太陽系周遊 ~木星~
「そろそろ木星が見えてくるよ」
コハクさんの言葉で我にかえった。
刻々と移り変わる星々の点描から目が離せなかったのだ。
「ちょっと分かりにくいかね? 光行差とドップラーシフトを補正しようか」
正面に集まっていた星空の様相が変わり、全天に星が戻った。色とりどりに輝く星の海だ。
ぽつんと、正面にひときわ明るく輝く光点が現れた。ちょっと白っぽいクリーム色。
周りの星たちは動かないのに、その光点は見る見る大きくなっていく。
やがて、光点は円盤になった。
「あれが木星だよ。思った以上に明るいだろう?」
「うん、薄いクリーム色のすごく明るい円盤に見えるよ」
「それじゃあ、こんな感じかねえ」
ぼんやりと、茶色とオレンジと白の縞模様が見えてくる。
アーカイブで見た木星の姿だ。
「アーカイブで見たとおりだ!」
「ふふ……そりゃあよかった。じゃあ、この設定でいこうかね」
「うん! うわあ、大赤斑が見えてきたよ」
「あれは観測史上で三代目らしいぞ。あと二百年は存続すると予測されている」アルが教えてくれた。
「それでは大赤斑をターゲットに接近していきます。気分が悪くなったら言ってください」
ノワールさんがいつの間にか隣に座っている。アル曰く「香箱座り」だって。
香箱って何?
跳躍艇が木星に接近していく。
だんだん縞模様がくっきりしてきた。周囲の雲模様は水平方向に流れている。
その間も大赤斑は動かず、こちらをじっと見つめ返してくる巨大な目玉みたいだ。
どんどん目玉が大きくなってくる。ちょっと怖くなってきたよ。
視界いっぱいに広がる大赤斑の姿は、複雑に気流が絡む立体的な渦構造だった。
もう、目玉には見えない。
白い雲のフィラメントが何十本も走り、その細い布切れが暗い底へと引きずり込まれていく。
その先には小さな赤褐色の渦。
その渦はフィラメントとは逆方向に回転していた。
白い布切れが渦の縁にかかった瞬間、端を乱暴に引きちぎるように裂けて散る。
白い高層雲、奥に沈み込む赤褐色の薄雲、さらに深く沈む影のように暗い雲。
それは、赤褐色と焦げ茶、淡いオレンジ、そして白いフィラメントが織りなす惑星規模で荒れ狂う絵画だった。
ああ、さすがローマ神話の主神ユーピテルから名をもらった惑星だと畏怖を感じた。
こちらの様子を伺っていたノワールさんが、さりげなく「満足しましたか?」と表情でたずねてくる。
僕がうなずくと、ノワールさんが跳躍艇を木星から離脱させていく。
『銀河には数多のガスジャイアントがありますが、ここまでダイナミックな惑星は見たことがありません』
エトナさんだ。一緒に見ていたらしい。
「これが太陽系が生んだ美の極北でしょうね」ノワールさんが答える。
『こんなに美しい木星のかたわらで、私はヴェリテに囚われていたのですね』
「外惑星経済会議の偉い人たちも、木星を見ながら暮らしていたはずなのに、何で欲望に負けちゃったのかな? それを考えると悲しいね」思わず言葉になってこぼれ落ちた。
もう誰にも、エトナさんのような悲しい思いをさせたくない。
僕にだって、何かできることはあると思う。
「ええ。木星を美しいと感じ、争いを悲しむ心が、人間が本能を超えられる希望かもしれません」ノワールさんが哲学者みたいだ。
「……アル。ナルヴィとアリスの再生フェイズが始まったよ。手が空いたからついておいで」
しんみりとした空気を払うように、コハクさんがアルに呼びかける。
「早かったな。よろしく頼む」
アルはコハクさんを追って部屋から出ていった。
初めて僕は、自分のためではない、誰かのために何かをしたいと強く願った。





