1.導入
この広い宇宙の中で現在確認できる元素の総数は118種類存在する。その中には人工的に無理矢理生成したものも多く存在する。
そしてまだ解明できていない元素、そして物質が存在する。
その解明出来ていない元素の内一つが発見された。名前はハレニウムといわれる元素だ。
名前の由来はハレー彗星の衝突によって発見された元素だからだ。ハレー彗星は約75年周期で地球に接近する隕石だ。
だがある日ハレー彗星の一部が地球に衝突した。その隕石から検出された元素こそハレニウムだった。
この元素の特徴として石の成分であるケイ素やアルミニウムといった元素を侵食し、ハレニウムに変えてしまうことが挙げられる。
元素というより寄生虫の側面が強く、ゆっくりと全世界に広がっていった。
そして最大の特徴はハレニウムの結晶に触れた人間の潜在能力を覚醒させることが挙げられる。
潜在能力の覚醒と言っているが潜在能力なんて言葉には収まらない超常的な能力が覚醒する。
手から炎を出したり、サイコキネシス、千里眼といった超常的な能力が発現する。
彗星の英語の言い方であるコメットからコメット能力と言われる。
そして基本的に元素は固有の色を持つ。それは元素が持つ電子数などが関係しているがハレニウムに固有の色は存在せず、様々な色が見つかっている。
コメット能力の発現の条件は発光するハレニウムの結晶を視認することだ。
本来ならば金属そのものが発光することは有り得ない。固有の色で存在しいるだけだ。
この発光するエネルギーが人間にコメット能力を発現させていると考えられる。
ハレニウムの発光のメカニズムは不明で、結晶のサイズや発光するタイミングが不明。そして何よりも発光する色がランダムだ。
コメット能力の発現にはいくつかのメカニズムが存在する。それが視認したハレニウム結晶の色によるものだ。
発現するコメット能力の種類には法則性があまり存在しないが、色によって能力の強さが異なる。
光の波長が弱い紫外線寄りの紫から順番に紫、青、水色、緑、黄色、橙、赤の順番で強くなる。
そして稀に黄金色に輝くハレニウムの結晶が存在する。この黄金色のハレニウムによって発現したコメット能力は他の追随を許さないほど強力で歴史に名を残した能力者が多く存在する。
そんな世界で俺こと七ノ瀬奏汰もコメット能力が発現することになる。
俺が五歳の頃の話、自宅から車で二時間程度の場所にある祖父の家に向かっていた時だった。
駐車場に車を停め、軽い山道を歩いていると足元にお手頃なサイズの小石があった。
俺は誰もいないことを確認して足元の小石を蹴り上げた。
蹴り上げられた小石は坂本を上るように不規則にバウンドをする。
小石が不意に大きく跳ね上がると途端に虹色に輝き出した。
目が眩むような七色の輝きが今でも鮮明に焼き付いている。
虹色のハレニウム結晶は五秒程度輝くと砕け去ってしまった。
それと同時に俺の中に何かが入ってくるような感覚に襲われる。身体の中心から波が広がっていくように、炎のように燃える感覚が広がった。
そしてその瞬間、脳みそが自身に芽生えたコメット能力を理解した。
「そんな緊張しなくていいぞ奏汰」
「そう言ったって、こんな厳格な場所に連れられて落ち着けるわけないだろ」
俺が中学三年生になると、父さんに警察署本部まで連れられていた。
父さんは警察の鑑識の仕事を担っている。コメット能力が〈鑑定〉で、物質の組成や純度を調べることが出来る。
だが父さんが連れて来たのは鑑識の部門ではなく、厳重な扉の先の応接室だった。
正直言って何が起こるか全く分からないので怖い気持ちが強い。
「目上の人だから失礼のないようにな」
「……分かった」
俺は固唾を飲んだからそう答えると応接室の扉が開けられる。すると目の前には落ち着きをまとった父さんより年上のおじさんがいた。
整った髭に綺麗なスーツから清潔感があり、将来はこの人のようになりたいと思う。
「こんにちは、私は特別捜査課の五十嵐です。今日はわざわざ来てもらってありがとう奏汰君」
「いえ、ぜんぜん大丈夫です」
「それならよかった。どうぞ座って座って」
五十嵐さんは硬い表情から優しい笑顔になると全身を使って座るように促す。
俺の中のイケオジな印象から親戚のおっちゃんに変化していくのを感じる。
「さて、こんな陰気な所に長居もしたくないだろうから早速本題に入ろう。先に言っておくとこれは私個人の話ではなく、警察という組織からの話になる」
