Episode Ⅰ
第二章突入‼︎
早くも梅雨が明けて(この世界にも梅雨があった。この辺は元いた世界の日本と同じ座標なのだろう)、夏の空が広がる6月30日
俺、ソーヤ=ウィルシード(肉体年齢13歳 精神年齢33歳)は青い草の生えた野原に寝転がっていた
思えばとても長かったようで、短かった7年間だった
明日、ついに旅に出る
この7年の間で、魔物はどんどん獰猛化していき、ついにはとある村一つが壊滅するという事件も起こった
旅の道中で人助けをしながら、魔物の獰猛化の原因を探す
なかなか良い第二の人生だと思う
「おや、こんなところに見覚えのある青年がいるぞ」
鈴のなるような綺麗な声、聴き間違えるはずのないこの声は
「カナリア‼︎」
飛び起きて振り返ると、そこには美しい金髪を後ろでまとめ、グレーのコルセットの上から白いマントを羽織った、美しい碧い瞳をもつエルフがいた
「久しいな、ソーヤ」
あまりの嬉しさに、カナリアに抱きつく
「会いたかったぜ、カナリア!」
「お、おい、ソーヤ、そんなに抱きつかれると苦しい」
「あ、ごめん」
慌てて開放すると、顔を真っ赤にしていた
とても苦しかったらしい
「いや、本当にすまん」
「べ、別に気にしてないぞ」
俯いて呟くように話すカナリア
「あ、そうだ。俺の修行の成果、見てくれよ」
「うん、いいぞ」
俺はカナリアから3メートルほど離れる
「いくぞ、ファイアボール‼︎」
掲げた右手に炎の球が発生し、どんどん巨大化していく
直径が5メートルに達したところで、大きくするのをやめる
「すごいな、ソーヤ。ここまで大きくできるとは」
褒められた‼︎カナリアにッ‼︎
「まだまだ!アクアウォール‼︎」
炎の球の周りを覆うように、水の風船をつくる
水に囲まれた炎が淡く煌めく
カナリアは、あまりの美しさに言葉を失っていた
カルドスとナナリーに見せた時も、2人とも見惚れてたっけ
「…綺麗だな」
カナリアの感嘆の声を聞いて、俺は魔法を解く
結構マナを使う技なんだよね、これ
「家に行こうぜ。カルドスとナナリーも待ってるしさ」
まだ少し惚けているカナリアを急かすように俺は言う
「ん、そうだな」
家への帰り道、俺はカナリアにこの7年間で起こった面白いことを話した。クリスマスパーティ、お正月、七夕の時の花火大会など、カナリアはどの話も楽しそうに聞いてくれた
ちょうど家の手前で、畑から帰って来たカルドスと会った
「お、カナリアじゃないか。いつ来たんだ?」
「つい先ほど。お久しぶりです、カルドスさん」
「ふふん、そうかそうか。そういうことか」
カルドスがニヤニヤと笑いながら俺を見る
「なんだよ、親父」
こんな顔をしている時は、だいたい俺のことを馬鹿にするのだ
「いやな、外の空気を吸いにいく、とか言いながら、村の外の花畑に行った理由がわかったからな」
「うるせー、それより最後の稽古、頼むよ」
今日こそはカルドスを倒すぞ、マジで
「いいだろう。カナリアは風呂にでも入っとけよ。今ナナリーが入ってるからさ」
「では、お言葉に甘えて」
カナリアが家に引っ込んで行くのを確認し、親父が俺にロングソードをよこした
「ん?木刀じゃないぞ、これ」
カルドスは木刀なのに俺はロングソード。ついにぼけたか、このおっさんは
カルドスは木刀を構える
「実戦じゃ、木刀より重いそいつを使うことになるからな。今回は最後ということで、お前はロングソードを使え」
「でも、怪我するんじゃ…」
心配する俺の言葉を、カルドスはガハハと笑い飛ばす
「お前なんかにやられるわけないだろ!」
「言ったな、親父ッ!」
叫び、素早く突きをだす
おっと危ない危ない、と言いながらカルドスは軽快にバックステップで避ける
さらにもう一歩踏み込み二発目の突きを繰り出すが、今度は木刀で弾かれてしまった
「言い忘れてたがこの木刀、魔法で強化してあるから硬さならロングソードと変わらんぞ」
カルドスが地を蹴り俺との距離を縮め、斬り上げを放つ
俺もこれをバックステップで回避したが、カルドスはそこから飛び上がり、空中からの斬り下ろしを繰り出す
横に飛んで避け、体制を立て直そうとしたとき、着地したカルドスからの追撃の突きが迫る
危うげにロングソードで防ぐが、バランスの悪い体勢では衝撃を吸収しきれず、吹っ飛ばされる
なんだこいつ、たったの一撃で人を飛ばすとかどれだけのチカラだよ⁉︎
仰向けに倒れた俺の喉元に木刀の先を突きつけられる
