其ノ三
見間違いようもない。俺の助手をしていた高宮夏姫が、目の前にいる
艶やかな黒い髪をポニーテールにしているのも、ワインレッドフレームの眼鏡も、その奥で爛々と煌めく子供のような目も、全てが昔のままだ
まあそうだろう。俺はこちらで結構な時間を過ごしたから、何も変わっていないことに疑問を覚えただけだ
それにしても……
「な、なんでこんなところに……?」
もう二度と会えないだろうと思っていた高宮夏姫が俺の前に現れた。自動車に乗ってだ
「なんでって、それは博士に会いにに決まってるじゃないですか」
「うん、それはわかったから……。俺が聞きたいのはね?どうやってここに来たのかって事だったんだけど」
「ああ!」と手をポンとならして夏姫は言った
「占い師に教えてもらいました!」
わけがわからん。なんだその理由
「占い……師?」
「はい!そうです!。───そう、あれはたしかゲーセンの帰り道で」
真剣な顔で語り出した高宮。しかし俺はともかく、カナリアとカグヤが完全においてけぼりなんだけど
カグヤは物珍しげに高宮と自動車を交互に見つめている。無言で
カナリアはと言えばなにやらブツブツ呟いている
「……追いつかれた………でも……しかし……あそこで……くっ」
何が言いたいのかわからないのでスルーすることにしておく
「そう!あれはゲーセンの帰り道」
俺がよそ見をしているのを咎めるように、大きな声で最初から語り直す高宮
「あの日も、博士と生き別れた悲しみを筐体に叩きつけていました。それでも気分が晴れず、家に帰ることにしたのですが……すこし近道をしようと路地裏に入ったんです。そしたら後ろから声をかけられたんです、そう、隻眼の占い師に!」
「なん……だと?」
意外なことに、高宮の話に反応したのはカナリアだった
「そいつの髪の色、もしかして紫だったか?」
「ふぇ?あ、はい、そうでしたが……」
「そいつの目、たまに色が変わったりしていたか?」
「そ、そうです。風変わりなカラコンかと思っていましたが……」
「やはりか……くっ、あの女、一体何が目的で私に……」
「おいカナリア、お前なんか変だぞ」
「ソーヤ、私が無理やり占われたのも、その紫の髪の隻眼占い師なんだよ」
「え?ということは……」
髪の色、隻眼までは偶然と言えたとしてもだ。時々色の変わる目。この特徴だけは偶然では片付けられない
「あのう、そろそろそちらの方の紹介とかしていただきたいのですが」
ほんわかとした口調でカグヤが言った
シリアスな雰囲気が粉々に砕け散る
「あ、そうでした。まだ自己紹介をしていませんでしたね。えっと、博士が元いた世界?地球?からやって来ました、高宮夏姫と言います。あちらでは博士の助手をしてました」
ぺこりと最後に頭を下げて挨拶を終わらせた
「私はカグヤと言います。ソーヤさんへの倭国からの使者で、現在、ソーヤさんに依頼の目的地に案内してるところです」
カグヤも挨拶を終わらせたが、多分高宮理解できてないだろうな
「おい、カナリア、お前も挨拶しろよな」
考え込んで黙ったままのカナリアに呼びかける
「ん?ああ、私はカナリア。見た目通りエルフだ。よろしく頼む。あ、そうそう、私はソーヤの妻だ」
ピタッと、高宮の動きが止まった
「今……なんと……?」
「私とソーヤは夫婦の関係だ」
「ほ、本当なんですか?博士?」
なぜかうるんでいる瞳で問いかけてくる
「本当だよ。式はまだだけど」
その瞬間、高宮が地面に崩れ落ちた
「お、おい、高宮?大丈夫か?」
抱き起こしてやると、俺の頬に手を触れてきた
「は、博士……お幸せ……に……ガクッ」
ガクッてなんだよガクッて。なんで声で言っちゃってるの?擬音語?