「はぁ」
どうやら俺の想定している以上の話らしい。しかも警察という大規模組織からとなると何を言われるか分かったものではない。
自然と額に汗が流れていく。
「奏汰君には日本彗星学院に入学して欲しいんだ」
「日彗学院にですか?」
日本彗星学院を略して日彗学院。日本の中でトップの私立の学校だ。
コメット能力の研究をする最先端の学校で、幼稚園から大学まで存在する。
特色として挙げられるのは能力を用いた試験が行われれ、生徒の協調性や能力を組み合わせる機会は多いことがある。
入学すれば将来安泰が約束される学校だ。
とてもじゃないが俺レベルが入れる学校ではない。
「もちろん私達は奏汰君への協力は惜しまない。必要な物、人材はすべて用意させてもらう」
「それなら自動的に入学させて欲しいです」
「いや、それは奏汰の為にならないから却下だ」
俺の切実な願いは父さんによって消し去られた。「俺の意思は無いのか」と言おうと思ったが言える雰囲気ではなかった。
それに俺には行きたい高校も将来やりたいことも無い。今を生きることで精一杯なのだ。
それなら日彗学院を目指してもいいと思った。
「それで、どうして自分が日彗学院に入学する必要があるんですか?」
俺が本題に移るように促すと空気が張り詰め、この場にいる全員が姿勢を正す。
「先に目的を話そうか、まずはこの写真を見てくれ」
五十嵐さんはそう言うと一枚の写真を見せる。その写真には綺麗なロングの黒髪の少女が写っていた。
つり目で鋭い視線に吸い込まれるような薄い紅の瞳が綺麗だった。
俺の学校にいたら知らない人はいないぐらいには綺麗な少女だった。
「奏汰君にはこの少女のコメット能力を消してもらいたいんだ」
「コメット能力を消す?本気で言ってます?」
「不可能とは言わせないよ。私は奏汰君が十歳の時から知っているんだ」
五十嵐さんはそ俺が初めてコメット能力を発動させた時期を言い当てる。二人の雰囲気から恐らく古い知り合いであることが察せられる。
俺の能力については父さんが話したのだろう。面倒なことをしてくれる。
それに俺が否定的なのはコメット能力を消せる消せないの部分ではない。実際に俺の能力ならコメット能力を完全に消し去ることが可能だ。
でもそんなことしたくない。コメット能力が持ち主にとってどれだけ重要なものなのかは、俺自身がよく知っている。
「自分はコメット能力を消すなんてことしたくないですよ」
「私としても心苦しい気持ちはある。でも奏多君にはやってもらわないといけない、じゃないと日本が滅亡してしまう」
「はい?」
突然日本が滅亡するという、飛躍した話に素っ頓狂な声を出す。どうして少女一人のコメット能力で日本が滅亡するのか理解出来なかった。
「私の能力は〈未来視〉と言ってね、赤色の能力だ。私の〈未来視〉は特定な人の危機察知に特化していて、現場の人間の未来を見て危険はないかを視る。保険的な役割が強いね。この世界じゃ事故や事件に巻き込まれることが多くて、基本的に危険が無いことがないから気づかなかったんだけど、酔った勢いで奏汰君のお父さんの未来を視たところ、四年後崩壊した日本と日本を破壊する少女がいたんだ」
「……なるほど」
「日本が終わるまでの四年間、お父さんに危険がなかったのは奏汰君のコメット能力によるものだろう。もちろん私のような〈未来予知〉の能力者数名で検証している」
ここまで言うということは日本が滅亡することは事実なのだろう。急な展開に眩暈がし、思わず背もたれに大きく横たわる。
たった一人の少女によって日本が滅亡するのは信じがたいが、有り得ないとも言えない。それでも俺が必要なのか疑問が残るところではある。
「日本が滅亡することが分かっているなら、前もって対処したらいいんじゃないですか?」
俺は直接的な言葉を使わずに疑問を口にする。本気で思っているわけではないが、前もって殺してしまう方法だって一応は存在する。
「……情けない話だが、現在の日本の全戦力をもってしてもこの少女は倒せない」
「それは確かなんですか?」
「うん、実際に試してみたが、返り討ちにあった」
五十嵐さんは端的にそう言ったが、要するにこの少女は日本の中で一番強いのだ。下手したら世界で一番強いのかもしれない。
「さて、説明はここまでにして本題に入ろう。奏汰君には日彗学院に入学した後、君のコメット能力である〈愛情支配〉によってターゲットのコメット能力を消してもらいたい。やってくれるかい?」