「俺の勝ちだな」
また負けた。しかも、俺からの攻撃はわずか二回の突きだけ。そのあとはあっという間にやられてしまった
「まあ気にすんな。俺が強すぎるんだからな、それにお前には魔法もあるだろ、な?」
「なに慰めてんだよ、べつに気にしてねーし」
「ほんとか?」
「うぐぐぐ──」
「ほ、ん、と、う、に、い、い、ん、だ、な?」
一語ごとに区切り、訊いてくる
ふっ、男ソーヤ、恥をすてましょうぞ
「お願いします!あと一戦‼︎」
俺の奥義、☆土下座☆が炸裂する
「いいだろう。ほら、構えろ」
これが☆土下座☆の力だ!ん?違う?知ってるよそんなの
カルドスの差し出した手を握り起き上がる
十分に距離を空け、俺は秘策を決行する
体全体にマナを送り、あらゆる神経や器官を強化し、身体能力を上昇させる
能力強化
俺の秘策だ。こいつならカルドスにも勝てる!はず
ただ問題なのは、こいつは長く続かないというところだろう。無理やり細胞やらなんやらを活性化させるのだから、それなりの反動はくる
もって五分。それ以上はさすがに危ない
「今度の俺はすこぉし強いぞ」
俺は高らかに宣言し、突進する
能力強化のために身体能力が上昇している俺のスピードは、さっきより格段に速くなっている
「んなっ⁈」
カルドスの顔に動揺が走る
横薙ぎの一閃を木刀で受け止め、その衝撃を使い後ろへとバックステップした
「そうか、魔法──」
最後まで言わせるつもりはさらさらないので、カルドスの懐に潜り込み連撃を浴びせる
カルドスはこれを今日に避けたり弾いたりしながら、なんとかしのぐ
俺の連撃の一瞬の隙をついて放たれた突きをすれすれで回避し、お返しにさらに剣戟を浴びせる
すんでのところでかわしたカルドスの手元がぶれた──頭に痛みを覚えたときに、ようやく突きを打たれたことに気づいた
後ろに倒れる体を無理やり起こし、カルドスへと剣を振る
剣の軌跡をなぞるように風の刃をつくりだし、放つ
「うわっ」
予想外の攻撃に慌てて木刀を持ち上げ対処した
ちっ、さすがの反射神経だぜ
バキッと、俺のエアブレードに耐えきれず、木刀がへし折れる
「ふっ、俺の勝ちだな。丸腰の相手に剣を向ける趣味はないのでなっ」
嘲るように笑ってやる
「おいおい、魔法はずるいだろうが」
「元騎士団長相手なんだから、そんくらい大目に見ろよな、大人なんだからよ」
しかたねぇな、と呟きながらカルドスはケツをかく
「俺の負けだぁ、まいったぁまいったぁ」
カルドスは妙に間延びした喋り方で降参のポーズをとる
あれ?おかしいな、イライラする。あのカルドスが負けを認めたのにイライラするぞ
唇に温かい液体が触れた。鼻に手を当てると、鼻血が出ていた
能力強化の反動、代償、どっちでもいいが、やはり長続きしないので、これは本当の本当にピンチの時に使おう
自動回復の恩恵で、すぐに鼻血は止まった
「さてと、そろそろ家に入るぞぅ。風呂っ風呂っ」
カルドスの後に続いて俺も家に入った
自分の部屋にロングソードを置いてから、リビングへ向かうと、ナナリーは食事の準備を、カルドスは席についてビールを飲んでいた
「おうソーヤ、風呂入ってこい。先譲ってやるよ」
料理をする手を止め、ナナリーが口を挟む
「アナタ、今は──」
「いいからさっさと入れッ」
ナナリーの言葉を遮ってカルドスが風呂を勧めてくる
まあ、疲れたし早く風呂に入りたかったところだ。俺に負けたので風呂の順をゆずってくれたんだろう
「わかった、お先に」
風呂場で、着替えの下着を空の籠に入れ、服を脱ぐ
扉を開けて、湯気の漂う浴室に入ると
そこには、カナリアがいた
上気した頬から細い首、柔らかな胸の膨らみからその先のピンクの部分、くびれたウエストと綺麗なヒップ、すらっと伸びた脚の順に上から下までにしっかりと見た後に、もう一度顔を上げる
驚きの表情を浮かべたカナリアと目が合った
運が良いのか悪いのか、身体を洗っていたので、下半身の大事な部分は泡で見えなかった
……
静寂を破ったのはカナリアだった
「…なぜ私が入っているのにソーヤは風呂に入ってきたのだ?」
「いやっ、そのっ、服っ服が無かったから‼︎」
扉を開けて洗面所を見るとあら不思議
俺の着替えが入った籠の隣に、カナリアの着替えの入った籠が現れていた
「──あれ?ある」
軽いパニックになり、考えがまとまらずろくに喋れない俺の頭の中に、はっきりとあのバカルドスの顔が浮かんでいた




