其ノ二
「最終調整は完了。あとは指定された時間を待つだけね」
搭載された装備のチェックを終え、彼女は車に乗り込む
倉庫の中に重低音のエンジン音が鳴り響く
あの占い師から指定された時間まであと10分ほどある
あの人が消えてもう三ヶ月たった
最初の一週間は平気だった。過去でなにしてるのかな?楽しんでいるかな?なんて考えていた
しかし、二週間、三週間と経つうちに研究所内にはなんとも言えない悲壮感が漂い始め、一ヶ月たち、あの人は死んだという話まで出始める始末だった
そんなはずはない。あの人は必ず生きている、と彼女は自分に言い聞かせてきたが、どんどん彼女の心は暗く、生活は自堕落になっていった
「大切な人を失うことは、これほどまでに苦しいものだったのね──」
ついこの間までの出来事を思い出して、彼女はほそぼそと呟く
彼女は1枚の写真を取り出し、それにむかって語りかけた
「──だから、今行きます!博士!」
先ほど違い、力強く声に出す
あの日、あの占い師に出会ってから手に入れた一つの希望
どうせ生きていたってつまらない人生だ。もし騙されていたならそこまで
「時間ね」
彼女は思い切りアクセルを踏み込んで車を発進させる。
ハンドルについているトリガーを引き、搭載された荷電粒子砲で倉庫の壁を破壊して外に出る
浮遊車が普及し、必要のなくなった道路は、昼間は歩行者天国となっている
車一台、人っ子一人いない真夜中の道路を一台の車が爆走する
目標は20年前の9月28日午前10時18分
指定された時間、深夜0時18分になった瞬間、時間移動システムが作動し、車が白い光に包まれる
「待っていてください、博士。たとえ姿が変わっていようと、私が惚れたのはあなたの心ですから!」
そして、高宮夏姫を乗せた改造車は白い軌跡を残し虚空に消えた
* * * *
「違うわよ!もっと右腕を曲げて!そうそう。あっ、その角度よ!ソーヤ!それよそれ!いいわぁ。細い体についたちょうどいい量の筋肉!たまんないわぁ!」
なんだこれ。
俺は今、グリードの別荘にある大浴場のなかで、かれこれ30分ほど色々なポーズを決めていた
「うふふ。触るのはNGってのが悔しいけど、もう満足したわ」
「うう、やっと終わった……」
湯船にようやく浸かることができる
俺は張られたお湯で顔をわしゃわしゃと洗う
中身はおっさんなのだ
「ちくしょう、覚えてろよカナリア〜」
ただでさえ疲れているというのに、さらに疲れてしまった
げっそりした俺の表情とは真逆に、グリードは満面の笑みで鼻歌を歌っていた
「昨日の敵は今日の友って本当なのね」
「黙れオカマ」
屈辱だ!こんなオカマの前で俺はボディビルダーのようにポージングしてたとか。トラウマだぞ
俺に一生分のトラウマを与えた張本人はなおも続ける
「背中、流してあげようか?はあと」
「気持ち悪いッッ!」
グリードの顔面にマナで操ったお湯をぶっかける
「ぶぅぇっふ!げぼぼ!な、何するのよ!」
「黙れ黙れ黙れ!お前の奪った俺のプライドとか色々返せっ!」
「はっ!今かけられたお湯が白濁液だったら……いやぁぁぁぁん♡♡♡‼︎」
「お願いです許してください俺が悪かったです本当すみませんでしたマジで許してください」
俺の精神はとっくに0。これ以上攻撃して来ないで頼むから
「仕方ないわね。許してあげる代わりに、筋肉触らせて!あと海綿体も……あら?なんで湯船からでるの?」
湯船から上がり、右手をお湯につけて
死なない程度、電気風呂より少し強めの電流を流す
「あびゃびゃびゃびゃ!しびれりゅぅぅう!あた、あたしはっ!Mじゃないのにぃぃぃぃぃ!感じちゃうぅぅぅぅぅ!」
「やめろぉぉぉぉぉ!だまれぇぇぇぇ!」
変な声を出すグリードに再びお湯をぶっかけ、黙らせる
「げほっげぼげぼ!──なにするのよ!今のは自業自得でしょ?」
「もう嫌だ。俺上がる」
「え?もう出ちゃうの?もっとあたたまりましょう?」
俺は大浴場を後にした
