男の正体
レナの目の前に突如として現れた男の正体はなんなのか?
その正体が、今、明らかになる。
「……ここらへんで、大丈夫か」
そう言うと、男はレナを地面に下ろす。
「おい。着いたぞ」
「う……ぁぅ……」
下ろされたレナの顔は蒼白だった。
無理もない。元々へとへとに疲れ切っていたときに乱暴な空中散歩。加えて、虫が差し迫ってきたときの緊張もあって、レナはもう生きた心地が全くなかった。
「うぷ……」
振り回され方には、自分を起こしてくれたときの優しさなど微塵もない。
ひどい乗り物酔いのような症状にレナは見舞われ、吐き気をもよおしていた。
そんなレナの様子を見て、男は右手でレナの腕を掴むと、少し強い力で握りしめた。
「え?」
男の奇妙な行動にレナはこわばった。
「こうすると楽になる。誰かから聞いた受け売りだがな」
男はレナの目を見つめた。その仕草に、レナはドキッとする。
考えてみれば、見知らぬ男性にこうして触れられるのは、レナにとって初めてのことなのだ。
そのうえ男はレナを見上げるようにして、レナの目を見据えてくる。
「!!」
男の目は、真剣な眼差しだった。いや、ただ真顔なだけ(?)か。
会った瞬間は、虫に襲われていたこともあってあまり気にしていなかったが……よく見てみると、目の前の男はレナが見たことがないくらいの美男子だった。
何にも興味がなさそうなその表情が玉にきずだが、目は大きく、その顔立ちはすらりとしていて、これといった欠点がない。
余談だが、きっとリリィが見たら『レナ、この人があなたの新しいお父さんよ』とか言いそうである。
「あ……」
そんな人が。自分のこんな近くに。
——手、意外と大きいんだ——
「どこ見てる」
「ハッ!」
男の一言でギクッとしたレナはとても恥ずかしい気分になって、顔を逸らそうとする。
だが。
「こっちを見ろ。毒でやられてないか見てるんだ。目を見せろ」
男の左手が、レナの顔を優しくむき直させる。
顔から火が出るかと思われるくらいレナは顔を真っ赤にして、あたふたと狼狽する。
この姿勢は、さっきよりももっと恥ずかしい。
心臓の鼓動が早くなり、先ほどとは違う意味で息もあがっていく。
気まずい。
「あ、あ、あの……ええと……」
「なんだ?」
男はレナの呼びかけに応える。
だが、レナとしてはうろたえてつい口が動いてしまっただけで、特に話すことがない。
「あの——」
無表情のまま首をかしげる男。その仕草はちょっと不気味だったが、そんなことはどうでもいい。
何か話すこと、話すこと、話すこと……
「……なんだ」
相手が、不審がってレナに質問する。
もう、黙っているままではいられない。ええいままよ、とレナは意を決して口を開く。
「な、名前、なんですがむっ!」
と、しゃべっている最中にレナは口を閉ざされてしまう。
これで、いったい何度目だろう。男はいい加減イライラしてきたようだった。
「……Silent」
「うっ……ぷはっ……す、すいません……」
すっかり意気消沈してしまうレナ。
必死に探した話題を途絶されてしまうというのも、なかなか悲しい。
それに加え、自分のせいでまた危険な目にあうところだったと思うと、なおのこと気が重くなる。
落ち込み、うなだれるレナ。
そんなときだった。
「レオン」
男の言葉に、頭をあげるレナ。
「え?」
「……俺の名前だ。レオン・スパイダー」
レナは、目を丸くする。
「……レオン、さん?」
「お前は?」
レオンがレナに尋ねかける。
一瞬レナは何を聞かれているのかわからなかったが、やがて自分の名が聞かれていることに気づく。
「えと……レナ、です。」
「……レナ……」
しどろもどろしながらも、なんとか自分の名前を伝えるレナ。
レナの名前を小さくつぶやくレオン。そのときなぜかレナの心臓は大きくうねった。
だが、そんなことはレオンの次の一言で、どうでもいいと思うようになった。
「……他のヤツらはどうした」
レナはその一言で、全身が一気に冷たくなるのを感じた。
全てのことを、思い返す。
虫の毒針にやられたモリア。
襲いかかる猛威に、為す術もなく捕まった人々。
暗い闇の中を必死に逃げ惑う、リリィとレナ。
そして——自分を匿ったせいで虫に一人追われることとなった、リリィ。
レナの表情が固まる。
呼吸すら、無意識のうちに止まる。
イヤな汗が、全身からあふれ出る。
「……みん……なは……」
まるで、口がとてつもなく重くなってしまったようだった。
たった四文字。それだけ言うと、もう次の言葉が出てこなくなり、段々と頭が下がってくる。
レオンはただただ、黙ってレナの言葉を受け止める。
「目の前で、殺されたとか、喰われたワケじゃないな?」
すると、レナは弾けるように頭を上げて、首を横に振る。
「……どこにいるかはわかるか?」
レオンが重ねて尋ねた質問に、レナは先ほどのものよりも落ち込んだ様子で首を横に振る。
「……」
レオンが沈黙する。