五十嵐さんは俺の能力名を言い当てる。
そう俺のコメット能力は〈愛情支配〉という明らかにやばい名前の能力だ。
〈愛情支配〉は対象から愛されることで、その相手の全てを支配し、全ての不利益を排除することができる。
〈愛情支配〉が発動すればコメット能力を消すことなんて造作もない。
つまり俺に課せられた任務は日本で一番強い少女に愛されること。
どんな運命のいたずらかその少女と俺は同い年、同じ学校に通い、相手を惚れさせる。
要するに恋愛大作戦である。
「これは虹色のコメット能力を持った奏汰君にしかできないことなんだ」
「そんな大層な物じゃないですけどね」
俺はダメ押しと言わんばかりの五十嵐さんの言葉にそう返答する。
虹色のコメット能力は別名、一本槍の能力と言われる。
一点だけに特化し、使い勝手も悪いが条件さえ揃えば黄金の能力を凌駕する力を発揮する。
ただ〈愛情支配〉のように条件が難し過ぎてネタ枠のようなコメット能力のことが多い。
最も発現する確率が低い色でもある。
「分かりました。やれるだけやってみます」
「本当かい!?ありがとう奏汰君!」
五十嵐さんは嬉しそうな声でそう言うと、俺の手を掴んで上下に大きく振る。
断らせる気のない依頼だっただろと、悪態をつくことも許さない勢いだ。
それから少女の情報を伝えられた後、解散となった。
「はぁ、まさかこんな事になるとは」
父さんの車に乗った俺は、助手席に座りながらため息混じりにそう口にする。
「……ごめんな奏汰、こうなった以上普通の高校生活を過ごすのは難しいだろ」
「いいさ、普通じゃない高校生活の方が面白いさ」
正直言って、日本の命運が俺の恋愛にかかってるのは意味が不明で、プレッシャーもかかる。
でも俺は前向きに捉えられている。コメット能力を消すのではなく、正しい道に向かわせることが出来たらいいと思う。
この日から俺の数奇な日常が始まった。
五十嵐さんから恋愛任務を受けてから、まず変わったことは家庭教師がついたことだった。それも教科ごとに違う先生がだ。
中学二年生が終わって春休みとなり、自堕落な生活を送っていた俺にとって生活を一変させることだった。
全ての先生が教育者として一流で、学校の先生との違いを実感した。それに中学校の生活も大きく変わることになる。
俺は柔道部に所属している。練習が終わると帰って寝る、という生活だったが今では家に帰ってからも勉強している。授業でも内職するようになった。
普通なら内職をしていたら先生に止められる。実際に何度かその光景を見てきたが、俺は見て見ぬふりをされた。明らかに気づいているのに指摘されないのは不気味に思った。
俺は些細な日常にまで介入する権力の恐ろしさを感じずにはいられなかった。
結果は出なかったが柔道も夏の大会までやりきり、勉強も本気でやった。あまり好きじゃなかった勉強だったが、スポーツとは異なり、やれるだけ成長でき楽しいと感じるようになった。
俺はこの一年間で今までの人生は本気ではなかったのだと思った。それだけ全力だった。
それに比例して本番はとんでもない緊張だった。受験者が全て強そうに見えるし、口がすぐに乾いた。
手汗が信じられないほどでて、字の綺麗さに過敏になった。
トイレの頻度も高くなり、一科目ごとにトイレに行った。
それでも自分の全力を出せたと思う。仮に落ちたとしても後悔はないと思う。
受験が終わってからの日々は虚無だった。ただただ時間の経過を待つだけの日々だった。
柔道部の友達と遊んでも浮ついた感覚で落ち着かなかった。
そして合格発表の日になる。合格発表はネット上で行われるため、俺はパソコンの前で待機する。
現在の時刻は午前九時五十五分、合格発表は午前十時に行われる。
時計の秒針の音がうるさく、心臓の音を全身で感じる。
五分が経過し、何度かホームページをリロードすると結果を見るの欄が押せるようになる。
受験番号を打ち込んでエンターを押すと焦らすようにロードがかかる。
サーバーに対して同時に接続が起こることで起こる現象だった。俺と同じように最速で結果を見ている受験生がたくさんいるんだろう。
そして一瞬画面が暗くなると、結果が写し出される。
「やった!やったね!」
真っ先に叫んだのは一緒に結果を見ていた母さんだった。画面に映ったのは桜で彩られた合格の文字。
現実を理解するまでに時間がかかった俺はフリーズしてから叫んだ。
俺は無事に日彗学院に合格することが出来た。