馬鹿でかい食堂で俺はカナリアとカグヤに合流した
「ん?どうした、ソーヤ。やつれた顔をして」
「お風呂でリラックスできなかったんですか?あんなに広くて大きかったのに」
「誰のせいだと思ってんだお前ら!」
「「なにが?」」
口を揃えてぬけぬけと応える二人
「もういいよ……」
「あら?あなたたちなに突っ立ってるの?早く席に着きなさいよ」
ホカホカと湯気を出しながらバスローブ姿でグリード登場
なんだろう。あの顔を見ると無性に殴りたくなる
「今日は客人用でかなり豪華な料理を用意させたから。ささ、座りなさいな」
勧められるがままに、これまた長いテーブルにつく
使用人達が、銀の台車に沢山の料理を乗せて持ってきた
「美味しそうだな」
テーブルの上に置かれていく料理を見て、素直に感想を言う
「あら?美味しそう、じゃなくて、美味しい、のよ。さ、食べてちょうだい」
「それじゃ……いただきます」
一番近くにあったステーキにはし、もといフォークを伸ばす
丁寧に切り分けられたそれを口に運ぶ
「うまっ!美味いぞ!これ!」
大浴場の悲劇を忘れるほどの美味しさだった
サラダも新鮮で野菜なのにほどよい甘みがあり、スープも濃厚で中の具なんか口に入れただけでとろけてしまった
「美味しいな。特にこのスープ。好みだ」
「鯖の味噌煮とかありませんかね」
カグヤ、料理を褒めんか料理を
俺たちは雑談をかわしながら食事をした
「へぇ、ソーヤはあのカルドスの息子だったのね。そりゃ強いわけね」
「親父ってそんなに強かったのか?」
「そりゃもちろん。剣の腕は世界一と謳われていたし、そうね、10歩歩くたびに告白される位の人気もあったわ」
「本当なのか?カナリア」
「そうだな。大方あっている」
「……あたしの言うこと信じなさいよ」
知らなかった。そんなにすごかったのか
「さらに凄いのが、エルフ式の魔法を使えることね。あんなことができる人なんて、ごく稀にしかいないわ」
「エルフ式の魔法ってなんだ?」
「そんなことも知らないの?」
おいおい、そんな目で俺を見るなよ。腹立つな
「あなたが使っているのはエルフ式の魔法よ。人間の使う魔法と違って、自由に使えるのよ」
「もっと詳しく」
はぁ、これだからこどもは。とため息をつくグリードを殴り飛ばすのを我慢する
「人間はエルフと違ってマナをうまく操れないの。だから、マナを操る補助機能を持った杖を使わないといけないし、使える魔法も限られているのよ」
「へぇ、知らなかったなぁ」
「そんな英雄カルドスの息子が、まさか賞金首になるなんてね」
まったくだ。人生どうなるかわからないね
あのデブ貴族の顔を思い出したらイライラしてきたので、やけ食いしたらむせた
「レチェリーには気をつけてね?あいつは本当に気持ち悪いくらい根に持つタイプだから」
「わかったよ。ご忠告どうも」
不意にグリードは黙り込んで俺を見つめ始めた
じーーーー
「……なに?」
「カルドスは人間よね。さっきの話だと、あなたの母親も人間って言ったわよね。なら、なんであなたはエルフなの?」
あの夜の事は、恥ずかしいので話していなかった
「それは、ええと……カナリア、説明してくれ」
カナリアに助けを求めようとしたのだが
「すー、すー」
寝ていた
ワイングラス片手にカナリアは眠っていた
「さっきからやけに静かだと思ったら……」
うぅむ、やはりカナリアの寝顔はカワユイのぉ
「カグヤは?」
カグヤの方を見ると、彼女も寝ていた
水の入ったコップを片手に
「酔って寝たわけじゃないよね……」
カグヤはワインを飲んでいない
本人曰く「日本酒なら飲みますよ」
「あらあら。こんな可愛い娘三人に囲まれて、あなた、誰を選ぶの?あたし?」
「酔ってるんだよね、酔ってるからそんなこと言うんだよね。本気じゃないよね?」
「どうかしら♡」
意味深な笑みを浮かべるグリード。気持ち悪い
「とりあえずベッドに運ぶか。部屋に案内してくれ」
「じゃあ私はこっちの子を連れて行くから。あなたはその婚約者さんを連れてきなさい」
