流を意識してみて。液体状の物のコントロールは水魔法。その後で、風魔法を使って、空中に浮かべる、といった感じか、な」


「はい。溶けたチョコを水という風に意識する感じですね? いきます……『アクアボール』!」


 魔法の青い光と共に、手の中でゆっくりとチョコレートが集まって、水玉のように丸くなっていく。

 やった!

 これも上手くいったみたいだね。


「そう、そのままの状態を維持して。そこで、風魔法、ね」


「はい。では……『ウインド』! って!? うわっ!?」


 青い光に緑色の光が混ざる瞬間に、突然の立ちくらみが襲ってきた。

 これって、本物の『枯渇酔い』の状態だ。

 うわ、気持ち悪い。

 思わず、立っていられずに、その場に座り込んでしまう。


「やっぱり、まだ難しい、か。ごめんね、コロネ。今の使い方は初級魔法の応用に相当するの、ね。複数属性の基礎魔法の同時使用。ユニークだから、もしかしたら、って思ったけど、さすがにまだ無理みたいだ、ね」


 メイデンが苦笑しながら、謝ってくる。

 それでも、水魔法はうまくいった、とのこと。

 へたり込んでいるコロネに、マジックポーションを差し出してくれる。


「でも、今ので『チョコ魔法』プラス水魔法で、液体なら、疑似的な『形状変化』もできるってわかったか、な。もうちょっとだけ、試したいことがあるから、頑張ってね、コロネ」


「……ふう。はい、わかりました」


 マジックポーションを飲んで、一息ついて、そう返事をする。

 一応、気持ち悪さは収まっているみたいだ。

 まだ、行けるかな。

 それにしても、メイデンの魔法訓練って、もしかしてポーションが使える限り続くのかな。それはそれでけっこうスパルタな気がする。


 ため息をつきながらも、口元には笑みが浮かぶ。

 せっかく、魔法が使えたのだ。もうちょっと頑張ろう。

 そう思うコロネなのだった。

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