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家族同級生  作者: アニッキーブラッザー


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第一話「家族は流星とともに」

 生まれて初めて、父親の声を電話で聞いた。


春也はるやか?」


 中学を卒業したばかりの獅貴春也は、呆然とした。春也は赤子の頃、祖父に預けられて以来、両親とは一度も会ったことがなかった。春休みにたまたま家でゴロゴロとしていた時にかかってきた電話を取ると、相手は父親だった。春也は言葉を失った。本当に両親なのかを確かめることも、罵倒する声も出てこなかった。


「高校生活は楽しめよ」

「お……おい!」


 電話はそこで切れた。十五年生きて初めての父親との会話は、わずか数秒で終わった。春也は受話器を未だに元に戻せぬまま、しばらくその場で立ち尽くしていた。

 

 家族との過ごし方に明確な定義は無い。家族の数だけ、様々なドラマがある。裕福でも貧乏でも、家族と死に別れることも、両親が離婚することも、広い視野で見ればありふれたことだ。だから、高校一年生の春から始まった、獅貴春也しきはるやが家族と過ごした奇妙な日々は、ありふれた家族生活の一つなのかもしれない。


 桜がようやく咲き始めた春。住宅街の壁に、安っぽいポスターが貼ってあった。

『織田町で二十年ぶりの流星群観測会! 家族と一緒に参加しよう!』

 冷めた子供なら通り過ぎるポスター。それが不良なら尚更だ。

 獅貴春也は、そんな不良少年だった。黒のモヒウルフの髪型に、キツネのように細い瞳。大柄ではないが、喧嘩三昧の日々で鍛えた肉体は、服の上からでも筋肉質のガッチリとした体格である事が分かる。

だが、そんな彼がその安っぽいポスターに足を止めた。


「流星に……家族……」


 ポスターを怪訝な顔で見る春也。不良が天体観測のポスターを眺めているのは正直目立つ。


「あら。あなたも、そういうロマンチックなことに興味があるのね」


 やけに馴れ馴れしい口調で背後から口を挟んできたのは、春也の同級生の女子たちだった。

振り向くと三人の女子。


「……」

「あ、あの……何か言ったらどうなの?」


 だが、春也は一人も名前が思い出せなかった。


「なあ、獅貴くん絶対ウチらの名前覚えてへんよ」

「ふん、所詮この男は記憶力の乏しい不良だからな」


 無言の春也に指摘する女子たち。その不良の自分を恐れぬ態度が、春也は気に食わなかった。


「あ? 誰に向かって口聞いてんだ。女は殴らねえとでも思ってんのか?」

「ちょっ、あなた何言ってるの! 卒業するまで私たちクラスメートだったでしょ?」

「知らねえよ、テメエらのことなんざ」 


 目の前に居るのは三人の女。あまり話した記憶もないので、当然名前も分からない。


「知らない? 私は綾瀬よ! 綾瀬舞雪あやせまゆきよ! 私たち全員小学校から同じだったじゃない!」

 

 最初に春也に声を懸けた女が頬を膨らませて言う。だが、春也は首を傾げる。


「あー、そういやーそんな名前だ。まっ、俺はあんま学校行ってなかったしな」

「私たち、四月から高校も同じよ? 名前ぐらい覚えてよね!」


 青色の長い髪に、清楚な白いワンピース姿の舞雪は、とても育ちのよさそうなお嬢様に見えた。実際彼女は全てが申し分なく、性格も良いみたいで学校でも人気だった。

 だが、そんなの春也は知ったことではない。


「って……うれしくないの?」

「なんで? 俺はお前らと別々の学校に通ったとしても、なーんとも思わん」


 春也の言葉に、華雪はムカッとなった。


「相変わらずイジワルやなー」

「最低な男だな」


 春也の態度に、名も知らぬ女子たちも不機嫌そうに怒り出した。

 その瞬間、春也もポスターの張ってある壁に蹴りを入れて恫喝する。


「おい、何でテメエらがキレるんだよ? ヤんならヤルぞ?」

「クズが。何の目標もなく他人を傷つけ怠惰な日々を送る不良め。私が引導を渡してやる」

「もう、喧嘩はアカンて。獅貴くんも怒らんといて~」

「そうよ。高校入学前に路上で暴力事件なんか大問題よ! 二人とも落ち着いて」


 春也の恫喝にケンカ腰で睨んでくるのは三人組の中でも身長もすらっと高く、眼鏡をかけた長い黒髪の女。一見クールそうな雰囲気だが、春也に対する瞳の厳しさには、明らかなる敵意と嫌悪感が滲み出ていた。

