Episode Ⅴ
なんとなく山猫食堂に足を運んでみる
店の中からは賑やかな笑い声が聞こえてくる
「いらっしゃい。あら、あなたは昨日の」
「ども」
店に入ると茶髪で優しい目をしたおばさんに声をかけられた
「私はテナー、あなたは?」
「ソーヤです」
「ソーヤちゃんね。では改めて、昨日は助かったわ。本当にありがとうね」
いやあ、照れるなぁ
俺は頭をかきながら、なぜ人は照れると頭をかくんだろうという事に思いを馳せ始めた
「今日はサービスで無料にしてあげるよ。何がいい?」
思考をやめ、メニューをみる
ううん、迷うな
「そうですね、1番人気の物を」
まかせなさい!とテナーおばさんは厨房へ向かった
まさかこの店1人できりもみしてるんじゃね?
しばらくして、テナーおばさんが料理を運んできた
メニューは…カレーか
「おまたせ。1番人気なのよ。テナーとホティの夫婦野菜カレー」
ネーミングはともかく、とてもいい匂いだな
一口食べると、口いっぱいに広がるカレーの味。いや、カレー食ったんだし当たり前だけど。
食欲をそそる旨辛な味で、中には野菜がゴロゴロはいっているのだが、とても甘い。なんていうのかな、カレーの辛味と野菜の甘味が絡み合って絶妙なハーモニーを奏でている
「どうだい?うまいだろう?」
「はい!モグモグ…すごく!むしゃむしゃ…特に野菜パクパク…野菜が美味しいでふ」
食事の手を止めずに感想を述べる
「だろう?旦那が丹精込めて育てたんだよ」
ニカッと笑うテナーおばさん。目元の皺はよく笑う証拠だろう
そのあと、おかわりを計3回したあと食事代20デリムを払い(テナーおばさんはいらないと言ったが、あのカレーを無料なんかで食べたら罰が当たると思った。おかわりもしたし)宿に戻る
「今日は遅かったじゃない。夕飯食べる?」
「いえ、今日は山猫食堂で食べてきました」
「あらそうかい。あそこはとても美味しいからね」
部屋に戻り、ベッドに寝転ぶ
「これから夕飯はあそこで食べよう」
* * *
それから二ヶ月近くオルカ村に滞在してしまった
俺は、朝起きて 風呂掃除をしたあと、狩りに出かけ、回避練習したあと剥ぎ取りの練習、問屋でトーマスさんに評価してもらい、疲れた体と心を山猫食堂で休ませるという生活を繰り返していた
村に滞在している理由、それは村人からの依頼だった
門の修復と強化が終わるまで、護衛としてこの村に留まってくれ、という内容で、すぐ終わるだろうと思い、二つ返事で了承してしまったのが失敗だった
この異世界には機械が無いので、作業の進行スピードがとても遅いのだ
さらに不幸は続き、終わりの目処がたったところで台風に襲われ、ほぼ最初からやり直さないといけないほどの損害を受けた
晴れの日は狩りにでかけ、雨の日はミーリちゃんと遊んで、作業が終わるのを気長に待つという単調な日々
そんなある日のこと
俺は狩りからオルカ村に帰っていた
「ようやく作業の終わりが近づいてきたし、剥ぎ取りの腕前もかなり上達した。いやぁ、二ヶ月、長いようで短かったなぁ」
んっと背伸びをしながら歩いていると、前方から猛スピードで馬車が走ってきた
俺がいるというのに、全く減速しない
「あぶなっ!」
慌てて道から飛びてて避ける
もし避けるのが少しでも遅ければ、轢かれていただろう
「あぶねぇなあ。死ぬかと思ったぜ」
しかしなんだろう、この感じ。胸騒ぎがする
さっきの馬車、窓がなかった
急ぎ足で村に戻ると、門の手前に人だかりができていた
「どうしたんだ?」
駆け寄ってみると、人だかりの中心に1人の老人が倒れていた。腹部が血まみれだ
「この人、いつも門のところにいる…」
トーマスさんが必死に血を出さすまいと傷口に布を押し付けている。正しい処置なのかは俺も知らないが
