其ノ一
お待たせしました〜
太陽が沈み始め、肌寒い空気が体から少しずつ熱を奪い始めたので、俺たちは足を止め、野営の準備を始めた
黙々と準備をすすめ、焚火を燃やしそれを3人で囲む
「さて、状況を整理しようか」
「そういうものは街を出る前にするものだぞ、ソーヤ」
「しっかりしてくださいね」
「誰のせいだ誰のっ!」
ほんと、勘弁してくれよ。なんでサルベスから七貴族を追い出して、国を救った英雄として手厚い待遇を受け、食費も宿泊費もいりませんよ〜生活をなぜほっぽり出して野営してるんだよ
「カナリアっ!」
語気を強める
「なんであんなに焦ってサルベスを出ようとしたのか、説明してもらおうか」
「な、なんのことだ」
目が泳いでるよ、目が
「なぁ、俺たち、婚約者だろう?教えてくれよ。お前が約束を少し変えてまで俺に接触したのはなんでだ?」
俺が勇者になるまで会わないっていう、かなり昔に流行った漫画みたいな約束をしたじゃあないか
しかし、カナリアは頑として口を開こうとしない
「夫婦同士、隠し事は良くないですよ」
優しく諭すカグヤ
「そうだな……しかし……言わなきゃ、ダメ、かな?」
「言え早く」
「きっぱり言いましたね、旦那様」
もじもじと指をいじるカナリア。なんだ?らしくないな
「じつは、だな。私は聖都で情報収集していたんだ」
「魔物の凶暴化か」
そうだ、と頷くカナリア
「それで、だな。情報収集の最中に、一人の占い師に会ったんだ」
はっ、占いねぇ。ほんと女ってそういうの好きだよな
「私は断ったんだが、良くない相がででいるとかいって、無理矢理占ってきたんだ」
おいおい、インチキ占いの手口だろそれ
「お代はいらないというので、仕方なく占わせてあげたんだ。そしたら……その……」
また俯くカナリア。しばらくうじうじしてから、真っ赤になった顔を上げる
「サルベスで、ソーヤの前に私の恋敵が現れるって言われたんだっ!」
「知るかっ‼︎」
「な⁉︎知るかとはなんだっ‼︎」
え?そんな阿呆らしい占いのせいで俺はあのゴージャスライフを手放したっていうのか?
「そ、それに、君の事を狙う賞金稼ぎもいるし、その、心配になって」
「まあ、賞金稼ぎの件は置いておこう。まず、俺は浮気なんかしないから」
「ソーヤっ!」
俺のことを目をうるうるさせて見つめてくる。こんなカナリアも悪くないな。ギャップ萌え
「あの、お二人様、ラブラブされているところ申し訳ないんですが」
カグヤが話に割って入る
「ん?なんだ?」
「なんだか周りから臭い匂いがしませんか?」
ん?確かに。臭いな
「この臭いはあれだな。オークの吐く息と同じ臭いだ」
顔をしかめてカナリアがいう
「ふむ……ということは……」
俺は大きな炎の玉を頭上につくり、辺りを照らす
「うーわー」
俺たちを囲むように、10匹のオークが立っていた
身長は2、3メートルほど。醜い豚ヅラにまるまる肥えた体、腰には布を巻いている
「テンプレ的なオークだなぁ」
「テンプレ?なんですか?それ」
あ、この世界にはないのかテンプレって言葉
「しかし、厄介だな」
なんだか嫌そうな顔をするカナリア
「確かに、女性には嫌われるような見た目だしな」
「見た目だけじゃないんですよ」
カグヤは鼻をつまんでいた。鼻をつまんだ女の子って可愛いいな、案外
「あいつら、女を執拗に狙ってくるんですよ」
うっわぁ。そりゃ嫌われるよ
「さらに厄介なのはな」
カナリアがさらに言う
あ、女性を狙うって話はあまりしたくないのね
「炎系統の魔法が効かないのだ」
とカナリア
「え?そうなの?油でよく燃えそうだけど」
「オークの皮、炎に耐性があるんです」
とカグヤ
「なるほどね、じゃあ炎系統以外の魔法使えばいいじゃん」
「それが、ですね。私の陰陽術は炎系統しか使えないんですよ」