 そしてそれを宥める少々ボケーッとした女。ふわふわとした髪で常に閉じているのカ開いているのか分からない細い目でそのヘラヘラとした表情を浮かべている。


「それにしても……あなたって、本当にひねくれてるのね。せっかく暇だったら一緒にこの流星群を皆で見に行かないかって、誘おうと思ったのに」


 そしてこの舞雪。いつも常に一緒に居る……らしいこの三人組は春也と小学生のころから同じ学校……だったらしいのだが、当の春也にはどうでも良かったし、興味も無かった。


「なんで?」

「だって、興味ありそうだったじゃない。それだったら、私達がって……」

「ちげーよ。ただ……」

「ただ?」


 春也はそれ以上口にせず、黙って背を向けて歩き出した。

 春也は、別に流星群に何の興味も無い。恋人はいないが、居たとしても見に行きたいと思っているわけでもない。ただ、春也はポスターの『流星群』という単語ではなく、『家族と一緒に』という文字が気になったのだ。


(まるで、家族が居ないと見に行けない……そう言ってる気がした……なんて……)


 そう思ったことは、情けなくて死んでも言えなかった。


「ねえ、暇だったら本当に一緒に行かない? 流れ星に願いを唱えたら叶うかもしれないわよ」


 立ち去る春也の後方から、舞雪が大声で春也に言う。後ろに居る二人、特に眼鏡の女は渋い顔をして明らかに嫌がっている。だが、そこまで嫌われなくても、春也の答えは決まっている。


「はん。アホくさ」

「ちょ、ちょっとー」


 舞雪は、学校では人気らしいが、春也は相手にせずその場を立ち去った。


「今日の七時に崎川高校に集合よ!」

「だから、行かねえよ! あんまなれなれしくしてっと、潰すぞ!」


 遠くから聞こえる声にイラついて大声で叫ぶ春也。

 ムカつく女子の態度にイラついて壁に蹴りを叩き込む。

 そんな目立つことをしているから、春也のような不良は絡まれるのである。


「おい、そこのガキ」


 それはそそくさと彼女たちから逃げるように立ち去ってから、少しの間だった。

 いつの間に居たのか、春也の後ろには複数の高校生が居た。

 人数は十人ほど。全員癇に障るようなニヤニヤとした笑みを浮かべている。


「テメエ、但馬中の頭だった獅貴春也だろ?」

「うちの高校に入学するらしいな」


 ゾロゾロと春也の周りを取り囲む高校生は、いかにもケンカ腰だった。どうやら生意気そうな春也に入学前の洗礼でも味あわせる気なのだろう。


「俺らのトップの漠原ばくはらさんが呼んでるぜ」」


 だが、春也はその程度のことで臆することは無かった。


「うん。よろしく」


 春也は頭を下げながら、いきなり頭突きを目の前の男に食らわせた。

 鼻血噴き出して倒れる高校生。春也はニンマリと笑みを浮かべながら叫ぶ。


「ひはははは、どいつもこいつも図が高けェ!」


 仲間の一人がやられて、周りの連中も声を荒げる。


「いきなりやるか普通! ガキのくせに! この人数を何とかできると思ってんのかよ!」

 

 だが、春也は笑いながら別の高校生も殴り飛ばす。そこに躊躇いなどない。 


「ガキ? 知るかよ! 俺は何だって出来るんだよ!」


 高校生たちも最初からケンカする気だったのだろう。


「この俺に怖いもんなんてねえ!」

 

 あっさり、乱闘が始まった。

 だが、多人数を相手にしようとも、春也は一人で嬉々としながら高校生たちを蹴散らしていく。

 この瞬間、先ほどのポスターのことは頭から抜けた。

 それほど、ケンカ中の春也はイキイキとしていた。

 幼いころから春也はケンカばかりの日常を送っていた。不良な生き方に生きがいを感じ、世間が白い目で見ようとも気にしなかった。世の中に、社会に、何事にも反発して生きてきた。


