侵入
祝! ユニーク一日一〇〇人達成!
がんばってこれからも精進します。
というわけでどうぞ(笑)
「ここが、入り口……?」
「あぁ、間違いない。ここから俺は逃げてきたんだ」
クリスとシルヴィアは、道中出会ったヴァンという少年に案内され、洞窟内の侵入に成功していた。
元々二人は火山目指して進行していたのだが、その道中に、吹雪の中凍えていたヴァンを発見し、保護していた。
この極寒の土地にも関わらず、ヴァンの姿はあまりに薄い服を着た格好であることから、もしや洞窟内で行方不明となった村人達の一人ではないのかとクリス達は考えた。
そうであるならば、おそらく洞窟への侵入路も知っているはずだと思い看護をしたところ、思惑通り、彼は通路を知っていたのだが……
「……狭くないか、ここ」
「我慢してくれよ。そのおかげで俺は生きて出られたんだ。あいつらじゃここをくぐって出てこれない。我ながらよく見つけたもんだと思うよ、ここ」
とはいうものの、コートの中にちょっとした装備をしているシルヴィア達にとっては、なかなか狭いところである。
ヴァンが標準より少し小柄であることもあるから、その差を考えると通れる広さであるとは言い難い。
(どうやって進めばいいのだろう……)
どうにかしてここを通れるようにしなければ、また振り出しに戻ってしまう。かといって、爆薬などを使って下手にクリーチャーが出入りできる穴を一つ増やしてしまうというわけにもいかない。
どうしたものかとシルヴィアが悩んでいたところ。
「ぶえっくしょい!」
クリスが、盛大なくしゃみをかました。
「しししシルヴィア! ひひひひどいってこれぇぇぇ!」
背後からクリスが寒さで震えながら、恨めしそうな目でシルヴィアを睨みつけてくる。
「やかましい。おまえはそれでちょうどいいだろうが」
クリスは、先ほど着ていた防寒具をすべて脱がされ、黒コートだけが残された状態だった。
なぜかというと、クリスの服をすべてヴァンに渡していたからである。
凍えそうになっていたヴァンを暖めることには成功したが、問題は彼の薄着であった。この厳しい寒さをしのぐには、ヴァンの服装は薄すぎる。
かといってそんな都合よく、持ち合わせの服などもっているわけでもなく。クリスはシルヴィアに無理矢理防寒具を脱がされたあげく、そのまま放置されているのである。
サイズが合わず、少しだぼっているところがあるが、それでも着ないよりはマシというものだ。
「こんなことなら部隊のやつらを連れてくるんだった! もうマジつらいってこれ!」
「がんばれ」
全く相手のことを気にしていない様子で、シルヴィアはやる気のない励ましの言葉をクリスにかける。
今までの対応でいろいろとわかっていたことだが。シルヴィアの、クリスへの嫌悪感というものは、少々度が過ぎているところがある。
吐く息がたちどころに凍っていくこの場所で薄着になるというのは、あまりに酷なことであるのだが、シルヴィアはそんなことなどお構いなしにクリスに残酷な仕打ちを下していた。
(大丈夫かこいつら……クリーチャなんたらを、討伐しにきたなんて言ってたけど……)
ヴァンはシルヴィア達と出会ったばかりだが、先ほどから彼らは互いに口論をしてばかりだ。主にシルヴィアの方がクリスをいびっている感じだが。
ヴァンは彼らから、これから村人を救助する話も聞いていたが、今のこの調子を見ている限り、不安で仕方がない。
あの虫達とも、ちゃんと戦えるかどうかすらわからない。
「だいたい私たちのスーツは冷気や熱気から体を守るよう最低限設計されている。特にひどい症状などは出ない程度にはなっているんだ。脱いでも別にかまわんだろう」
「じゃあここで君も脱いでみろ! その後同じことが言えるかどうか試してみようじゃないか!」
「か弱い乙女に脱げだのなんだの下品なヤツだ」
「どこがか弱いんだ! 君のどこが!」
「……おい、喧嘩はともかくさっさと入ろうぜ」
もうこれ以上ただ見ているというのも我慢できず、二人の間に割って入るヴァン。
「だいたい何!? この雪山にこんな格好にさせるとか、君は僕を殺したいわけ!?」
「殺したいわけじゃないが死んで欲しいだけだ」
「同じじゃないか!」
「……」
しかし、全く相手はこちらの話を聞いてくれない。
むしろ、二人の喧嘩は激しくなっていく一方だ。
「もっといえば最後の瞬間までもがき苦しんで最後の最後に絶望して死んで欲しい」
「冷酷、鬼、悪魔!」
ヴァンからすれば、この二人の口論などはどうでもいいものだったが、こちらとて家族や仲間の命がかかっているのだ。こんな無駄なことをして時間を潰されたのではたまったものではない。
「レオンにちくってやる! 俺を執拗にいじめまくったとレオンに言ってやるからな!」
「いや、たぶんあの人はこのことを黙認してると思うぞ。たぶん」
「マ ジ で !?」
さすがにここまで無視されてしまってはもう我慢がならない。