申し訳なさそうにカグヤが俯く
「じゃあカナリアと俺で倒すか」
カナリアの方を向き、提案すると、ものすごく嫌そうな顔をした
「いや、私は近づきたくないな」
「あーはいはい、なら遠隔攻撃で援護してくれ」
よし、作戦はたてたし、飯食うかな〜
カバンからパンを取り出して齧る。うむ、美味しい
「あの、なにをしているんですか?」
「なにってなんだ?ふつうに飯食ってるだけだが」
パンを咀嚼してから応える
「いや、倒さないんですか?」
おずおずとカグヤが聞いてくる
カナリアは済ましてパンをもぐもぐ食べている
「いや、襲ってくる気配ないし」
「え、襲われたらどうするんですか!」
「襲われたら倒すけど。あいつら、まだ俺たちに気概加えてないじゃん。臭いけど」
自分、または人間に危害を加えない限り俺は殺さないと決めている
「は、はぁ」
なんだか納得いってないカグヤにパンを投げて渡す
「お前も食え。腹減ってるだろ」
カグヤはしぶしぶ座ってパンを食べ始めた
あいつらが襲ってくるとしたら、多分俺たちが寝付いてからかな
パンを食べ終え、もう一度炎の玉を頭上につくる
ふむ、さっきより近づいてきてるな
俺たちを囲む円が狭まっている
「荷物をまとめとけよ。いざとなったらすぐ動けるように」
2人に荷物をまとめさせる
よし、下準備はオッケー
荷物をまとめ終わったカナリア立ち上がった瞬間、1匹のオークがしびれを切らし、雄叫びをあげこちらに向かってきた
それにつられて他のオークも一斉に向かってくる
「おい、荷物持ってこっち来い‼︎」
2人が荷物を抱えて俺の隣に来た
しっかりと2人を抱き寄せて、圧縮した空気の玉をつくり踏みつける
ゴウッと浮かび上がる俺たち
「ひゃっ、た、高いですっ」
カグヤがぎゅっと引っ付いてくる
「まさか、恋敵はカグヤのことだったのか?それなら……」
カナリアは小声で何かつぶやいている
俺たちがついさっきいた焚火から20メートルくらいの地点に着地する
「カナリアはカグヤを守りつつ後方支援を頼む」
「わかった」
カナリアの後ろにカグヤが隠れるのを確認して、俺は背負ったロングソードに手を……
「あれ?」
ロングソードがない。そういえば軽いなぁとは思っていたのだが
「ああーっ!折られたじゃん!」
筋肉むきむきの、えーとなんだったかな?まあ、筋肉隆々無精髭の七貴族に折られたことを今更思い出した
「かぁー、俺としたことが」
「おい、ソーヤ!オークがこちらに向かってくるぞ!」
とりあえず風の刃を発生させてオークに向かって放つ
スパッと体が二つに分かれるオーク
このまま風の刃を放っとけばいいじゃん
次々と刃を放つ
「なんて斬れ味だ。オークのあの厚い体を意図もたやすく……」
「さすがはサルベスを救った勇者ですね」
後ろで俺に声援を送っている(ことにしておく)2人のために俺は戦うぜ!
オーク10匹を退治し終わった俺たちは、そこから少し離れることにした
だって臭いんだもん
「いただきます」
さっき倒したオークのバラ肉を焚火で焼いて食べる
うむ、美味い。あれだな、ゲテモノって意外と美味かったりするよな
「お前らも食えよ」
「遠慮しておこう」
「遠慮しておきます」
きっぱりも断る女性陣
かーっ、もったいない!元はあれだがこの肉超美味い
「んほっ、美味いっ!」
ビールを飲みたいところだが、生憎この体は14歳なので飲めない
「それにしても、魔法を操るのが随分上手くなったな」
カナリアが感心した様子で頷いた
「そりゃどうも」
「しかし、あまり無茶するなよ?魔法は使いすぎると身を滅ぼすぞ」
「へえ、なんで?」
「マナとは魂から生成されるいわば生命力だからな。使い過ぎれば魂が廃れ、廃人になってしまう。植物状態と言ったところか」
俺の手が止まる
なんだって?
