第10話
「たった1日の修行で、ここまで出来るとは。凄いな、もうずいぶん感覚をつかめてきただろう?」
今日1日、カナリアに褒められるとなぜか鼓動が早くなり、体が熱くなるという現象が起きた
こんな感覚、ノーベル賞とったときでも感じたことはなかった。やはり魔法を使えたということにより、気分が高揚しているのだろう
家に帰ると、斧を担いだカルドスが待っていた
「おう、カナリア。どうだった?ソーヤは」
「素質は十分にあります。これからの修行次第では……そうですね、上級魔術師になれるかと」
また体が熱くなる。鼓動が早くなっていく
「そうか、さすがは俺の息子だ」
今夜は冷えるな。ブルブル。よし、心臓もゆっくり動いている
「カナリアはもう中に入っていろ。ソーヤはこれから薪割りだからな」
頑張れよ少年、と言い残しカナリアは家に入っていった
頑張っちゃうよ‼︎
「さあ、行こう父さん‼︎」
「ん、ああ。わかった」
なぜだろう。カルドスがなぜかにやけた顔で俺を見ていた
薪割りを終えて家に入ると、リビングに風呂から上がって間もないカナリアがいた
ほんのり赤くなった頬、濡れて艶やかに輝く金髪に、ピンクのネグリジェがよく似合う
「お風呂、先にいただきました」
「おう、いい湯だったろう。その風呂は、ソーヤの割った薪で沸かしてるんだぜ」
ソーヤが、のところを妙に強調して言ったのはなぜだろうか
カナリアが視線をカルドスから俺に移し、いい湯だったぞ、ありがとうな少年、と言った
「う、うん。どういたしまして」
もごもごと言う俺の背中を、ガハハと豪快に笑いながらカルドスがバシッと叩いた
「なにすんだよ」
睨みつけてやると、鬼の形相で睨み返された。しかし、すぐにまたにやけた顔にもどる
「青い、青いぞ我が息子よ。そんなお子様のために、今日は一緒に風呂に入ってやろう!」
父と息子の入浴シーンなんて、誰も希望してないんだよ
結局、カルドスと風呂に入ることになり、どうせなら思いっきりこき使ってやろうと、髪を洗わせる事にした
ぐわしぐわしと俺の髪を洗いつつアイアンクローを食らわせてくるという新手のイジメに俺は我慢して耐えた
こういうのは、痛いといったら負けなのだ
髪を洗い終わり、俺は浴槽につかった
ふへぇ。生き返るぅぅぅぅ
カルドスが自分の髪を洗いながら、さりげなく、しかしはっきりとこう言った
「そういえばこの風呂、カナリアが入っていたんだよなあ」
そして俺の方をニヤッと見てくる
「カナリアが…浸かった……風呂⁈」
心の声が出てしまうくらい俺は動揺してしまった
「やはりか。ソーヤ、お前カナリアのこと好きだろう?」
核心をついた発言に俺はさらに動揺する
「んなっ、んなわけないにゃいだろっ」
噛んでしまった
「おうおう恥ずかしがるな。俺も7歳のときは近所に住んでた女の子に──」
「あー!のぼせたからあがろーかな‼︎」
超棒読みだった。精一杯普通の喋り方をしたつもりだったんだけど
この世界で、恋愛経験ゼロというバッドステータスが効果を発揮するとはッ
風呂から上がってリビングに出ると、カナリアがダイニングテーブルに置かれている小さな花の鉢植えを儚げな表情で見つめていた
そんな彼女を見つめていた俺の背中を、息子の恋の行方を優しく見守るカルドスとナナリーが見つめていたのを、俺が知る由もない
食事中もカルドスの息子いじりは続いた
「おい、カナリアのスープうまそうだぞ、ソーヤ。すこし分けてもらえ」
「おんなじのを俺も飲んでるよ!」
「おいソーヤ、カナリアにあーんって食べさせてやったらどうだ?」
「何言ってんだこのバカ親父!」
そんな俺たちのバカ騒ぎを見て、カナリアは首を傾げ、ナナリーは微笑みながら眺めているのだった
カルドスとの言い争いをしつつ、夕飯を食べ終わった俺が、部屋に戻ろうとすると、カルドスがわざとらしく咳払いをした
「あー、ところで、カナリアはソーヤと一緒に寝るってことで良かったかな?」
は?なんだって?