「ソーヤ、助けてくれ。ハネスじいさん、まだ息があるんだ!」
助けろっていったって、どうしようもないじゃないか!まて、落ち着け。俺は何ができる…
心を落ち着かせる。悪い癖だ。パニックになると頭が真っ白になっちまう
「そうか!魔法!」
倒れている老人ハネスの傷口に手をかざし、練りこんだマナを傷口の細胞に送りこむ。1分ほどで傷は癒え、周囲の緊張感が少し和らぐ
「ううん、おや、ここは?」
しばらくして、ハネス爺さんは意識を取り戻した
「助けてくれたのさ、こいつが爺さんをな」
ハネス爺さんはぼんやりとした表情を浮かべてふらふらしている
「それよりも、なんで怪我をしていたんだ?何があった?」
クワッと目をひん剥き、ハネス爺さんが立ち上がった
「そうじゃ!ミーリ‼︎ミーリがさらわれてしまった!」
「なん、だと?」
トーマスさんが信じられないといった顔で聞き返す
「すまん、わしの責任じゃ。お前さんから面倒を見るよう頼まれたのにな…」
まさか、さっきの馬車は…
「その時の状況を詳しく教えてくれ」
「ああ。トーマスにミーリの面倒を見てくれと頼まれたから、ここで遊んでおったんじゃ。そしたら、門の前に馬車が止まったと思ったら、中から2人の男が降りてきての。いきなりミーリを羽交い締めにして頭から麻袋にいれたのじゃ。慌てて駆け寄ったら、腹を刺されてしまったんじゃ…」
そこまで言って、ハネス爺さんは泣きはじめた。しかし手際がいいな、そいつら
「気にしないでくれ、爺さん」
責めようにも責められないだろう。しかたがないさ
「それよりも、この時期に人さらいってことは…」
周りの人たちが気まずそうな顔をしてうつむく
「どういう意味だ?ヘナおばさん」
「ここから南東へ向かって進んだところに、サルベスという国があるんだよ。サルベスの政治体制は貴族制。意味はわかるかい?」
俺は頷く
「サルベスでは、奴隷を持つことが認めらているのさ。そして、春分と秋分の日にあの国では…『奴隷競売会』が行われるんだ」
「奴隷…競売…、それって!」
「そう。おそらくミーリはそこで競りに出される」
トーマスさんが地面を殴りつける
「その競売会ってのが開催されるのはいつだ?」
そんなことを聞いてどうするんだ、といった顔で俺を見ながらヘナおばさんがこたえる
「そうだね、今日が15日だから、あと8日の猶予があるけど。どうするんだい?返してくれとでも頼みに行くのかい?」
「そんな馬鹿な真似はしないさ。そんな奴らに頭なんか下げるつもりはさらさらない」
俺はそういうふうに命を粗末にする奴は好きじゃない
俺が科学分野に進んだ理由もそんな感じだった。要するに、俺は実験用モルモットとか、そういうシステムが嫌いだった
別に俺たちに危害を加えるわけでもない生き物を殺す、という行為がどうしても許せなかった。それが必要な犠牲だとわかっていても
浮遊車や転移装置、タイムマシンの試運転や実証実験だって自分自身で行った。まぁ、タイムマシンは失敗だったが
「俺は今からサルベスへ向かう。目的は、ミーリの奪取だ」
「お前、馬鹿言ってんじゃねえ!あそこの警備は貴族に雇われた凄腕の私兵達がやってるって話だ!俺の娘のために、お前がそんなことする必要なんか…」
「トーマスさん、俺の夢、知ってるだろう?」
問:悪い奴に可愛い女の子がさらわれた!こんな時、勇者ならどうする?
解:助けに行く
当たり前の事だ
「俺は勇者になるんだ。トーマスさん、必ず連れて帰るから、待っててくれよ。あ、これ預かっててくれ」
持っていたカバンを渡して、俺はマントを翻し来た道を引き返す
目的地はサルベス
単調な毎日にも飽きていたところだ
やってやるぜ、この野郎
新米勇者編はここまでです




