入国
お待たせしました
「俺、馬鹿かも…」
日もそろそろ完全に沈むという時刻に、俺は道に座りこんでいた
「腹、減った…」
俺が持っているものは、一本のロングソードだけ。弁当など持っていない
当然、調理器具も持っていない
ワイルド・ボアを狩って、その肉を焼いて食べればいいか、と楽観視していたのだが、面白いことに一匹も出くわさない
飯、草かなぁ、と周りに生えている草を見る
食べられる草はナナリーやカナリアに習ったことがある
だが、死ぬほど腹が空くまでは食べたくないなぁ
「RPGの勇者とかは飯食わないのになぁ…」
座り込んでいても仕方ないので、立ち上がり歩き出すことにした
しばらく歩いていると、草陰からぴょこんととびでた耳を見つけた
「ウサギって、食えるのかな」
その辺には詳しくないのだが、多分食べられるだろう
空気の刃を発生させ、頭をはねる
痛みは感じなかったはずだが、あの愛らしい顔が宙を飛ぶのをみると、途轍もない罪悪感に見舞われた
なんとなく、自分の信条とこういう行いが矛盾しているような気がするので、俺は食前のいただきますと食後のごちそうさまでしたは欠かさない
とにかく、手に入れたウサギを解体してこんがり焼きながら、これからの予定を考える
サルベス。貴族が政治の実権を握っている国で、奴隷の保有が認められている。話によると、奴隷は『人間』ではなく『物』扱いされているのだという
日本での動物の境遇とおなじだな
今日を含めてあと8日。余裕はあればあるほどいいから、これからは寝ずにひたすら歩くことになるだろう。寝ずの番をしてくれる仲間もいないしな
育ち盛りの14歳の体には少し足りなかったらしいが、綺麗にウサギをたいらげ、ごちそうさまでしたもちゃんと言った
近頃の若者はしないらしいな、いただきますとごちそうさまでした。まったくけしからん
よっこらせと立ち上がり、歩き始める
翌日の朝、ワイルド・ボアを見つけたので朝ごはんはしっかり食べることができた
だが、次はいつ遭遇できるかわからないので、少しずつ食べて行くことにしよう
カバンを持っていないので、両手にワイルド・ボアの肉をぶら下げ、ひたすら歩く
この肉は、夕飯ですっかりなくなってしまい、翌朝は何も食べれなかった
不眠不休生活も3日目。ついに目的地サルベスが見えてきた
20mくらいの壁に囲まれたサルベスに入るには、南側にある門で入国審査をうけるひつようがある
門の前には馬車が十台ほど並んでいて、そのうち八台は窓がなかった
俺の順番が回ってきた
「貴様、名と歳を名乗れ」
銀色に輝く鎧に全身を包んだ門番が俺に質問をする
「ソーヤ=ウィルシード。歳は14」
「ふむ。黒髪に緑の目、身長は目測160程度と。よし、通れ」
ロングソードのことは何も言われず、するっと入ることができた
とりあえず、その辺にいる人とっ捕まえて宿の場所を聞くことにする
気の弱そうな少女発見
「あの、すみません」
「ひゃっ!ご、ごめんなさい!」
いきなり謝り出したぞこいつ
「あのー、お尋ねしたいことが」
「ひっ、な、ななななんでしょうか?」
茶色の髪を後ろで2本の三つ編みにしているこの子、見た目よりも気弱だったというかなんというか
「宿の場所を知りたいんだけど」
そばかすのある顔をふせ、おどおどと教えてくれる
「や、宿でしたらそこの角を曲がったところに一軒、そのもうひとつ先の角を左に曲がったところに二軒、あ、あとは、貴族街の中にしかありません…な、ながくなってごめんなさい!」
イライラするなぁ、この子
「別に謝らなくても。ありがとう」
す、すみません!とまた謝られた。なんだこの子
1番近場の一つ目の角のところに行くかな
村から国になっただけで、こんなにも変わるのか
目の前にあるのは、オルカ村の宿とは比べ物にならないほど大きな宿だった。あそこの宿は5部屋しかなかったが、いったいここは何部屋あるのだろうか
宿の名前は「パシム」と書かれている
どういう意味なのだろうか
中にはとても広いホールがあり、その奥にカウンターがある
中世の宿ってこんなに広いのか?それともサルベスだからなのか?木造じゃなければ、まるでホテルだ
カウンターには凛々しい顔立ちの男が立っている
「何泊されますか?」
話しかける前にあちらから話しかけてきた
「5日です」
「部屋はどうなされますか?部屋の大きさが選べまして…」