「こ、この……俺らにこんなことして……漠原さんが黙ってねーぞ? 漠原さんの親父さんの力は絶大なんだよ。テメエだけじゃねえ。テメエの家族やダチも、全員まとめて地獄を見るぞ!」


 常に危ない橋を渡って生きてきた。そんな春也に高校生の脅しなど通じない。


「家族? ダチ? 何それ?」


 春也はただ単純な怖いもの知らずだから脅しに屈しないのではない。春也には大切なものが無かったからだ。家族も友も愛すらも無い。守る物などないからこそ、恐怖もなかった。


「ひっ……やめっ……何をする気だギヤアアアアアアアアアアア!」


 春也は片手で高校生の顔面を掴んで握る。


「たた、頼む! マジで……し、死ぬ! 死ぬって!」

「おう、死ね!」


 春也のアイアンクローを食らって意識を失う高校生。春也は倒れた相手に唾を吐き捨てる。


「ひははは、家族ね。居るならむしろ俺の手で殺してやりたいぐらいだぜ」


 ひねくれた瞳で笑う春也。スッキリしたような表情で高校生たちを踏みつけながら家路につく。だが、春也気分が晴れたかと思えば少し空しさを感じさせるような表情を見せる。


「ちっ……高校生ならもっと楽しませろよ」 


 ケンカが終わって孤立した瞬間、途端に退屈になった。

 ケンカをしている時は何よりも生きがいを感じるが、終わった瞬間に空しさだけがこみ上げる。

 これが春也の日常だった。

 今では札付きの不良となった春也だが、彼は幼稚園の頃のクリスマスに、『おとーさんとおかーさんがかえってきますように』と願ったことがある。

 七夕では、『りょうりがとくいな女の子とけっこんして、こどもがほしい』と願って笑われたことがある。


「家族……か……」


 自宅の庭に面した縁側に腰をおろしながら、春也は苦笑して夜空を見上げていた。

 まだ両親を求めていた時の自分、家族というものに憧れていた時の自分、その時の自分なら今日行われる天体観測会にも張り切って参加しただろう。流れ星に願いを叫んでいただろう。


「流れ星に願い事……ねえ……そんなのに、願った時代もあったな……」

 

 今ではワルでツッパッている春也からは、想像できないことだった。

 それにしても、何故今頃そんなときのことを思い出すのか? それは、数日前の電話の所為だ。あれかれ一度も電話はかかってこなかった。一緒に暮らしている祖父に聞こうとしたが、確信が持てなかったのでヤメた。

 だが、おかげでイライラが募るばかりだった。昼間のケンカを簡単に買ったのもそれが原因だろう。


「くそ……今さら俺は何を気にしてんだよ……あんな電話ごときで……」


 だんだんどうでもよくなってくる。今さら電話の相手が本当の父親であろうと、どうでもいいではないか。自分の知ったことではないと思うようになった。


「あー、もう。ヤメだ!」 


 しんみりとしたのが嫌になり、春也は頭を掻きむしった。


「バカ親とか、バカ親とか、バカ親とか……」


 自己嫌悪で恥ずかしさのあまりに、春也が呟く。


「子供が欲しいとか、子供が欲しいとか、子供が欲しいとか……」


 その時、ようやくこの街で二十年ぶりの流星群が夜空に流れた。


「そんなもんどうだって――」


 天に向かって呟く春也は、目を疑った。

 夜空に輝く流星群はとても美しく、見ている人たちの心に残った。

 しかし、そのうちいくつかの流れ星が他の流星たちとコースを変えて、なんと春也の家に向かって真っすぐ落ちてきたのだ。


「んなバカな!」


 そんなバカな、と思うことが起こってしまった。

 思わず目をつむった春也。

 だが、目をつむったものの、いつまでたっても流星が落下した衝撃音が聞こえてこなかった。春也は何事かと、ゆっくりと目を開けると、流れ星の代わりに、庭には見知らぬ男と女が三人いた。


「へっ?」

「はっ?」

「ん?」

「ありゃ?」

 

