第1章「理由」
町から少し離れた丘の上に1本の木が立っている。
周りにはなにもない。
まるで、他の木からその木を隔離しているようだ。
そして、孤独にさえ見える。
この木はどんな気持ちでここに立っているんだろうか?
やっぱり寂しいと感じるのだろうか?
そう思いながら、私は柔らかな緑の芝生に寝転がる。
横になると空が見えた。
空はどこまでも青く澄んでいる。
雲はゆっくりと流れ、鳥たちは歌いながら翼を羽ばたかせている。
私はその光景を目に焼き付けると、そっと目を閉じた。
さっきの光景を何度も何度も繰り返し思い出す。
眠るように芝生に体を預ける私を優しい日差しと風が包み込む。
私はここでこうするのが好きだ。
長閑で落ち着く。
「またここで寝ているのね?」
上から声が聴こえた。
鈴のようなその声の主を知っている。
「マナ。」
マナは私の幼なじみの女の子で、今はマナの家で一緒に住まわしてもらっている。
「ソレイユは本当にここが好きね。でもここ、一般人立ち入り禁止区域よ?おじさんたちに見つかったら怒られちゃうわ。」
そう。ここは先日、凶悪なモンスターが現れたという事で一般の人は立ち入り禁止になった場所なのだ。
「そんなの関係ないわ。ここに来るのが私の日課だから。私の好きな場所を勝手に立ち入り禁止区域にした方が悪いのよ。」
「もう、またそんな事言って…。それで、今日はどうしてここに?貴方がここに来る時はいつも心を落ち着かせる時だもの。何かあったんでしょう?」
「マナ。私…騎士団に入ろうと思うの。」
「え?でも、女の子は騎士にはなれないのよ?」
「分かってるわ。」
分かっている。でも、騎士団に入りたい訳が私にはある。どうしてもこれだけは譲れない。
「まだ…忘れられないのね。」
「当たり前じゃない!私はあの日から1度たりとも忘れたことはないわ!」
あの日ーーお母様が殺されたあの晩の事を今でもはっきりと覚えている。顔は暗くて分からなかったけど、声は忘れない。
あの時の男は今もまだ捕まっていない。今この瞬間もどこかでのうのうと暮らしているのだ。
「ごめんなさい…。私、貴方を傷付けてしまったわね。」
「私も、怒鳴ったりしてごめん…。」
一瞬の沈黙。
先に破ったのはマナだった。
「…っ。あっ、お、お昼ご飯出来たから呼びに来たの忘れてたわ!早く帰りましょ?きっとお父さんがお腹ペコペコにして待ってるわ!」
「そうね。」
私はマナに手を引かれるまま立ち上がり、そのまま一緒に家へと歩き始めた。