「なにしてんだよ高宮」
「結婚だなんて……それなら私がここに来た意味は⁉︎」
「え?俺に会いにきたんでしょ?」
「そうじゃなくて!ああ、もう、こういうところ、博士らしいですけど……」
高宮、情緒不安定なんだが大丈夫だろうか
「高宮さん、これはなんですか?」
カグヤの指差す先には自動車が
「おろ?よく見たらこれ、旧型のやつじゃん!しかもジープ・コマンダー!一体どこで⁉︎」
すでに浮遊車が普及し、地面の上を走る旧型の車は完全に廃れ、コレクター以外、乗ることもなくなったはずだ
「占い師の方にもらいました。あのですね、カグヤさん。これは自動車といって、エンジンで走る乗り物ですよ」
「ジドウシャ、ですか」
「はい。そうですね、馬車の馬無しで走るバージョンです」
「それは凄いです!」
今の例えで理解したらしく、カグヤは車に興味津々だ
「ガソリンはどうする気だ?ないぞ、この世界には」
そう。車の存在しないこの世界には、ガソリンは無い。多分
「大丈夫ですよ博士。この車のエンジンも、上についてる荷電粒子砲も、ほかのギミックも全てこれで動いてるんです」
高宮が開けたボンネットの中には、謎の黒い箱が入っていた
真っ黒で、のっぺりとした箱
「これは……」
「むふふん、よくわからないんですけど、とにかくこれさえあれば大丈夫と言うので、買いました!占い師さんから!」
「たしかに、さっき走ってたな、車」
よくわからないが、結構便利なもののようだ
「ソーヤ」
「ソーヤさん」
カナリアとカグヤが声を潜めて話しかけてきた
「ほんの少し、ほんの少しなんだが、嫌な予感がするんだ」
「なんだか、禍々しいオーラを感じます」
「え?そうなの?」
しかし、この二人が言うのなら、きっとなにかあるのだろう
「この箱、昔言い伝えで聞いた───」
「皆さん!車に乗って下さい‼︎」
突然高宮が叫んだ
彼女の視線の先を見ると
「チッ、オークか。カナリア、カグヤ、乗るぞ!」
俺は後部座席のドアを開けてやり、ドアの前で戸惑っている二人を車内に放り込む
そして俺は助手席に乗り込んだ
「高宮、あいつらがいなくなるまで待つぞ。あっちから攻撃されない限り、こちらからは手を出すな」
「え?なんでですか?」
「無用な殺生は極力避ける」
聞いた瞬間、かぶりをふりながらものすごい大きさのため息を吐かれた
「なんだよ高宮」
「博士、あなたこの世界に来て何年になるんですか」
完全にお説教モードだ
「無用な殺生とか攻撃されない限りとか、強者のセリフですね」
「なんだと?」
「はぁー。仮にここであの魔物を見逃したとしましょう。それから数日後、あのオーク達と運悪く行商人がエンカウントしてしまったとしましょう。ただの人間である行商人がオークに勝てるわけがありません。もちろん殺されてしまうでしょう。さて、この事を博士はどう思いますか?」
「どうってお前──」
「ただ運がなかっただけと思うんですか?」
「違う!」
「博士は今どちらの味方なんですか。人間側なら、そういう可能性は極力減らすために行動すべきです」
こいつ、弱いところを的確についてきやがる
「強い博士は見逃すだなんて上から目線で言えるでしょうが、弱い人間達はそうじゃないんですよ?」
「うぐ……」
反論のための言葉が出てこない
「時には非情さも必要なんですよ……まあ、そうなところも博士らしいんですがね」
しばらくの沈黙。誰も口を開かない
「ふう、さて、やりますか!」
高宮がシートの横から銃を取り出した
銃の側面にあるボタンを押すと、車のフロントガラスをはじめとする全ての窓がライトグリーン色に変わる
まるでゲームの画面のように
「これは……ゲーセンの?」
「これ、すごいんですよ」
高宮がオークに向けて銃をかまえる
すると、その銃口の先に赤いターゲットサイトが現れた
「なんだこれは?窓になにか浮いているぞ⁉︎」
「ロックオン!」
かちゃりと引き金を引いた
瞬間、光り輝く荷電粒子砲がオークめがけて発射された
着弾し、激しい爆音と爆風を撒き散らす
「な、な、な、」
カナリアが唖然とする
まあ無理はないと思う
「あんな威力が出る武器を積んでるのかこの車は……」
「他にもたくさんありますよ♪」
楽しそうに笑う高宮。俺は怖くて仕方ないんだが
事故って誘爆とかしないよね……
「た、大変だ!ソーヤ!カグヤがっ!」
「どーしたのよカナリア」
何事かと振り向いてみれば、そこには慌てふためくカナリアと、白目を向いて気絶したカグヤがいた
「女の子は気絶する時も美しくね」
見なかったふりをして、まぶたを閉じさせてやった