カナリアをお姫様抱っこして、カグヤを抱えたグリードについていく
無駄に長い廊下を進み、ようやく部屋にたどり着いた
「客人用の部屋だから、自由に使っていいわよ。あ、カグヤちゃんがいるからラブラブできないわね」
「客人用の部屋って一室しかないのか?」
下ネタを無視して質問する
「あるわよ。全部で15室」
「ならこいつらは同じ部屋にして、俺は別の部屋で寝るよ」
二人をベッドに寝かせてから、俺はその隣の部屋で寝た
翌日の朝
「おはよう、ソーヤ。いい朝だな」
「おはようございますソーヤさん。なんだか疲れた顔をしていますね」
「ああ、おはよう」
昨晩、計4回グリードの襲撃があったせいで、おちおち眠れなかった
「おはよう!みんな!よく眠れたかしら?」
「眠れるかっ!」
「なんで⁉︎」
なんで怒っているのかわからない、という表情を浮かべるグリード
「まあいいわ。ソーヤがなんで怒ってるのか知らないけど。朝食にしましょう」
朝食もとても美味しかった
この世界にきてからは美味しいものしか食べてないな
「あなたたち、もう行っちゃうの?」
食事を終えて、コーヒーを飲みながらグリードが聞いてきた
「ああ。個人的にはいきたくないけど。倭国に」
「そう。短い間だけど楽しかったわ。あなたたちの服は洗濯して部屋に置いてあるわ。あ、カグヤちゃんの服はたたみ方わからなかったから、ハンガーにかけてあるから」
「色々とお世話になりました」
「そういうのを言うのは、支度を終えて門の前とかでいうんじゃないの?」
「まったくだ」
笑いながら、昔の敵と朝食をとっていたと思うと、なんだか不思議な気分だ
コーヒーを飲み干して、部屋に戻って支度をする
支度を終わらせて、別荘の門の前に来て、俺は始めてこの別荘の外観を見たのだが
「でかい」
ものすごく大きい建物だった
「さて、寂しくなる前にさっさと行ってくれないかしら」
男がしおらしい態度をとっているのを見ると、なんか気持ち悪い
「ああ。世話になったな」
「ありがとうございました。本当に助かったよ」
「妖怪騒ぎが治まったら、ぜひ倭国に遊びに来てくださいね」
それぞれ別れの挨拶をすませ、握手を交わす
「それじゃ。ぐずっ、まだぎなざいよ」
すでに泣きはじめたグリードにまた来るよ、と告げて俺たちは別荘を後にした
しばらく歩いて森を抜けると、まただだっ広い草原が待っていた
「結構いい奴だったな」
敵として会っていなければ、もっと仲良く慣れていたかもしれない。気持ち悪いのは仕方ないとして
「そうだな。パンと干し肉や飲み物もたくさんもらったぞ。しばらくは食事には困らないな」
カナリアは食物の入ったリュックを背負っている
「倭国に遊びに来てもらうためにも、妖怪を倒さないといけませんね」
「ソウダネ」
すっかり忘れていた。これから倭国にいってヒミコとか妖怪とかと色々するんだった
「なあ、ソーヤ」
「なんだ?カナリア」
「さっきから何か音がしないか?それも少しずつ大きくなっている」
音?俺は足を止め、耳を澄ます
ブロロロ───
「この音……まさかとは思うが……エンジン音か?」
音のする方、後ろを振り向くと、遠くからこちらに向かってくる車が見えた。あのシルエットは見間違いようがない
「ソーヤさん、なんですか?あれ」
「あれは車だ!なんでこの世界にある⁉︎」
驚くのはこれからで、向かってくる車、天井に砲身が装備されていた
「なんだよあれ、ウ○トラ警備隊か何かか?」
あっという間に追いついた車は、俺たちのそばで停止した
ドアが開き、一人の女性が降りてきた
彼女は手元の写真と俺を見比べて言った
「間違いない。博士ですね!」
満面の笑みを浮かべて俺に飛びついてきた女性を、俺は知っていた
「まさか……高宮か?」
俺から離れると、高宮は嬉しそうに言った
「やっぱり博士ですね!そうです!高宮夏姫です!時空をこえて会いに来ました!」
誤字等のご指摘、よろしくお願いします




