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異世界で勇者になる  作者: 風美 佑
新米勇者編
18/26

Episode Ⅴ

なんとなく山猫食堂に足を運んでみる


店の中からは賑やかな笑い声が聞こえてくる


「いらっしゃい。あら、あなたは昨日の」


「ども」


店に入ると茶髪で優しい目をしたおばさんに声をかけられた


「私はテナー、あなたは?」


「ソーヤです」


「ソーヤちゃんね。では改めて、昨日は助かったわ。本当にありがとうね」


いやあ、照れるなぁ


俺は頭をかきながら、なぜ人は照れると頭をかくんだろうという事に思いを馳せ始めた


「今日はサービスで無料にしてあげるよ。何がいい?」


思考をやめ、メニューをみる


ううん、迷うな


「そうですね、1番人気の物を」


まかせなさい!とテナーおばさんは厨房へ向かった


まさかこの店1人できりもみしてるんじゃね?


しばらくして、テナーおばさんが料理を運んできた


メニューは…カレーか


「おまたせ。1番人気なのよ。テナーとホティの夫婦野菜カレー」


ネーミングはともかく、とてもいい匂いだな


一口食べると、口いっぱいに広がるカレーの味。いや、カレー食ったんだし当たり前だけど。


食欲をそそる旨辛な味で、中には野菜がゴロゴロはいっているのだが、とても甘い。なんていうのかな、カレーの辛味と野菜の甘味が絡み合って絶妙なハーモニーを奏でている


「どうだい?うまいだろう?」


「はい!モグモグ…すごく!むしゃむしゃ…特に野菜パクパク…野菜が美味しいでふ」


食事の手を止めずに感想を述べる


「だろう?旦那が丹精込めて育てたんだよ」


ニカッと笑うテナーおばさん。目元の皺はよく笑う証拠だろう


そのあと、おかわりを計3回したあと食事代20デリムを払い(テナーおばさんはいらないと言ったが、あのカレーを無料なんかで食べたら罰が当たると思った。おかわりもしたし)宿に戻る



「今日は遅かったじゃない。夕飯食べる?」


「いえ、今日は山猫食堂で食べてきました」


「あらそうかい。あそこはとても美味しいからね」


部屋に戻り、ベッドに寝転ぶ


「これから夕飯はあそこで食べよう」



* * *



それから二ヶ月近くオルカ村に滞在してしまった


俺は、朝起きて 風呂掃除をしたあと、狩りに出かけ、回避練習したあと剥ぎ取りの練習、問屋でトーマスさんに評価してもらい、疲れた体と心を山猫食堂で休ませるという生活を繰り返していた


