ヨーゼフの投降
アステルも残り二頭の機械狼を無力化していた。
静寂のなか、二人っきりで宇宙空間をたゆたう。
この宇宙にいるのは僕とアステルだけ。そんな夢想に耽っていた……。
『落ち着いたかい? ちょっとひやっとしたよ』
そんな想いに水を差したのはコハクさんの声。
『ヨハンの作戦は悪くなかった。だが訓練不足だ』
「アル、どういうこと?」
『ヨハンは意識を失った。ノワールが回収に向かっている』
『ヨハンを確保しました。脳保護システムが作動した形跡はありません。アルの推測どおりの結果です』
ノワールさんが会話に混じる。
『全力で蹴り飛ばしていたな。九G程度の反動があったはずだ』
『キック時の姿勢も不適切でした。過大なモーメントにより脳が損傷している疑いがあります』
『ひとまず回収しろ。コハク、隔離室を用意できるか?』
『ああ、問題ない。ウルフパックも一緒に収容しとくよ』
ヨハンは自分が放った蹴りで重体……。アルはもっとすごい機動を平然とこなしていた。つい比較してしまう。
『アステル、よくバックパックのことに気づいたね』
『ずっとジーンの動きを追ってた。弾道も見てた。機械狼のバックパックが外れそうだった』
『そうかい、いいバディを持ったね、ジーン。何はともあれおつかれさま。迎えに行くよ』
しばらく待っていると、アステルは目の前に跳躍艇がきたことに気づいたようだ。
「こっち」とバックパックのハンドルが押される。気が付けば跳躍艇の中にいた。
「ジーン、怪我はないか?」
準備室にはノワールさんとアルが待っていた。
「体中痛いけど何とか無事だよ」
跳躍艇の一G環境にふらつきながら答える。装甲服が重い。
「装甲服を脱いだら精密検査をしましょう。すぐに終わりますよ」
ノワールさんに連れられて別の部屋に行く。初めて入る部屋。
壁の表示がテキストとグラフで埋めつくされ、何かの研究室に見える。
「そこで止まってください。スキャンします」
ノワールさんの琥珀色の瞳が赤く輝く。
「ノワールさんがスキャンするの?」
「いいえ、雰囲気を盛り上げるための演出です」
「ノワールさん……どうでもいいことに凝るよね」
スキャンの結果、軽微な負傷で済んだことが判明。一日安静にしていれば大丈夫とのこと。
皆のところに戻るとアルとアステルが会話をしていた。
「アステル、お使いを頼めないか?」
「うん。何をすればいい?」
「ヨーゼフと話がしたい。スペースプレーンに行ってくれ。通信を中継してほしい」
「分かった」
「じゃあ、ベイブ。行ってくる」
僕に声をかけてアステルは準備室に向かう。
「ヨハンを回収したよね。様子はどう?」
同じ年ごろの少年だ。気になる。
「びまん性軸索損傷の典型例ですね。危篤状態でした」
「無茶をするから……。でしたってことは今は大丈夫なの?」
「分子機械を注入しましたから生命維持に問題はありません」
「じゃあ、治療できる?」
「そうですね、治療は可能です。どうするかはジーンとアルが決めてください」
「アル……?」
「できるなら子どもは殺したくない。だが、助けたあとはどうする?」
「そうですか、そうですか。私の出番ですね。タイミングよくノワールブートキャンプ第一期生を絶賛募集中です!」
「なんだそれは……」
「社会復帰支援の研究プログラムです。前々から考えていたのですよ」
『このところ、機械知性たちと相談していた件ですね』
「そうですそうです。トランサンデのシンパに一杯食わされたあと、私のエミュレータが彼女の矯正を試みているのです。そこから新たなメソッドを思いつきました。卒業者には新たな外見と身分が与えられます。彼女も第一期生候補です!」
ノワールさんが早口になっているが、ヨハンの治療が決定する。
「散らばったウルフパックを跳躍艇で回収しましょう」
冷静になったノワールさんがすまし顔で言った。
『アル、スペースプレーンについた』
「よし、あとは俺がやる。その場で待機してくれ。……こちらコメンデッド・ソルジャー。ハッチの前にいる。投降しろ」
『その前に聞かせろ。ヨハンはどうなった?』
「ヨハン、誰だそれは?」
『ウルフパックのアルファ、彼はサイボーグだ。どうなったか教えてくれ。通信に応答しない』
「ウルフパックは全て排除した」
『人殺しめ……』
「そうか。お前の信奉する終末の審問官と同じだな」
『信奉などするものか! 研究環境と引き換えに協力しているにすぎん』
「言い訳は地球でしろ。スペースプレーンの制御系を明け渡せ。こちらでコントロールする」
『……分かった。従う』
ヨーゼフは投降した。こうしてハイジャック事件は幕を閉じた。