本当にこの二人は自分たちを助ける気があるのか? そんな疑問もヴァンは抱かざるを得ない。
「あのな、いい加減に——」
と、ヴァンがクリス達に苛立ちをぶつけようとした、そのとき。
ドン!! と、クリス達からそう遠くない場所で、雪が盛大に吹き飛んだ。
「なぁ!?」
「!?」
「あれ?」
三者三様の反応を示すクリス達。
同時に地面がグラグラと振動し、ヴァンは姿勢を崩して倒れてしまう。
なんとかこらえたクリスとシルヴィアだが、シルヴィアは突然の事態に警戒し、デストロイヤーに手をかける。
その一方で、クリスは顔にうんざりしたような色を出すだけで、特に武装しない。
「あいつこんなとこでなんつーもんを使ってるんだよ……」
その一言で何かを察したように、シルヴィアはクリスに尋ねかけた。
「まさかこれ、レオンが……?」
「インドラ使ったんだろ。ここまで破壊力抜群の兵器となればそれしかない……しかもそれっぽい弾がとんでくの見えたし」
とりあえず敵襲でないということはわかったため、シルヴィアは剣から手を離す。
インドラ。それはレオンが持つ携帯型電磁加速砲——大ざっぱに言えば、分解して持ち運びが出来るレールガンだ。
その特性上小さめに制作されたものであるから、威力は従来のものと比べれば小さい。だが、それでも弾丸は初速マッハ5で発射できるため、破壊力は十分に持っている。その上持ち運びが容易であるから、使いようによってはとてつもなく大きな戦果を発揮する、対COQ用兵器の一つだ。
「……え? これって、人が、やったの?」
話をかいつまんで聞いていたヴァンは、人為的にこの破壊が行われたということに驚きを隠せなかった。
その言葉に対し、クリスは難しい顔をするが、やがて肯定するように頷いた。
「まあそうだけど……つーか、地震とか火山の噴火は誘発されなかったみたいだけど、あいつ何考えてんだよ。危なっかしいなぁ」
「あの人はお前みたいに何も考えてない訳じゃない。大丈夫だろう」
「そろそろ怒ってもいい? いいよね? いいんだよね?」
「あいた大穴から中に入ることができそうだ。いくぞ、クリス」
「ねぇ、話聞いてもがっ!? おがががががががが顔痛いィ!!」
もはや話を聞くのがめんどうなシルヴィアはクリスの顔面をひんづかむとそのままズルズルと引きずっていく。
完璧にアイアンクローを決められたクリスはもがくが、驚異的なパワーを行使するシルヴィアに対抗することはできない。むしろもがくほどシルヴィアは不機嫌になって、クリスの顔面を握る力を強めていく。
……二度目だが、シルヴィアはとことんクリスのことが嫌いなようであると、再認識せざるを得ない。
「君もこっちに来い。はぐれるな」
「え……あ、ああ……」
クリスの返答に呆然としていたヴァンは、シルヴィアの呼びかけにハッとして、慌てて二人についていった。
「かなり深いな。足下には気をつけろ。なるべく音をたてるな」
シルヴィアが先導し、ヴァン、クリスと並んで通路を下っていく三名。
これならばいざというときには前方でシルヴィア、後方にクリスがいることで対処ができる上に、ヴァンにもしものことがあっても二人が迅速に行動が出来ると考えてのことだ。
「レオンがインドラを使ったということは、おそらくコートの中枢にまで侵入できたということだろう。なるべく早めに合流を果たしたいところだが、敵も警戒しているはずだ。慎重に行くぞ」
「わかった」
「はいよっと」
ヴァンとクリスは、それぞれシルヴィアの警告に答える。が、ヴァンがしっかりと答えたのに対し、クリスはやはりどこか緊張感がない。
「……はぁ」
何か一言いってやろうかと考えたシルヴィアだが、それこそ時間の無駄というものだし、虫達に気づかれても困る。
代わりにため息を一つもらして、シルヴィアは先に進むことにした。
「よくよく考えてみれば、なかなか危ないとこにあいつらコート創ったなーって思うよ。一発でも噴火したらその瞬間終わりだもん」
「仮の宿程度に思ってるんじゃないか? ある程度の勢力ができれば、他のところにいくつもりだったのかもしれん」
んー、とクリスはまだ納得できないように首をかしげる。
「南下して他のヤツらとドンパチしようっての? そんな無茶するつもりなのかなぁ」
「だからこその今回の人間襲撃じゃないのか。あいつらにとって私たちは所詮資源のような存在だろう。殺し合いをするためのな、」
「まあ、そりゃそうだけどなぁ……それにしては、なんかもうちょい意図があると思うんだけどねぇ」
うーん、とクリスはまだ一人悩み続けているようだった。
「……なぁ、殺し合いって、誰と? 人間じゃないの?」
そんな中、ヴァンは一人だけ話について行けていないようにそう質問した。
それに対し、クリスが何気なく返事をする。
「違う違う。他のCOQと」
「クリ……うぇえ!?」
またも、ヴァンは予想外の返答に驚愕してしまう。