 長ランを着た、プロレスラーのようなガタイの金髪オールバックの大男。

 今では珍しいロングスカートを履いた、腰元まで伸びた茶髪のロングヘアーの女。

 一方、前時代の学生のような二人とは少し変わって、短いスカートに紺のカーディガンを着た、いかにも現代的な、紫色のふわふわした髪型の可愛らしい女の子。

 全員キョトン顔で互いを見合っていた。


「おい、樹夏じゅな……こいつら、誰だ?」

「私が知るわけないだろ、冬望也ともや。あんたら、まさか泥棒かい?」


 金髪オールバックと茶髪の女が先に口を開いた。どうやら二人は知り合いらしく、男の名前は冬望也で、女の名前は樹夏というらしい。次に、春也より先にもう一人の紫髪の女が口を開いた。


「ちょっとー、泥棒って、私のことですか? 私の家にいきなり現れたのは、そっちでしょ!」


 頬を膨らませて、冬望也と樹夏に怒る少女。


「なんだ? 随分と、頭の悪そうな女だね。ってか、ここは冬望也の家だよ?」

「なんですとー? 中学時代はミス織田町にも選ばれた、この秋桜こすもすちゃんを、バカ扱いですか! っていうか、何で私の家が、いきなり現れたあなたたちの家になるんですか?」

「はん、フカシこくんじゃないよ。この街でミスコンがあるなんて聞いたことないよ。っていうか、ここは冬望也の家だ。人が流星眺めている時にいきなり現れやがって」

「ミスコンは、私のお母さんが高校時代の時からあったんです! って、ここは私の家ですよ!」


 もう一人の女は秋桜こすもすという、少し変わった名前だ。秋桜は、スケ番スタイルの樹夏と口論を始めた。それどころか、ここを互いに自分の家だと主張し始めた。

 騒ぎを庭で繰り広げられ、ようやく春也も冷静に戻ることができた。


「うるせーよ! 頭蓋骨握りつぶすぞ? 人の家の庭でぎゃーぎゃーと」


 春也の怒号に三人はピタリと口を止めて春也を見る。


「むーっ、なんですか! 流星群を見ていて、いきなり現れたのはそっちじゃないですか!」

「冬望也……誰なんだい、こいつら? 次から次へと冬望也の家に……」


 ここは春也の家だというのに、あくまで自分の家だと主張し、互いを不法侵入者扱いする連中。春也も頭に来た。


「このバカ女どもが。俺は女を殴らねえ生温いカスとは違うぞ? 殺される前にさっさと――」


 春也は指の関節を鳴らす。だが、春也が動き出す前に、春也は背後から首根っこを掴まれる。


「待ちやがれ。キツネ目」

 

 掴んだのは冬望也。


「んー? なんだよ、ゴリラ。ひははははは、何の真似だ?」


 冬望也に挑発的な笑みを浮かべる春也。だが、春也の表情はすぐに強張ることになる。

 なんと、冬望也は春也の首根っこを掴んだまま片手で春也を持ち上げた。


「俺の女に手を出すんじゃねえよ」


 相手の力を見抜くのは不良には必要不可欠な能力だ。

 片手で持ち上げられただけで、春也は冬望也がただの不良でないことを感じ取った。


(こいつ……なんつー、腕力!)


 春也は抵抗しようとしても、ビクともしない。だが、このまま嘗められるわけにはいかない。


「いつまで掴んでんだ、コラァ!」


 摘まみあげられながら、春也はパンチを冬望也の顔面に叩きこんだ。


「冬望也!」

「おおっ! 殴っちゃいましたよ!」


 冬望也にパンチを喰らわせて、ようやく解放された春也は、地面に着地しながら吠える。


「テメエの女に手を出すな? はっ、くだらねえ! 所詮テメエは他人のために生きる口か」

「……って……鼻血が……」

「大事なモノを持つ。それこそ弱点だ。俺はひねくれてるんでな。是が非でも、テメエの前でテメエの女をボコボコにしてやりたくなったぜ」


 ギラついた瞳で三人を睨みつける春也。その時、冬望也が鼻血を流しながら笑った。 


「へっ、いーパンチだ。この街で俺に殴りかかる度胸のある奴が、まだ居たとはな」

「なに!」


 鼻血を流しているが、冬望也はノーダメージで笑っている。


(おいおい、ガラ空きの顔面に叩きこんでなんともないだと?)


