小惑星連合軍水星基地
「アル、ノワールさん、おかえりなさい」
「ただいま。ジーン、よくやったな」
「ううん、アステルがすごいだけだよ」
EVAに出ていたアルとノワールさんが帰ってきた。これで全員揃った。
「アステル、お手柄だったよ。バックアップシステムが原因だったんだね」
「よく整理されたシステム。原因を割り出すのは簡単だった」
「遠隔で止めると、また何か起こるかもしれないねえ。現場に行くかね」
「それでは、小惑星連合軍水星基地に向かいます」
ノワールさんのアナウンスで跳躍艇が動き出す。
まあ、反動も何も感じないれどね。
壁に映し出されている跳躍艇の位置表示を見て動き出したのが分かっただけ。
今は、外部の光景ではなく、太陽、フェイルノート、水星、跳躍艇の位置関係を示した相対位置図が表示されているんだ。
三十分くらいで水星北極、永久影の上空に到着。ここに水星基地がある。
「メインポートに向かうよ」
コハクさんが事もなげに言う。
僕は、通信塔の小型シャトルに乗ってこの場に一人でいたら、どうなっていたかを想像してみた。
水星基地に乗っ取られたバックアップシステムがあって、それを排除するのが僕の任務だ。
現在位置は水星軌道上。目指すは水星北極の永久影。
重力推進が封じられた現代では、惑星着陸には困難が伴う。
それを補うためのフェイルノートが不調な今、レーザー発振器の個別制御は難しい。金星のレーザー中継ステーションに頼ることになる。
今回のクラッキング事件の踏み台にもなったレーザー中継ステーションに頼り切るのも危険だ。
そうなると、原始的な噴射推進での着陸となる。
水星への噴射推進での着陸も、シミュレータでかなりやり込んだ。
調査課所有の各種シミュレータは、勤務時間外でも自由に使えるんだ。
アドミニ・プラクティカム参加者の数少ない特権。
通信塔の小型シャトルも機種選択できたので、暇をみては訓練を重ねた。
ノーザンエンドから一番近くに配備されている惑星系内シャトルが、通信塔の小型シャトルだったからだ。
噴射推進のみでの着陸は本当に難しい。月と同じでブレーキに使える大気が無いからだ。
もちろん、メインは自動着陸装置だけれど、人間はトラブル時のバックアップとして控えていなければならない。
訓練用の様々なシチュエーションを試してみた結果、成功率は九十パーセント程度だった。
僕は宇宙飛行士としては失格だ。
「どうしたの?」
アステルの声で我に返った。
「うん、今の状況で僕一人だったら、どうなっていたかなって」
「そう」
「なるほどなるほど。シミュレーション思考をしていたのですね。それはよい訓練になります」
ノワールさんが冗談だか本気だか分からないことを言う。
まあ、今は跳躍艇のおかげで、僕はどこにでも自由に行けるけれど。
エッジが開いたら、誰でも自由に宇宙を行き来できる時代が来るんだね。
ノワールさんはエッジが開くのは四百三十二年後だと言っていた。僕がもういない時代の話だ。
その光景を見られないのが寂しいな。
僕がそんなとりとめのないことを考えているうちに水星基地のメインポートに到着した。
再び壁に外部映像が投影される。暗闇の中に長方形の大きなハッチが現れる。
テキストを読むと、メインポートにはフォックス級の宇宙機が収容可能とある。
ハッチがスライドして開くと、まばゆい照明に照らされたランディングパッドがずらりと目に入る。
メインポートは、ハッチのサイズに比して広大な空間だった。跳躍艇なら十機は入るんじゃないかな。
「バックアップシステムの影響範囲が不明だね。ジーンは簡易装甲服のままでついておいで。エトナは留守番を頼むよ。さて、拙も久しぶりに気密服を着るかね」
『分かりました。ここでお待ちしております』
コハクさんが部屋から出て行った。
「コハクが戻ってきても笑ってはいけませんよ」
ノワールさんから謎の注意を受ける。
戻ってきたコハクさんは、珍妙な姿だった。
「まるで金魚鉢をかぶった四本足のウナギだな」
アルが冷静に感想を言う。金魚鉢って何だろう?
「悪かったね」
そこには、ぬらぬらとした真っ黒のボディスーツに、透明な球体をかぶったコハクさんがいた。





