序章「始まり」
それは雨がひどい夜だった。
地面を忙しなく叩く雨音に混じって別の音が鳴り響く。
乾いた発砲音が二発。一軒の家から聴こえてくる。
しかし、その音は誰にも知られることはない。
雨がその音をかき消してしまったから。
「ごめんね。でも、君が悪いんだよ?」
静かな闇の中で声だけが聴こえる。
声の主はそっと冷たくなっていくそれをまるで大切な宝物に触れるように撫でる。
そして、子供に聞かせるように呟いた。
「君が…―――」
「おかあさまぁ…?」
物音ともに現れたのは5歳くらいの女の子。
まだ眠いのか、眠たそうに目元を擦っている。
「…ああ。ごめんね、お嬢さん。起こしてしまったかな。」
声の主はゆっくりと女の子に近づく。
「おにいさん、だぁれ?おかあさまはねむっているの?」
「そうだよ。だから起こさないであげてね。」
「うん。」
「よし、君は偉い子だ。特別にお兄さんが君がぐっすり眠るまでそばにいてあげるよ。」
「ありがとう。おかあさま、おやすみなさい。」
女の子は自分のベッドに入り、しばらくして規則正しい寝息を立てる。
男はそっと女の子の頭を撫でると、
「おやすみ、可愛いお嬢さん。目が覚めた時、君は悲しみ、殺したいほど僕を恨むだろう。でも、それまでは幸せな夢を。」
そう言って静かにその場を去った。