 普通は痛みで涙を流してもおかしくないはずだ。春也の背筋はゾクッとなった。


「大事なモノを持っちゃいけねーか。これほど寂しがり屋の強がりはねーな」


 冬望也の言葉に春也はピクリと反応する・


「なんだと……?」

「要するにお前には大事なモノが一つも無いってことだろ? つまんねー野郎だぜ」


 春也はピクリと反応した後、ブチブチと頭の中で何かがキレ始める。


「冬望也、やるのはいいけど少しは手加減してやりなよ」

「分かってるって、樹夏。こんな寂しがりおクンに本気を出すのも大人げねー」

「んじゃ、さっさとヤッて追いだしな」

「まかせな。カッコいいところ見せてやるぜ」 


 目の前でイチャつく冬望也と樹夏。次の瞬間、春也は完全にブッチンとなった。


「コラァァァァァァァァァァァァァ!」


 近隣住民の迷惑などお構いなしの春也の怒号。


「あらら、最近のガキはキレやすいね~」

「ウワォ。怒りで何かに変身しそうなぐらいの勢いですねー」


 春也の憤怒の叫びに怯えるどころか呆れる樹夏に秋桜。冬望也も、それがどうしたとばかりに学ランと、その下に着ているシャツを脱ぎ捨てる。


「冬望也、風邪ひくなよ」

「わお! あの人、なんてナイスバディなんですか!」

 

 上半身裸になった冬望也の肉体は、桁違いの筋肉を搭載していた。


「オラ、かかって来いよ」

 

 これほどの怪物のような男とは春也もケンカしたことがない。

 だが、不思議と怒りで完全にふっ切れている春也は相手が誰であろうと構わず、拳に最大限の力を込めて握り絞める。


「上等だ、コラァ! やってやらァ! 俺に怖いもんなんてねえ!」


 春也が怒り任せに冬望也に殴りかかる。だが、冬望也は既に春也の懐に飛び込んでいた。

 何の変哲もない、右アッパーと左回し蹴りのコンビネーション。

 春也も反応してガードしたはずが、防御を力づくに破られ、クリーンヒットした。


「そうらァ!」

「こ、このゴリラ!」

「ホラホラホラホラァ! 俺の女をボコボコにするだと? ンな事言うのはどの口だァ!」  

 

 冬望也の拳は春也のガードを弾き飛ばし、反撃の隙も与えずに庭の奥へと押していく。


(マ、マジかよ! こいつ、何者だ? このガタイで、スピードまで……だが……)

 

 しかし、春也とてケンカで名を売った不良。無理やり反撃の拳を返した。


「いつまでも調子のってんじゃねえ!」

 

 冬望也の拳と春也の拳が、宙で交差した。

 冬望也の拳で頬を掠めながらも、強く握りしめた春也の拳が、冬望也の顔面にめり込んだ。


「ほう! 冬望也に反撃したよ。あのキツネ目。口だけじゃないね」

「わお! クロスカウンターじゃないですかァ! やりますねえ、ショートモヒのお兄さん!」


 春也の反撃に驚く樹夏と秋桜。反撃を食らった冬望也の顔面からは更に鼻血が噴出した。


「くー、ひねくれ寂しがり屋にしちゃあ、やるじゃねーか」

 

 だが、冬望也は倒れずに笑う。それどころか、春也の頭を片手で掴んで持ち上げる。


「なんで倒れねーんだよ! ベストの一撃だったはずだろ!」


 冬望也は激しく鼻血を噴き出しながらも、春也を頭上に持ち上げて、庭の奥へとぶん投げた。


「悪いな、惚れた女の前では、情けねえところは見せられねーんだよ!」


 何の照れも無く言いきる冬望也に、樹夏は少し顔を赤らめて俯き、秋桜は目を輝かせた。

 投げられた春也は、庭を二転三転しながら叩きつけられた。

 冬望也は、庭の奥へと進み、倒れている春也を起そうと手を差し出す。


「ほれ、もうやめようぜ? オメーじゃ俺には勝てね――」


 その瞬間、冬望也の差し出した手を春也が全力で握りつぶす。

 春也の超人的握力は、一瞬で冬望也の顔色を変えた。


「テメエ、人がせっかく差し出した手を!」

「大きなお世話だ……あんまり人を……なめんじゃねーよ!」


 どこからどう見ても力自慢の冬望也も、頬に汗が流れている。

 冬望也も正面から春也の握力に対抗する。だが、徐々に春也が優勢になっていく。


「バカな! 冬望也が握り合いで押されている!」

「あのお兄さん、とんでもない握力ですよ!」


 春也にはずば抜けた握力が、冬望也の手首を折り返す。


「ガキの頃からずっと拳を握りしめていた……何かに、耐えるように……思いっきりな! 親には捨てられ、世間からは白い目で見られ、それでも俺は生きてきた! 何が惚れた女だ! これまでも、そしてこれからも! 生温い奴らは潰す!」


