第二話「クソくらえ」
「ふーん、つまりだ、この春也ってのは、俺と樹夏が結婚して生まれた子供か?」
「そんで、私らの息子の春也が結婚して生まれた子供が秋桜ってことかい?」
「いやー、なんか見たことあると思ったら、高校生の時のお父さんだったんですか。でっ、そっちが高校生の時のおじいちゃんとおばあちゃん?」
大規模な流星群が流れた時、過去と未来が現在につながった。
帆斗と春也の存在を認めた三人のタイムトラべラーたちは、慌てる様子もなく笑った。
「だっはっはっは! こいつは愉快だ!」
「本当だよ。まさか、未来にタイムスリップするとはね!」
「まさか、過去にタイムスリップしますとは!」
もはや笑うしかないというような感じだ。
「んで、そっちのひねくれ小僧が俺の息子か」
「ひねくれててムカついたが、自分の子供だと思うと可愛く思えてきたよ」
「いやー、タメのお父さんに会えるなんて、秋桜は感激ですよ!」
三人はこの状況に手を叩いて笑っている。だが、春也だけは笑っていなかった。
「ヘラヘラしてんじゃねえぞ、コラァ!」
春也は卓袱台を跨いで、馬鹿笑いしている冬望也の胸ぐらを掴んだ。
「やめんか、春也」
「じーさんは黙ってろ!」
帆斗の注意を聞かずに、春也は今にも殴りそうな表情で冬望也と樹夏を睨みつける。
「おいおい、なに怒ってんだよ。一応、俺たちはお前の親なんだろ?」
「ざけんな! 俺が生まれてすぐ、じーさんに預けて消えちまった奴が何言ってやがる!」
春也の言葉を聞いてハッとなった冬望也と樹夏が帆斗に視線を向けると、帆斗は小さくうなずく。途端に冬望也と樹夏の表情は強張った。
「そーいや、お前は両親に捨てられたって……」
「なるほど、あんたの人生を狂わせたクソ親は……なんと、私たちだったのかい?」
そう、それが今の春也がこうある原因なのである。
だが、事情を聞かされても冬望也と樹夏は何も言うことが出来ない。何故なら、この年齢のこの二人はまだ子供も居ないし結婚もしていないからである。だから今の二人に何の罪も無いし責めることもできない。
だが、春也もそれで納得できるほど大人ではない。
「ざけんな! さっき俺に説教タレたが、全ての原因はテメエらなんじゃねえかよ!」
春也も目の前に居る冬望也と樹夏に文句を言っても意味がないことは分かっている。だが、冬望也と樹夏が自分の両親であると思うと、どうしても言わずにはいられなかった。
「もし、テメエらに愛とやらがありさえすれば……俺はこうなってはいなかったはずだ!」
「春也……」
「愛も親も家族もクソ食らえだ! やっぱテメエら今すぐこの場で殺す!」
狭い和室に響く春也の長年蓄積された想い。その想いをようやく春也は吐き出せた。
だがそこで、申し訳なさそうに苦笑しながら秋桜が手を上げた。
「あのー、家族はクソ食らえって言っても、私はおとーさんが結婚して家庭を持ったから生まれたんですけど……」
秋桜の冷静なツッコミに春也もハッとした。そう、秋桜が未来から来た春也の娘ということは、春也は将来結婚して家庭を持っているということだ。家族も愛情も断固否定したはずの春也の言葉が、あっさり覆されたのだった。
「だっはっはっはっはっは! お前の不良としての意地も大した事ねーな!」
「ふはははは、要するに私たちが原因でグレたわけかい? まあ、良くある話だね」
家族というものへの嫌悪は春也のポリシーのようなものだった。
だが、生涯貫き通すつもりの主義はアッサリと秋桜の言葉で覆された。
「まー、昔のおとーさんは、とっても寂しがり屋の拗ねちゃまですねー」
秋桜の能天気な口調に春也はイラッときた。春也は認めたくはなかった。
「なら、そんな未来を俺は認めねえ」
「春也。どこに行くんじゃ! 話はまだ……」
「ちょっと、出てくる! ここに居ると吐き気がする!」
居心地悪くなった春也はそのまま部屋を後にした。
「ふいー、なかなかの拗ねちゃまですねー」
今はソッとしておくのがいいと、誰も春也の後を追い掛けなかった。彼が居なくなり静かになった和室を、再び秋桜の能天気な言葉が和ませた。
「俺の子にしちゃあ、ひねくれてるな」
「たしかに、素直じゃない子だね……まあ、この時代の私たちの責任なんだろうけど」
「それがピンと来ねーよ。なあ、親父。なんで、俺と樹夏は子供を捨てたんだ?」
「分からん。ワシも八方手を尽くしてお前たちを探したんじゃが……」
冬望也は樹夏と結婚して子供が生まれたがその子を捨てた。かなりショッキングな未来だろうが、正直二人ともピンと来ていなかった。春也を捨てた理由すら分からない。
「あんまり気にしなくてもいいんじゃないですかー? そんなのこの時代のおじーちゃんとおばーちゃんの所為で、今の二人は何も悪くないんですし」
あんまりゴチャゴチャ考えるな。秋桜の言葉を聞いて、冬望也は頭を掻きながら立ち上る。
「まっ、……とりあえず、少しぐらい構ってやるか」
春也の後を追うように、冬望也が動く。
「ふっ……なら私は、メシでも作って待っててやるよ。母親の味をどこまで再現できるやら」
「樹夏……」
「おじさん。台所借りるよ」
樹夏は後を追う冬望也にそれだけを告げ、勝手知ったる我が家のように台所に向かう。
「おい、秋桜だっけ? お前は……って、居ない……どこ行った?」
秋桜は気づいたら何も言わずにその場から姿を消してい。会っても会わなくてもバラバラに動き出す家族。しかもこれで全員血が繋がっているのだから、困ったものである。
だが、血の繋がりなどさして重要ではない。
「くそがァァァ!」
春也は道端のゴミ箱を蹴り飛ばした。
「なんなんだよ! なにヘラヘラしてんだよ!」
ブロック塀も殴りつけ、イライラの募った春也は荒れに荒れた。
「タメの親父だァ? お袋だァ? おまけに未来の娘だと! どうなってんだ、コラァ!」
ヘラヘラとしている過去の両親と未来の娘に言いようのない感情が湧き上がってくる。
「大体、 なんで俺が悪いみたいになってんだ! 全部あいつらが悪いんだろうが!」
だが、どれだけ叫んだところで意味のない事である。たとえ二人が自分の両親であっても、まだ子を授かっていない時代の二人に文句を言っても何も起こらない。ただただ、物に当たるしかない春也は夜道を彷徨っていた。
「畜生……なんで今になって……」
何故……その思いだけが春也を埋め尽くす。心の中で、頭の中で、グチャグチャに絡まった思いが春也を混乱させる。だから……
「春也ァ! 死ねやァ!」
背後から襲い掛かる存在に気付けなかった。
春也が振り返ると、目の前に鉄パイプがあった。二人乗りでバイクに乗った二人組が、春也の頭を一瞬で叩き割る。避けるどころか反応する隙すら無かった春也は、叩き割られた頭から吹き出す血しぶきを視界に収めながら、そこで意識を失ったのだった。