まさか、同族同士で殺し合いなどというものを発展させているとは、夢にも思わなかったからだ。
話を聞いたときは、他の者同士で結託して人間を根絶やしにしようと目論んでいると、反対のことばかり考えていたから、なおさらである。
「な、なんで……」
「知らないよ。なんでかわかんないけどあいつら、別のクイーン率いるクリーチャーとは目が合っただけで殺し合いすんのさ。原因は今のところ不明だけど、これは確かなこと。そのおかげで僕たちは今生存できてるってところもあるんだ」
にわかには信じがたいことである。
だが、確かにクリスの言ったようなことがない限りは、もう人間などという種は絶滅してしまっていたとしてもおかしくないことも事実だ。
「……相手を殺し尽くしたら、どうするんだ」
「簡単なことだ。領土をすべてそいつが奪って、新しい女王がそこに君臨する」
なんとも、生々しい話だった。
クリーチャーということもあって、人間とは違うと思っていたのだが、どちらかといえば相手側の方がよっぽど人間くさい。
ヴァンは話を聞いて、何とも言えぬ苦々しい気持ちになる。
「はは。ま、僕も最初に聞いたときはそんな感じだったさ。女王というより暴君と呼んだ方がよっぽど似合ってるってね……そんなヤツらのせいで僕らはこんな仕事しなきゃいけないんだから」
「……」
クリスの言葉に、シルヴィアは人知れず、不快になったように目を細める。
その言葉の中に奇妙な意味が込められていることを感じて、ヴァンはクリスに問いかけた。
「あんたら、自分で選んでこの仕事してるんじゃないのか?」
だがその問いに、クリスはただ薄く笑うだけだった。
「こっから先はR指定さ」
「なんだそりゃ」
そのままクリスは特に何も言わなくなったので、ヴァンはもう何も質問せずに歩くことにした。
「……やけに暑くなってきたな」
「そりゃ火山近くの地下だもん。暑いもんさ。これくらいが今の僕にはちょうどいいけどね」
ちらとシルヴィアを見るクリス。もちろんシルヴィアは知らんぷりに決め込んで、無視をする。
「こっからがホントに危ないとこだね。クリーチャーが標識でも立ててくれてたら嬉しいなぁ。道複雑そうだし」
「んなもんあるかよ」
クリスのおとぼけた言葉にツッコミを入れるヴァン。
「そんなもんより必要なのは他にあるだろう」
「おいおい、あんた?」
さんざんクリスばかりが一方的にふざけた発言をし続けてきたが、とうとうこの女性までもがジョークを飛ばすようになるのか。
そんなことを考えたヴァンだったが。
「虫出現注意、だ」
シルヴィアは、突然剣を引き抜いて、すぐ横の壁めがけて剣を勢いよく振った。
彼女の奇行の意味が分からず、目を剥いたヴァンだったが。
ドシュッ!! と、勢いよく何かが斬り捨てられる音がして、縦に真っ二つになった虫が地面に転がり落ちた。
「ああ!?」
理解不能な現象を目の前にしてあっけに取られるヴァン。だがクリスは口笛を吹いて、シルヴィアに拍手を送る。
よく見れば、壁の一部だと思っていたものは背景に擬態した虫だったのだ。
「よく気づいたねシルヴィア」
「観察すればすぐわかる」
クリスの賞賛に対してうっとおしそうに答えるシルヴィア。
「うわ、気色わる。こんなのと戦わなきゃいけないわけ? やっぱやだなぁ……」
「仕事しろこの給料泥棒」
うへぇ、と気乗りしないようにクリスは頭を掻く。
「しっかたないなぁ……」
するとクリスは懐から手裏剣を取り出すと、投げる方向も見ずに頭上に向けて投げつける。
次にどこからか仕込んでいた刀を取り出して、クリスは切っ先を上に向ける。
ドガッ!! と。いきなり上から降ってきた虫が、剣の串刺しになった。
「ギ、ィィ……」
なんとか助かろうと藻掻くが、文字通り虫の息となり、そのまま虫は絶命した。
「あんま僕に頼んないでよシルヴィア……うーわ、僕の大包平べっとべとじゃん」
うざったそうに刀を抜くと、虫の体液がこびりついた愛刀を見て嘆くクリス。
「ふん。もとよりそのつもりだ……それより来るぞ」
クリスの呼びかけにそれだけ答えると、シルヴィアは二本目を抜いて構える。
クリスも気が進まないような様子ではあるが、刀と飛び道具を両手に持って、これからやって来るであろう脅威に準備した。
ただ一人状況が理解できないヴァンは、二人に尋ねかけた。
「な、なぁ、いったいなにが」
来るんだ? と言おうとした瞬間、ヴァンの言葉は喉でつまってしまう。
次の瞬間、虫達がありとあらゆる方向から出現し、クリス達目がけて迫ってきたからだった。
至る所にある小さな隙間から出てくるものもあれば、先の通路から次々とあふれ出るように現れるものもいる。
あっという間に、クリス達は包囲されてしまった。
「あーあ、めんどくさ」
クリスのやる気がなさそうな言葉を皮切りに、虫達は襲いかかってきた。
二人がレオンと合流するのはまだもうちょっとかかりそうだ。