 このまま一気に手首までへし折るつもりで、春也は最大の力を込める。

 だが、あと一歩の所で持ち堪えられた。


「喚くな、見っともねえ」

「んだとォ!」


 急に、冬望也の握力が強くなった。

 春也は、ギリギリのとこをまで追い詰めながら、再び姿勢を元に戻されていく。


(お、俺が握り合いで! な、なんだ……このゴリラ! どっからこんな力が!)

 

 冬望也が春也に語りかける。


「俺も親父は生きてるが……ガキの頃にお袋が死んだ。樹夏も両親は離婚してたしな。片方いるから、お前ほどじゃねーかもしれねーが、俺も少しつらい時もあった。でもな……」


 冬望也が態勢を整えるどころか、逆に春也を押し返していく。


「俺は別にひねくれたりしねえ。大事なモンが無くなっても、俺は前向いて生きて新たに大事なモンを手に入れた! 気の合うバカ野郎たちや……惚れた女や……それを……大事なモンが自分にはねーからって人に八つ当たりするような野郎に手を出させるかよ!」


 春也も限界まで力を込めるが、押し返せなくなった。


「不幸な人生を人の所為にしても、荒んだ自分を人の所為にしてんじゃねえ!」

「だ、黙れ! 同じ不良が説教垂れてんじゃねえ!」

「同じ不良だからこそ、テメエの在り方が気に食わねえ!」 

 

 その瞬間、握り合った手が解かれた。


「俺らから言わせれば、テメエは特別でもなんでもないんだよ!」

 

 冬望也の拳が春也の顔面を打ち抜いた。


(特別でもねえだと?……俺の何が分かる……だが……とにかくこいつは……)


 その拳は、春也の人生最大級の衝撃と痛みだった。

 重い拳に殴り返され、春也は宙を舞い庭に強くたたきつけられたのだった。


(ちくしょう……こいつ、超つええ……)


 殴られて、春也が思ったのはそれだけだった。


「つらい時に握りしめ続けた握力を、ケンカの拠り所にしているようじゃ俺には勝てねーよ」 


 年齢は同じぐらいだというのに、冬望也の言葉が春也には説教臭く聞こえた。


「なんなんだよ……なんなんだよ、テメエは!」

 

 ふらつく足で立ち上がろうとする春也は、まだ冬望也を強く睨む。だが、その両肩を後ろからソッと手を添えられた。春也の肩に手を置いたのは、樹夏だった。


「あんたもひねくれて淀んだ目をしてないで、少しはさ……楽しみなよ。せっかく不良になったんだ。不良の内にしかできない楽しみ方は色々あるだろ? 例え不良でも。辛い過去があっても。楽しく生きてりゃ大事なモンは自然に見つかるって」


