シガ・シェルター 第二機械工作室付属仮眠室
「それじゃ、アル。行ってくるよ」
「常に誰かがお前たちのフォローをする。助言が必要なときはいつでも頼れ」
「困ったことがあったらベイブに中継してもらえばいいんだね」
「シェルター回線を経由しますが、アステルと私の間での暗号通信です。侵略者の技術レベルでは復号は不可能です」
『ええ、私も挑戦しましたが無理でした』
「エトナさんでも無理なんだ……」
「いいかい、アステル。いざというときは隠さずに力を使うんだよ。いいね」
「うん、コハク。分かってる」
「保安課が掴んだ情報はササナミが随時教えてくれるはずです」
「ありがとう、ノワールさん。あんまりアルをからかっちゃ駄目だよ」
「健康維持を忘れるな。行ってこい」
皆に別れを告げると、最後にアルから一言。
僕たちが降りると跳躍艇はムーンプールから姿を消した。水面に波紋一つ残さずに。
『それでは、セーフハウスに案内します。床の表示に従ってください。以降は無線通信に切り替えます』
矢印が点滅表示して僕たちが進むべき方向を指す。
矢印に従い、ムーンプールがあるエリアを抜けて、広々とした通路進むと「第二機械工作室」のプレートを掲げた部屋についた。
『この扉はお二人が中に入ったら閉鎖します。今後は隠し通路から出入りしてください』
扉の前に立つと首元のチョーカーからササナミさんの声。今回の潜入用にノワールさんが作ってくれた僕専用の通信機からだ。
アステルはそもそも通信機を必要としない。当たり前のように電磁波を変換、操作する。
部屋に入るとそこには数多くの巨大な工作機械が並んでいた。
重い音に驚いて背後を振り返ると、重々しい耐爆扉が閉じる音だった。大きな電離放射線標識が描かれている。
『コンクリート製の防爆扉です。非破壊検査で中性子線を使うことがありますからね』
「物々しいですね。ここは何を作るところなんですか?」
『雛琵琶の主要な保守部材や機材ですね。大型高圧弁からタービン発電機まで多彩な製造を行います』
「そんな大事な施設を僕たちが独占していいんですか?」
『大丈夫ですよ。雛琵琶の周囲には同様の施設があと十五か所ありますから』
「シガ・シェルター、すごいですね……」
さすがは、極東地域最大の大規模シェルターだ。
『この奥に仮眠室があります。案内しますね』
もうここには床の案内表示は無い。ササナミさんに言われるとおりに進む。
うん? 樹脂製の床が毛足の長いカーペットに変わった。照明も天井のパネル発光から、壁に設置された室内灯の柔らかな間接光に。
『こちらです』
「仮眠室ってレベルじゃないんですけど」
案内されたのは十メートル四方くらいの広いリビング。奥に扉が配置されている。
『左からレストルーム、浴室、第一寝室、第二寝室、調理室です』
「アーカイブにあったリゾートホテルみたい」
今までずっと興味深げにきょろきょろしていたアステルが口を開いた。
『そうなんですよ。大昔、琵琶湖の畔に建っていた長期滞在型リゾートホテルをモデルにしました』
僕たちがソファーに腰を下ろすと、琵琶湖に夕日が落ちる光景が映し出される。
「綺麗」アステルがつぶやく。
『その一面だけディスプレイになっているんです。四季折々のレイクビューが楽しめます』
実際にリゾートホテルの窓から琵琶湖を眺めているような気分だ。
「なぜこんな立派な仮眠室を作ったんですか?」
『元々は他のシェルターから訪れる高官用の貴賓室だったんですよ。第一次雛琵琶改修計画で、第二機械工作室に塞がれる形になっちゃって。ふふふ』
ササナミさん、口調が崩れてきたな。こっちが本来の話し方なのかな。
「なるほど。仮眠室として残したんですね」
『名目だけね。ここは基本無人システムだもの。久しぶりのお客様にササナミ感激よ。二百年ぶりかしら!』
あ、メッキが盛大に剥がれた……。
「そ、それでは、保安課が掴んだ情報を教えてください」
『固いなー、ジーンちゃん。肩の力を抜いていこう?』
困ったな。この人(?)とても距離感が近い。
アステルに視線で助けを求めるが、映し出された琵琶湖にただ見入るばかりだった。