「そんな話聞いてないぞ?」
「すまない。君のマナは人より多いから、別に言わなくてもいいかなぁと」
おいおいおいおい、いいかなぁ、じゃないよ!そういうことはちゃんと言ってもらわないと困るよ
「ってことは、俺があの時気絶したのって……」
「ああ。精神的ショックとかそんな甘いものじゃない。ほとんどの身体機能が止まったんだよ」
空いた口が塞がらず、背中には嫌な汗が吹き出てきた
俺、死んでたかもしれなかったのか
「小国とはいえど、国一つに喧嘩を売る馬鹿がいるなんて思いもしませんしね」
「おいカグヤ、今俺の事バカっていったか?」
いえいえーと薄ら笑いを浮かべつつ、カグヤは顔をそらす
「お前らヒロインがまともじゃなくてどうすんだよ……」
俺は頭を抱え込む
正直にいうと、美女2人に囲まれての旅なら別にいいかな、なんて思ったりしてサルベスから出てきたのに、なにこれ
今すぐにこいつら置いて帰りたい。回れ右したい
あ、でもサルベスには今頃俺を狙ってきた賞金稼ぎがうようよいるのか
くそっ、あのデブ貴族、今度会ったらただじゃおかないぞ
すーすーと寝息が聞こえてきた
カナリアとカグヤは、体を寄せ合って眠っていた
「風邪引くぜ」
荷物から毛布を取り出して2人にかける
穏やかな2人の寝顔を見て、なんだか得した気分になった
オークの肉を食べながら、夜空を見上げる
「っておい、夜の見張り押し付けられたじゃん」
してやられたお返しに、もう一度2人の寝顔を覗いてやった
「夜の見張りってさ、交代制だよね?普通」
結局、俺は一睡もできなかった
2時間くらいたってから、俺も眠くなったので、番を代わってもらおうとカナリアを起こそうとするのだが、まったく起きない
仕方なくカグヤを揺さぶって起こそうとするのだが、こちらもまったく目を覚ます気配がない
そうこうするうちに日が昇っていた
「いや、すまない。昨日は聖都からサルベスまで寝ずに夜通し走ってきた疲れが出てしまった」
どんだけ占い心配してたのこの人
夜通し走るってどんだけ体力あるのよ
「おいカナリア、俺をおぶれ」
「は?」
は?、じゃねーよ
一応、体は14歳なのでカナリアがおぶっても苦にはならないだろう。身長とか俺の方が少し低いし
「お前のせいで俺眠れなかったし」
「そんなに妻に厳しく当たることはないだろう。Sなのか?ソーヤはSなのか?」
おーい、なに?Sって。テンプレって言葉はないのにサディストはあるの?
てかどこで覚えたの!
「まあいいや。ほら、とりあえずおぶって」
「仕方ないな」
といいながらしゃがむカナリア
その背にのって俺は目を瞑った
んん、いい香りがするなぁ
カナリアの背で揺られながら、俺は眠りについた
「んんっ!よく寝た」
俺は起き上がり背伸びした
それからかぶっていた毛布をのけて、ベッドから降り──
「あれ?ベッド?」
おかしい、俺はカナリアにおんぶされていたはず
「やっと起きたわね」
「カナリアか?」
「カナリアちゃんとカグヤちゃんなら今お風呂よ。一緒に入ってくる?悪魔の坊や」
一度目に入った顔が信じられず、目をぐしぐしとこする
それからもう一度目を開く
「なによ、あたしの顔になにかついてるの?」
そこにいたのは、七貴族の1人、ロン毛オネエだった
「いま失礼なこと考えてない?」
エスパーロン毛オネエだった
「え、ここどこ?」
「あたしの別荘」
「なんで俺ここにいるの?」
「夕方にこの家の前を通りがかったあなたちちが、夜泊めてくれって尋ねてきたのよ」
鬱陶しい長髪をふぁさっとかきあげる
「あんたみたいな奴、絶対家にあげるもんかって言ったんだけど、エルフの子が、ソーヤが目を覚ましたら、彼の筋肉を好きなだけ観察していいですよ。とかいうもんだから、仕方なくね」
おかしいな。俺が寝ている間にとんでもない取り引きがされていた
「ほんと、なにかしたらただじゃおかないわよ」
キッと睨みつけてくる
「しねーよ」
なんか調子狂うなあ。目の前に敵がいるんだぜ?
「あたし、ああいうのからは手を引いたわ」
「ああいうのって、ああ、あれか」
どうやら奴隷やらなんやらには関わっていないようだ
「もう面倒くさくなってね。今はこうして森の中の別荘にひっそり住んでるのよ」
辺りを見回すと、かなりこの部屋が広い事に気づいた
「随分と広い部屋だな」
素直に感想を述べる
「一番小さい部屋よ」
さらりとロン毛オネエが言う
「え?一番小さいの?この別荘ってどのくらいの大きさなんだよ」
そうね、と顎に手を当てて考えるポーズをとる
「あっ、聖都のお城をふた周りくらい小さくした大きさかしら」
お城……
お金持ちって怖いな
「ところで、質問があるんだが」
「なにかしら?」
「名前なんだっけ」
「グリードよっ!ロレン=グリード!覚えてないのっ?」
馬鹿にされたとでも思ったのか、ギャーギャー喚き立てるグリード
覚えてないもなにも、そもそも名前聞いていないし
嫌だなあ、こんなところで一晩過ごすなんて、嫌だなあ