村に滞在している理由、それは村人からの依頼だった


門の修復と強化が終わるまで、護衛としてこの村に留まってくれ、という内容で、すぐ終わるだろうと思い、二つ返事で了承してしまったのが失敗だった


この異世界には機械が無いので、作業の進行スピードがとても遅いのだ


さらに不幸は続き、終わりの目処がたったところで台風に襲われ、ほぼ最初からやり直さないといけないほどの損害を受けた


晴れの日は狩りにでかけ、雨の日はミーリちゃんと遊んで、作業が終わるのを気長に待つという単調な日々



そんなある日のこと


俺は狩りからオルカ村に帰っていた


「ようやく作業の終わりが近づいてきたし、剥ぎ取りの腕前もかなり上達した。いやぁ、二ヶ月、長いようで短かったなぁ」


んっと背伸びをしながら歩いていると、前方から猛スピードで馬車が走ってきた


俺がいるというのに、全く減速しない


「あぶなっ!」


慌てて道から飛びてて避ける


もし避けるのが少しでも遅ければ、轢かれていただろう


「あぶねぇなあ。死ぬかと思ったぜ」


しかしなんだろう、この感じ。胸騒ぎがする


さっきの馬車、窓がなかった


急ぎ足で村に戻ると、門の手前に人だかりができていた


「どうしたんだ?」


駆け寄ってみると、人だかりの中心に1人の老人が倒れていた。腹部が血まみれだ


「この人、いつも門のところにいる…」


トーマスさんが必死に血を出さすまいと傷口に布を押し付けている。正しい処置なのかは俺も知らないが


「ソーヤ、助けてくれ。ハネスじいさん、まだ息があるんだ!」


助けろっていったって、どうしようもないじゃないか!まて、落ち着け。俺は何ができる…


心を落ち着かせる。悪い癖だ。パニックになると頭が真っ白になっちまう


「そうか!魔法!」


倒れている老人ハネスの傷口に手をかざし、練りこんだマナを傷口の細胞に送りこむ。1分ほどで傷は癒え、周囲の緊張感が少し和らぐ


「ううん、おや、ここは?」


しばらくして、ハネス爺さんは意識を取り戻した


「助けてくれたのさ、こいつが爺さんをな」


ハネス爺さんはぼんやりとした表情を浮かべてふらふらしている


「それよりも、なんで怪我をしていたんだ?何があった?」


クワッと目をひん剥き、ハネス爺さんが立ち上がった


「そうじゃ!ミーリ‼︎ミーリがさらわれてしまった!」


「なん、だと?」


トーマスさんが信じられないといった顔で聞き返す


「すまん、わしの責任じゃ。お前さんから面倒を見るよう頼まれたのにな…」


まさか、さっきの馬車は…


「その時の状況を詳しく教えてくれ」


「ああ。トーマスにミーリの面倒を見てくれと頼まれたから、ここで遊んでおったんじゃ。そしたら、門の前に馬車が止まったと思ったら、中から2人の男が降りてきての。いきなりミーリを羽交い締めにして頭から麻袋にいれたのじゃ。慌てて駆け寄ったら、腹を刺されてしまったんじゃ…」


そこまで言って、ハネス爺さんは泣きはじめた。しかし手際がいいな、そいつら


「気にしないでくれ、爺さん」


責めようにも責められないだろう。しかたがないさ


「それよりも、この時期に人さらいってことは…」


周りの人たちが気まずそうな顔をしてうつむく


「どういう意味だ?ヘナおばさん」


「ここから南東へ向かって進んだところに、サルベスという国があるんだよ。サルベスの政治体制は貴族制。意味はわかるかい?」


俺は頷く


「サルベスでは、奴隷を持つことが認めらているのさ。そして、春分と秋分の日にあの国では…『奴隷競売会』が行われるんだ」


「奴隷…競売…、それって!」


「そう。おそらくミーリはそこで競りに出される」


トーマスさんが地面を殴りつける


「その競売会ってのが開催されるのはいつだ?」


そんなことを聞いてどうするんだ、といった顔で俺を見ながらヘナおばさんがこたえる


「そうだね、今日が15日だから、あと8日の猶予があるけど。どうするんだい?返してくれとでも頼みに行くのかい?」


「そんな馬鹿な真似はしないさ。そんな奴らに頭なんか下げるつもりはさらさらない」


俺はそういうふうに命を粗末にする奴は好きじゃない


俺が科学分野に進んだ理由もそんな感じだった。要するに、俺は実験用モルモットとか、そういうシステムが嫌いだった


別に俺たちに危害を加えるわけでもない生き物を殺す、という行為がどうしても許せなかった。それが必要な犠牲だとわかっていても


浮遊車フロートカー転移装置ワープマシン、タイムマシンの試運転や実証実験だって自分自身で行った。まぁ、タイムマシンは失敗だったが


「俺は今からサルベスへ向かう。目的は、ミーリの奪取だ」


「お前、馬鹿言ってんじゃねえ!あそこの警備は貴族に雇われた凄腕の私兵達がやってるって話だ!俺の娘のために、お前がそんなことする必要なんか…」


「トーマスさん、俺の夢、知ってるだろう?」


問:悪い奴に可愛い女の子がさらわれた!こんな時、勇者ならどうする?


解:助けに行く


当たり前の事だ


「俺は勇者になるんだ。トーマスさん、必ず連れて帰るから、待っててくれよ。あ、これ預かっててくれ」


持っていたカバンを渡して、俺はマントを翻し来た道を引き返す


目的地はサルベス


単調な毎日にも飽きていたところだ


やってやるぜ、この野郎


新米勇者編はここまでです

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