 樹夏は春也を起き上がらせずに、庭に仰向けに寝かせた。空には流星群が未だに輝いていた。

 その瞬間、春也は握っていた拳を緩めて、溜息ついた。


「ウゼー奴らだ……いつの時代の不良だ……」


 街で最強だと思っていた自分が、完膚なきまで叩きのめされたのに、春也はあまり冬望也たちに対する憎しみが浮かび上がってこなかった。


「ちっ、俺が負けるとはな……」


 その様子を見て、静観していた秋桜がハシャイだ。


「うっはー! もー、爽やかなケンカをご馳走様です! もう、いい子いい子です!」


 秋桜はうれしそうに、倒れている春也の頭を撫でまわした。


「てっ、ひ、人の頭を触るんじゃねえ!」

「いやー、なぜか私はひねくれてる寂しがり屋の人は、キュンときちゃうんですよー。私のおとーさんに顔も少し似てますし」

「誰が寂しがり屋だ、コラァ!」

「寂しがり屋じゃないですかあー。もー、すねちゃま!」


 秋桜は、春也がダメージで殴り掛かれないのをいいことに言いたい放題だ。


「おい、あいつを殴らせろ!」

「落ち着きな。女を殴っても、あんたの値打ちが下がるだけだぞ?」


 春也も無理に動こうとするが、樹夏に笑いながら抑えられて動けなかった。


「まっ、大人しく寝ときなよ。今日はこんなに流星が綺麗なんだからさ」

「……ちっ……」

「ふふ、それでよし。……っと、そーいや、あんたの名前は? 冬望也とこれだけやり合ったんだ。名前ぐらいは知ってるかもしんないからね」


 今日は流星が綺麗だ。

 さすがに、街全体で取り上げ、テレビでも宣伝されただけあって、確かに流星は美しかった。

 ひねくれた春也の心も確かに洗い流された気がした。

 冬望也も樹夏も、そして秋桜もほほ笑んで空を見上げている。こうなると、ケンカとか不法侵入がどうとかもどうでも良くなった。


「おい、名前だって。そんぐらい教えてくれよな」


 冬望也に名を尋ねられ、仕方なさそうに春也は自分の名を教えた。


「春也だ。獅貴春也だ」


 だがその瞬間、場の空気が変わった。


「へっ?」

「なに?」


 冬望也と樹夏が首を傾げた。


「えっ……えええええ!」


 秋桜がものすごい声を出して驚いた。

 わけが分からぬ春也。すると、冬望也と樹夏は苦笑していた。


「いやな、実は俺の名字も獅貴っていうんだよ」

「……なに?」

「冬望也の名字は珍しいからね。ひょっとして親戚かい?」


 春也は呆然とした。


「待てよ……テメエ、トモヤとか言われてたが……フルネームは獅貴冬望也しきともやか?」

「お、おお。ちなみにこいつは若葉樹夏わかばじゅなだ」

「……な……んだとォ!」

 

 春也は怒鳴る。


「ちょ、待てェ!」


 春也が怒る理由。それは、冬望也と樹夏の名がありえなかったからだ。


「獅貴冬望也は俺の親父の名前で、若葉樹夏は俺のお袋の旧姓だぞ!」


 そう、冬望也と樹夏のフルネームは春也の両親と全く同じ名前だったのだ。


「はっ?」

「へっ?」


 冬望也と樹夏も春也の言葉に驚いた。

 だが、一番驚いていたのは秋桜だった。


「みなさん、何言ってるんですか!」

 

 今度は秋桜が怒った。


「私は獅貴秋桜しきこすもす! 獅貴春也は私のお父さんの名前で、獅貴冬望也と獅貴樹夏は、私のおじいちゃんとおばあちゃんの名前ですよ!」

 

 その瞬間、春也も一緒に目が点になった。


「はっ?」

「どういうことだ!」

「つまり!」

「結局みなさん、誰なんですか!」


 庭が静まり返り誰もが口を閉ざしてしまった。

 空では未だに流星群が美しく流れているのに、誰ひとり気にしていなかった。

 そんな沈黙を破ったのは年老いた爺さんだった。


「ふっ、そうか……冬望也と樹夏が高校時代の時のアレは、こういうことじゃったか……」


 いつの間に現れたのか、その老人の出現に誰も気づいていなかった。

 冬望也と同じような大柄な白髪の爺さん。彼は一目でこの状況を理解したようだ。


「自己紹介がまだじゃったな。ワシは獅貴帆斗しきはんと。それで分かるかのう?」


 獅貴帆斗。彼が現れた瞬間、その場にいた全員が声を上げた。

 春也が。


「じいさん!」

 

 冬望也が。


「おっ、親父!」


 樹夏が。


「お、おじさんかい? どうしたんだい! ちょっと見ない間に、随分老けてないかい?」


 最後に、秋桜がとんでもないことを言う。


「獅貴帆斗って……ひいおじいさん!」


 そして、最後は四人が互いの言葉を聞いて声を上げた。



「「「「なん……えええええええ!」」」」



 混乱するしかない四人を見ながら、帆斗は静かに呟いた。


「二十年前の冬望也たちは、こういうことだったか」


 神のイタズラか分からないが、春也は高校入学直前に、同じ年の時の両親と同じ年の娘と出会ったのだった。


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