自分の目の前に相対しているのだが、こうして黙り込まれると、レナはまた洞窟の中でひとりぼっちになってしまったような錯覚に陥る。
そんな心地よくない時間が少し過ぎて。
「おまえらが考えている以上に、ここは恐ろしく広い。俺も一時間以上詮索しているが、全く持って全体像がつかめん……入り口もふさがってやがったからな。探すのにも苦労したもんだ」
レオンが重い口を開いた。
「連中め。よっぽど長い間ここでコートを作り上げてきたようだ」
「……コート?」
聞き慣れない言葉に、小首をかしげるレナ。
「Court。宮殿だ。ヤツらの、な」
「……ヤツらって、なんですか?」
レナとしては当然の質問をしたつもりだった。だがレオンは彼女の言葉を聞くなり、驚きのあまり目を丸くした。
「クリーチャーオブクイーン……クイーンを筆頭に動く、モンスター共だ」
「クリーチャーオブ……え?」
また知らない単語が出てきたことで、ますますレナはわけがわからなくなる。
「知らないのか」
「……知りません」
「……ここいらにはあいつらみたいなのいないのか?」
「……あんな虫いたら、みんなで遠くに逃げます」
すると、レオンはレナから視線を外して考え込むように独り言を言った。
「凄いと思うべきか呆れるべきか……まぁ、山脈によって外界から遮断された陸の孤島だ……他の地域の人に知らされることもないしそれなら……知らなくて当たり前か」
仕方がない、というようにレオンはため息を吐く。
「COQ——あいつらの起源はどっからなのかわからないが、突如として世界中に出現したモンスター集団だ……今回は虫にとりつきやがったみたいだがな」
「……モンスター……」
「あまり詳しいことは言えない。というか、言っても理解できないと思うが……一言で言うなら寄生生物、だな」
立て続けに、レオンは説明する。
「なんでもいい。トカゲだろうが虫だろうが生き物であるならそいつに寄生する。寄生されるとヤツらの持つ特殊なDNAデータを既存の遺伝子に書き込まれて、強制的に肉体改造を施される。だが、その肉体はヤツらによって中枢神経を支配されているから、そっくりそのままヤツらの操り人形になるってわけだ」
「? ?? ????」
「……ふむ」
科学用語が次から次へと耳に飛びこんできて、レナはいよいよ混乱してしまう。
その様子を見たレオンは、言葉を付け足した。
「……ある生き物を想像しろ。そいつは、他の生き物にぴったりと張り付いて離れず、その生き物を自由自在に操ることが出来る。その上その生き物はとりつかれる前よりもずっとずっと強くなってしまうんだ。そのたった一体の個体によってな」
「は、はい」
「それが一匹、二匹ならまだいい。そんなヤツらが何千何万と集団で動き回るんだ。それでさえ雑兵。一番強力なクイーンの命に従って、動き回る駒だ」
「!!」
レナは、レオンの言葉にずしりと重みを感じる。
彼女は、今し方その生き物の脅威を実感したところなのだ……レオンの話が正しければ、ただの雑兵たった数匹で人々を蹂躙し、崩壊させてしまうほどの、その恐怖を。
「……それって、この虫、だけ、ですか?」
「違う」
おそらく自分の考えは否定されるであろうとレナも推測はしていた。
するとその通り、そんな甘い考えは一瞬で否定されてしまう。
「じゃあいったい……何体……」
「……」
レオンは質問に答えない代わりに、首を横に振った。
まるでわからない、と答えるかのように。
それくらいに、相手が大勢いることを指し示しているかのように。
レナの顔は、一気に青ざめていく。
こんなものが……こんな勢力を誇るモンスター軍団が、まだまだ大量に、この世界に溢れている?
信じろと言われても、信じることができなかった。
「そ、そんなのに勝てるわけないじゃないですか! こんな、こんな……」
つい興奮してレナは言葉を放ったが、レオンは依然として涼しい顔をしたままだ。
「そうだろうな。今や大陸のほとんどが、ヤツらに奪われた。地上はあちこちが巨大な象やら猿やらであふれてる。海ならサメやシャチなんかでもう漁すら満足に出来ない。狭い領地に、人間は追い込まれて絶望していた……俺たちが出るまでは、な」
レナは、レオンを見つめる。
「……あなたは……いったい何者なんですか?」
出会ったときからの、最大の疑問。
さっそうとピンチの時に現れ、彼女の危機を救ったこの男の正体は、なんなのか。
ただの一般人などでは、到底ない。そのことは、虫とのやりとりが証明している。
明らかに、彼はクリーチャーとの戦いに慣れた、歴戦の戦士だった。
レナはもう堪えることが出来なくて、レオンに問いかける。
そして。
「KOQ……ふざけた統治を行う女王どもを狩りつくす、対クリーチャー用戦闘部隊の一員だ」
レナの問いに対して、レオンは平然と答えた。
ちなみに気づいてる人がいると思うけど……この小説のタイトル、Queenの有名な曲であるKiller Queenから来てるんですよね。
間にofがついただけ。なんか残念?