第三話「親父」
リンチという言葉は春也も知っている。法律に基づかない私刑のことだ。今では集団で小数をボコボコにする行為に使われている。そして、この光景は正にソレだった。
「ふん、タフだねー、最強の中学生は」
河川敷の橋の下。壁に背を向けて大股開いて座る男はニヤニヤとしながら呟いた。
「テメエが……漠原か……」
春也が口を開いた瞬間に蹴りが飛んできた。叩き込まれた一撃で胃液が逆流して咳き込む。
「漠原さんを呼び捨てしてんじゃねえ、中坊が! オラァ、頭つけやァ!」
左右から両腕を不良たちに押さえつけられ、周りには昼間にボコボコにした不良たちを含めて三十人ほどの高校生が春也を囲んでいた。その中には、春也が新学期に通う高校のトップでもある漠原という男までいた。
散々痛めつけられ、叩き割られた頭の傷で意識が朦朧とする春也。だが、その反抗心までは薄れず、ギラついた瞳で不良たちを睨み返していた。
「獅貴春也。ヤな目をしてやがる。お前の噂は聞いてるぜ?」
春也の姿を見ながら、漠原は嘲笑いながら言う。
「最強なんだってな、無敵なんだってな、一匹狼だってな。でもな、そんなモンは人の上に立てなきゃカス同然なんだよ」
獏原。その男は決して体格がいいわけではない。どちらかといえば普通の高校生に見える。だが、その瞳は気に食わなかった。
「いいか? 喧嘩がどうとか、どっちがツエーとか、んなもんはガキの遊びなんだよ」
獏原は身動き取れない春也の前で中腰になりながら、ニタニタと癇に障る言葉を吐いた。
「今の時代は金と権力と勢力の時代だ。そしてその全てを有効に活用できる頭が重要なんだ」
獏原は春也の頭をペシペシと小ばかにするように叩く。春也はプチンと切れて噛み付こうとするが、完全に取り押さえられて反抗することすら出来ない。
「くくく、大人の領域を侵すとどうなるか、少しは身に染みて分かったか?」
春也とタイプの違う不良。春也が獏原に感じた印象だった。喧嘩腰で反逆精神とひねくれた心の塊の春也に対して、自分では動かず周りを動かすクレーバーな様子を感じられる。ようするに、決して好きにはなれないタイプだった。
「ふん、まだまだ半人前が囀るんじゃねえ」
一斉に不良たちが振り返る。そして自然と人垣が分かれ、現れたその人物に道を作った。
「親父」
「そいつか、今日お前が沈めるかもしれねえと言ったガキは」
獏原は現れた人物に父親と言った。
パンチパーマにサングラス。額には痛々しい傷跡。十人に聞けば十人が答えるだろう。
(こいつ……ヤクザ……)
男が春也を見下ろすその瞳は、冷たい悪意を感じ取れた。
「鬼島組内漠原組……組長やってる、俺の親父だ」
ただのヤクザではない。ヤクザの中のヤクザ。確かに、その貫禄は漂っている。
「鬼島って関東最大の……テメエ……ヤクザもんの息子だったのかよ……」
その瞬間、再び周りの不良が春也を痛めつける。
「おう、そうだよ! 獏原さんのおやじさんはな、高校時代から数々の伝説を打ちたて、あの鬼島組をさらに大きくした不良界のスーパースターなんだよ」
「つまりだ、テメエはとんでもねー人に粋がったんだよ! 息子である獏原さんは将来の幹部候補だ。俺らに喧嘩を売るってことは、獏原さんに喧嘩を売るってことだ! 獏原さんに喧嘩を売るってことは――」
その瞬間、春也を押さえつけていた不良たちが宙に舞った。
「俺の前で、家庭を自慢するんじゃねえよ!」
春也は怒りで頭に上った血のせいで、割れた頭から血が噴出す。だが今は気にしない。
「ヤクザがどうしたァ! 家庭の力を拠り所にするカスが粋がるんじゃねえ! 俺はァ――」
春也のアバラに激痛が走った。ヤクザの前蹴りが容赦なく突き刺さった。
「こいつが言ってたろ? ガキが大人の領域を侵すなよ」
両膝をつく春也。下を向く頭。その頭を上から、ヤクザは踏みつけた。
グシャリと鈍い音を立てて踏みつけられた春也の頭。それだけに止まらず、ヤクザは春也の指を立てて、自分の足を当てる。
「包丁は今持ってねえから、ここは切るんじゃなくて折ることにしよう」
「ぐああああああああああああああ」
パキッと気持ち悪い音が聞こえた。
(指がァ! 俺の指が! こいつ、こいつ!)
ヤクザに踏みつけられた春也の指が、ありえない方向に曲がった。
「覚えておきな。ヤクザは暴力のプロなんだよ」
その凄惨さは、周りを囲んでいる血気盛んな不良たちも青ざめさせるものだった。
「まあ、中坊相手だ。ケジメとリンチはこれで十分だろ。お前を捨てる前に住所と家族を割り出して、暴力事件の慰謝料を払ってもらってバイバイだ」
「なんで俺が慰謝料を……」
「そりゃー、そうだろう。素人のガキが手を出しちゃいけねーってことを市民の皆様にご理解いただかねーとな。まあ、お前の家族は一生借金をするか家でも売ってもらかな?」
「んな滅茶苦茶が通じるわけねえだろうが!」
「通すさ。それが大人の力であり、腕っ節だけじゃ通じねえ世界なのさ」
人一人を殺そうというのに、何の躊躇いも無い。そして、不快になるような犯罪話を当たり前のように語り、そしてそれを容赦なく実行する雰囲気が漂っている。
(マジかよ……こいつ……イカれてんのか?)
本物の暴力の前に、春也は震えそうになる。
(ちっ、何だ? 俺は何を震えてやがる! 死ぬことなんざ、怖くなかったはずだ! 失って傷つくような大事なモンはないはずだろうが!)
怖いもの無しで生きて来たはずが、春也は本気で怖いと思った。
「さあて、まずはお前の家族に……」
だがその時、周りの不良の人垣が吹っ飛んだ。
「よう、春也。メシの時間だぞ」
ヤクザも不良たちも声を詰まらせるほどの怒気を纏った高校生が、春也の窮地に現れた。
「テメエは……、何故ここに!」
冬望也だ。春也はヤクザが現れたよりも驚いた。
「なんだ、テメエは!」
漠原が冬望也に言う。すると、冬望也は鬼のように凶暴な瞳で答える。
「ただの通りすがりの父ちゃんだ……そこのワルガキのなァ」
場が一瞬、凍りついた。漠原も圧倒されていた。
「生意気な……ちっ、親父……ワ、ワリーけど沈めるのは一人追加だ」
冬望也の怒気に体が震えた漠原は、すぐに傍に居た父親にすがる。だが、彼の父親のヤクザは、何か気がかりがあるような表情だった。
「親父?」
「……ん、……ああ……いや……」
冬望也を見て、ヤクザの表情が強張った。
(あの男……そしてあの目……どこかで……)
初めて見せるヤクザのうろたえた姿。だが、そんなヤクザの様子に気づくことなく、その息子は自分の手下に命令を下した。
「おい、テメエらも何してやがる。何だか知らねえが、あのバカをさっさとヤ――」
だが、その命令は最後まで下されなかった。
「コラァァァァァァァ!」
オールドヤンキーの怒号が響いた。