「はい。邪魔するぞ、少年」
カナリアが俺の部屋に入って行くのを確認した後、カルドスに詰め寄る
「どういうつもりだ?」
ニヤけた顔でカルドスが弁明する
「お前、7歳だし、体の細いカナリアとなら一緒にベッドに寝られるだろ?」
「いっ、一緒にって」
「別に俺がソファで寝て、ベッドにナナリーとカナリアってのでも良かったんだが─」
「ならそうしろよ!」
「──今日はナナリーと甘い夜を過ごしたいんだ」
食器を洗っているナナリーが「もう、あなたったら」と照れている
「ま、そういうことだ。良かったな。愛しのカナ───」
「わかった‼︎もう寝るねッおやすみ‼︎」
カルドスの言葉を遮り、部屋にダッシュで戻った
部屋には、すでにベッドに入っているカナリアが待っていた
「さぁ、寝ようか少年」
別に変なことをするわけでもないのに、とても緊張する
ベッドに横になると、後ろからカナリアが抱きついてきた
「すまない。流石に狭いのでな」
そんなに密着すると、胸の柔らかい感触が背中にッ。ていうか、俺の心臓の音がバレるッ
「…見た目は子供だけど、中身は27歳なのに。なんだこれ、恥ずかしい」
「私からすれば、少年はまだまだ子供だな」
独り言が漏れていたようだ
恥ずかしいぃぃぃ!
「だってよ、27年も生きてきて、一度も女性と付き合ったことないんだぜ?」
「別に恥ずかしくはないだろう。私だって、73年生きてきたが、一度も男と付き合ったことはない」
男と付き合ったことがない、か。なぜかとてもホッとした自分がいる
「…73?」
とんでもない数字に今更気づく
「ん?おかしくはないだろう。エルフは不老長寿の種族だからな。平均寿命はだいたい1000歳をゆうに超えるぞ」
「1000歳⁉︎ てことは、カナリアはエルフの中ではまだまだ子供ってことか?」
「そうだな。人間の歳に置き換えると、私はだいたい7歳くらいということになるし、君と同じだな」
その台詞は、 どことなく嬉しそうにも聞こえた
「と、ところで、一度も男と付き合ったことないのはなんで?」
自然に聞けたよな?
「言っただろう?エルフは不老長寿の種族だと。それに、エルフは一度愛を誓った相手とは二度と離れることはない」
「なんで?」
「それがエルフの愛の形だからだ。一生相手と添い遂げる。ロマンチックだろう?」
それは、エルフという優しく、愛の深い種族だからできることなのだろう
「そんな相手を、たった人生の100分の7地点で決めるのは、流石に早すぎるだろう」
「確かに、そうかもな」
「では、私からも質問だ」
「な、なんでしょう」
ついかしこまってしまった
「なぜ旅に出るのが14歳になったらなんだ?少年のことだ、何か理由があるのだろう?前いた世界のしきたりとかなのか?」
「ああ、それか。そいつはな、11歳から18歳までの間、人間は第二次性徴期っていうのを迎えて、体が大幅に成長するんだ。第二次性徴期の間は、筋肉とかもつきやすくなるから、その頃に旅に出ると鍛えられるかなって思って」
「それなら11歳でも良かったのではないか?」
「そこは俺の個人的な考えから決めたんだ。昔の俺が第二次性徴を迎えたのが、14の時だったから」
「そうか」
会話が途絶える
俺は勇気を出して、以前から思っていたことをお願いすることにした
「な、なあ、カナリア」
「うん?」とカナリアの声が耳元で聞こえる
「俺は中身は27歳の大人なわけだからさ、少年じゃなくて、ソーヤって呼んでくれないかな」
「そんなことか。わかった、以後そうするとしよう」
カナリアは了承してくれた
「ほら、朝も訓練があるんだろう?早く寝た方がいいと思うのだが」
「わかった。おやすみ、カナリア」
「ああ、おやすみ、ソーヤ」
なんだろう、この嬉しくて、すこしむずかゆいような感覚は
なぜ目が冴えてきた
耳元でカナリアの寝息が聞こえる
しばらくドキドキが止まりそうもない
夜は更けて行く
世の中、漫画やゲームみたいにポンポン進まないんです
勇者の修行も、長いんです
すみません、できるだけ早急に旅立たせますんで