「1番小さい部屋で」
「わかりました。それでは1ミーレを前払いでいただきます」
高いのか安いのか。残念ながら俺はこの世界のレートを未だよく理解していないのだ
まあ、オルカ村で2ヶ月、門の修理やら畑仕事やらと手伝いである程度稼いでいるので問題ない
お金を払って鍵を受け取る
「それと、お食事は別料金となっております。詳しくはあちらのメイドに聞いてください」
あ、あなたが説明するんじゃないのね
とりあえず、ホールの端っこにあるテーブルを拭いているメイドさんに聞いてみることにする
「すみません、食事についてお聞きしたいのですが」
すぐにやっていた作業をやめて、こちらに向き直るメイドさん。右目の下に泣きぼくろがある
「はい。それではご説明いたします。まずはお部屋へ」
メイドさんに案内されて、部屋まで向かう。俺の部屋は一号館一階の10号室だ。なんとこの宿、三号館まであり、そのすべてが三階建てなのだっ!すごいのかな?すごいはず
「広いなぁ、うわ、ベッドふかふかじゃん」
案内された部屋は、一番小さい部屋のはずなのだが・・・。
俺は知っている。学会の時とかに泊まったことのある、そこそこ高いホテルのベッドだ。間違いない
さすがだなぁ、やっぱり貴族の国だけあってお金とかがんがん稼げるのかなぁ
「あちらについております紐を引いていただくと、三階に常駐しております私たちメイドが注文を伺いに参ります。メニューはあちらにございますので」
指差された方を見ると、天井から一本の紐が下がっていた
「ご注文を承り次第、専属のシェフたちが腕を振るって調理いたします。出来上がりましたら、お部屋までお持ちいたしますので、その時に御代をいただきます」
なるほど、よーするにルームサービスか
「質問いいですか?」
どうぞ、と先をうながしてくる
「やっぱり、この宿が大きいのって貴族のお客さんの羽振りが良かったりするからなんですか?」
「いえ、貴族の方々は平民街の宿にはお泊りになられません。貴族街に当館など比べ物にならないほどの宿がたくさんありますのでそちらに・・・」
「へぇ、じゃあ小さくても国とかの規模になるとこのくらいの大きさが当たり前なんですか?」
「この国の平民街がここまで栄えているのは、あまり良いことではないと思うのですが、奴隷商の方たちのおかげなんです」
なるほど。そういうことか
「ありがとう。わかったよ」
「それでは失礼します」
深々とお辞儀をして、泣きぼくろのメイドさんは部屋から出て行った
彼女が出て行ったあと、部屋を見て回ると、なんとびっくり!なかなかの広さの風呂がついていた。しかも、すでに湯が張ってある。いや、浴槽の淵にある小さな二匹のライオン像の口からお湯がじゃんじゃんでている。温泉かよ・・・
「オルカ村の宿に慣れてたから、なんか新鮮だなぁ」
とその時、ぐるるるぅぅと俺の腹の虫が鳴いた
驚きと感動の連続で、空腹を忘れていた
机の上にあるメニューを開き、一番安い物をえらんだ
紐を引いて一分も待たないうちに、部屋をノックする音がした
「どうぞ~」
失礼します、と入ってきたメイドさんはさっきの人とは別の人だった
「えーと、これとこれをお願いします」
「ビーフカレーと採れたて野菜のスープですね」
安いのを選んだら、奇妙な組み合わせになってしまった
「約20分後にお持ちいたします」
メイドさんが下がった後、お風呂に入ることにする
どっぷりと湯船につかり、この3日間の疲れをいやす
風呂から上がり、用意されていたバスローブに着替え、ベットに寝転んだ。すんごいふかふかだな。ふかふか〜
部屋の戸をノックする音とともに、「お料理をお持ちしました」という声がした
「どうぞ」
メイドさんがあの有名な銀色の押し車?に料理をのせて運んできた
うお、すっげーいい匂い
「ご注文の品、ビーフカレーと採れたて野菜のスープの2つで、3ケトムになります」
お金を払い、いただきますと両手を合わせてから食べる
「うんま!」
さすがは専属シェフ。いい仕事するじゃねぇか
食べ終わった後、紐を引いてメイドさんに皿を下げてもらい、ベッドに入る
不眠不休のせいで疲れ果てた俺は、あっという間に寝てしまった
待たせる時間は長いのに、話は短いって定評の風見です(汗)
誤字やおかしな文章がありましたらご指摘ください




