ヨハンとの決着
「ヨハン、やる気みたいだよ」
「絶対殺すと言ってた」
「僕は殺せても、ベイブは絶対に死なないよ」
「ベイブは死なせない。私が守る」
「ありがとう……」
ハッチを監視しながら雑談を交わす。アステルが守ってくれるなら安心だ。でも、心がざわつくのはなぜだろう。
「アルが言ってた。ベイブを死なせるな。でも、ぎりぎりまで手を貸すなって」
言いそう……。アルは厳しい。訓練や実戦で僕を甘やかしたことは一度もない。
気の抜けた会話に緊張感が無いと言われそうだが、それは違うとアルは語る。
戦闘の合間に、バディと雑談をするのは重要だと。
バディの精神状態を把握し、ハイパーアラウザルに陥るのを防ぐためだ。
怒りに飲まれた今のヨハンのように。そうならないための軽口だ。
ヨハン、お前はバディに恵まれなかったな。
「来る」アステルがささやく。
ハッチから二頭の機械狼が同時に飛び出す。
同時に複数のターゲットが現れたときは、上、もしくは左を狙う取り決めだ。今回は上の奴が僕の相手だ。
外壁を蹴って浮かび上がる。スラスターは意識的に作動させない。
無反動銃を構える。狙うは機械狼のバックパック。腕を振ったことでモーメントが発生。体が回転運動を始めるが、そのままバックパックをなぞるように銃を動かす。
照準があった瞬間ダブルタップ。バックパックの側面にきれいな二つの穴が開く。
あとはスラスターにまかせて反動を吸収すればいい。
「目標の後ろにもう一頭」アステルの切迫した声。
行動不能になった機械狼の背後から漆黒の機械狼が顔を出す。ヨハンか!
『死にさらせ!』ヨハンが叫ぶ。
ヨハンは動けない機械狼に接近。全力でキック。反動でヨハンは遠ざかる。蹴られた機械狼が僕に迫る。衝突コース。
機械狼のアクティブ迷彩がネオングリーンに変わる。警告色だ。脚を振ってモーメントを与えようとしている。衝突時の被害を減らすためだ。
アルが言っていた「ウルフパックは人間を攻撃できない」は本当だった。
スラスターに緊急回避を指示。避ける方向は右だ。
高Gで体がつぶれそうだ。でも避けることができた。
「まだ!」
アステルが叫んだ瞬間、僕はスラスターを停止。理由は……分からない。
ハブ・ジャッカーのアイス・プレーンを倒したときと一緒だ。
こうするのが最適だと思った。
背後に腕を回すとスタッフに触れる。
握りこむとマウントから外れる。ベクトルを計算して杖を振る。与えられたモーメントで機械狼が正面に。もう手が届きそうな距離に感じる。
でも、衝突コースからは外れている。アステル、なぜ?
その瞬間、機械狼からバックパックが分離。銃弾がロック機構を破壊したのか?
激しく振っていた機械の脚がバックパックに接触。
機械狼は大きく針路を変えるが、蛍光色のバックパックがゆるやかに回転しながら眼前に迫る。
意識が切り替わった。澄んだ水のような心持ち。
バックパックがスローモーションで近づいてくる。
キネティック体術。セレス流柔術の根底にあるもの。
自身の動きを精密に制御し相手を制する技術。
僕の生みの親、マルグリット・クロケットは杖術の達人だったと聞く。
スタッフ一本で一トンの鉄塊をさばいた逸話がある。どういう状況だったかは怖くて聞けなかったが……。
バックパックの質量は約三十キロ。速度は秒速二十メートルくらいか。スタッフが折れなくても僕の腕が耐えられない。
スタッフを斜めに構える。狙うは一点。全身をロック。最大出力でスラスターを作動。全速で後退。視界が赤く染まる。耐えろ。
バックパックがスタッフに接触。狙いどおりの場所だ。衝撃に襲われる。意識が飛びそうだ。
装甲服の外骨格が悲鳴を上げる。手首からスパーク。減圧警報が鳴り響く。
回転しようとする体をスラスターで強引に抑えこむ。
スタッフをすべるようにバックパックのベクトルが変わる。
長い長い一瞬のあと、重なった二つの軌道が離れる。上手くいったようだ。
手首が締め付けられ減圧警報が鳴りやむ。
宇宙を流されながら、ぼんやりと星を眺めていると、後ろから優しく抱きとめられた。
「おつかれさま、ジーン」
アステルの声がした。優しい響き。
愛称ではなく名前を呼んでくれたことが、たまらなく嬉しかった。





