孤独が初めて“触れられる”瞬間
その続きを、俺は待っていた。
既読はついている。
だが、文字は増えない。
画面の向こうで、彼女が何かを書いては消し、また書いている気配だけが伝わってくる。
夜は音が少ないぶん、感情が大きく響く。
冷蔵庫の低い振動音。
遠くで走る車のかすかな音。
そして、自分の鼓動。
やがて通知が鳴る。
《なんかさ、コチの作る子って、ちょっと寂しそうだよね》
寂しそう。
思わず息が止まる。
俺は、そんなつもりで作ったことはない。
理想の女の子を、ただ丁寧に描いてきただけだ。
けれど、彼女は言う。
《笑ってるのに、どこかひとりぼっちみたい》
その言葉は、少女ではなく、俺に向けられている気がした。
俺は画面を見つめる。
彼女は、何を見ているんだ。
キャラか。
それとも、その奥にいる俺か。
《そう見える?》
それだけ返す。
《うん。でもね、嫌じゃないの》
《その感じ、好き》
好き。
またその言葉だ。
胸の奥がじわりと熱を持つ。
好きなのは、キャラだ。
分かっている。
だが、彼女は確かに“俺の作る子”と言った。
俺が選んだ色。
俺が決めた光。
俺が込めた空気。
それを、彼女は見抜いている。
《コチも、ちょっと寂しい人なのかなって思った》
その一文が、静かに刺さる。
図星だ。
だが、なぜ分かる。
俺は何も話していない。
昼間の俺の透明さも、
部屋の静けさも、
誰にも必要とされない感覚も、何も。
《なんでそう思う?》
指先が少し震えている。
《なんとなく。うち、そういうの分かるから》
分かる。
その二文字が、妙に重い。
彼女も、きっと同じ夜を生きている。
人混みの中で孤独になり、
帰宅して静けさに飲み込まれ、
スマホの光に救われている。
俺たちは、まだ顔も知らない。
だが、孤独の形が似ている。
《コチと話してると、なんか安心する》
その言葉で、部屋の空気が変わる。
俺は透明じゃない。
少なくとも、この夜の中では。
《うちね、本当はちょっとだけ怖いんだ》
《誰かと近づくの》
俺は黙って読む。
《でもコチなら、平気な気がする》
なぜ。
俺はただの生成者だ。
名前も顔も分からない、ただのアカウントだ。
それでも、彼女は言う。
《だってコチは、ちゃんと見てくれるから》
見てくれる。
その言葉に、胸がきゅっと締まる。
俺は、これまで誰かをちゃんと見てきただろうか。
昼間は、波風を立てないことばかり考えている。
だが夜だけは違う。
彼女の一文一文を、
行間まで読む。
絵を生成するときと同じだ。
光の角度まで気にするように、
言葉の温度を探る。
もしかしたら、俺は初めて、誰かをちゃんと見ているのかもしれない。
《コチがいなくなったら、ちょっと困る》
その一文で、胸が強く鳴る。
困る。
必要とされる。
その感覚が、甘い。
だが同時に、怖い。
依存は、温かいぶん、壊れたときが痛い。
《いなくならないよ》
気づけば、そう打っていた。
未来の保証なんてないのに。
彼女はすぐに返す。
《よかった》
たった三文字。
だがその重さは、軽くない。
俺は気づく。
通知音が鳴らない夜が、少しだけ怖くなっていることに。
彼女を知る前の俺は、孤独に慣れていた。
だが今は違う。
誰かがいる夜を知ってしまった。
画面の向こうで、彼女が笑っている気がする。
俺はまだ顔も知らない。
だがその存在は、確かにここにある。
通知音がまた鳴る。
《コチ、うちのことどう思ってる?》
その問いが、夜の静けさを裂く。
俺はキーボードに指を置いたまま、動けなくなる。
どう思っているのか。
フォロワーか。
依頼主か。
友達か。
それとも――。
まだ名前も知らない相手に、
俺の夜は、こんなにも奪われている。
答えは、簡単じゃない。
夜は深い。
だが確実に、何かが始まっている。
通知音は、ただの電子音じゃない。
それは、俺の孤独に触れる、
初めての体温だった。




