閑話 救出祝い 3
閑話、一話増えちゃいました。てへ。
出された酒を一口飲んで、ふうと息をつく。
「こんな美味い酒が世の中にはあったのか……」
「秘蔵の日本酒さ。私も飲むのは久しぶりだよ。銘酒比良水庵、どっしりとした美味しいお酒だよね」
少し硬かった雰囲気も美味な日本酒のおかげでずいぶん和らいだ。
「夜は長いんだ。いろいろ料理を出すから楽しんでね」
「ああ。ありがとう。敬語で話すべきなんだろうが、育ちが悪くてな」
「気にしない気にしない。私の半分くらいの年齢の課長連中も友達口調だしさ」
「失礼だがお歳は?」他の課の課長が二十代ってことは無いだろう。
「そうだね、君には話しておこうかな。実はね……」課長の答えに絶句した。俺よりずっと年上だった。
彼の若々しさは、サーチュイン遺伝子の異常活性化によるものだそうだ。通称はハイランダー症候群。
「まあ、若い見た目で軽く見られるのは別にいいんだけどね。この病気のせいでやたらと腹が減るんだよ。この餓えを何とかできないかと料理人になったしだいさ」
そのあとも、平目のお造り、キンキの焼き物に舌鼓を打ちながら最高の日本酒を呑む。
会話が盛り上らないわけがない。
「元々はノーザンエンドの出身でね。父が趣味に走ってふざけた名前をつけたせいで、ここにいられなくなってね。シガ・シェルターに行って軍に志願したのさ」
「そんなに変わった名前なのか」
「マック・ササキ。ちょっと風変わりな名前って程度さ。でもさ、兄貴と一緒だとね」
名跡を継ぐ前の名前を教えてくれた。
「特におかしな名前ではないな。それで、兄君の名前は?」
「兄貴はドナルド。ここの科学部長さ」
「どこがふざけているのか、よく分からんな。だが、兄弟そろって行政機関の重鎮とはすごいな」
シェルターの運営をつかさどる各部局。そのトップが部長で、課長はそれに続く地位にあたる。軽そうな肩書に比べ大きな権限をもつ。
「マックとドナルド、合わせると過去のハンバーガーチェーンの名前になるのさ。世界的に有名なファーストフードチェーンだったそうだよ」
「なるほど。全く分からん」
「当時、悪ガキどもに知られて、瞬く間にノーザンエンド全体に伝わってね。あげくは労働者のあいさつが Hey Mac になっちゃった」
課長が経緯を詳しく説明してくれた。
悪ガキどもが歴史資料を調べ、おもちゃ付きの子供向けメニュー、ハッピーセットをからかいの道具にした辺りから不快な気分になってきた。
「そんなことがあったのか……。子どもは残酷だな」
「まあ、シガ・シェルターで軍に入ってからは気楽なものだったよ」
「軍解体の三年くらい前だったかな。ハイランダー症候群を発症したのは」
「その若さの原因か」
「軍医に見てもらったけど、過去の宇宙対応改変の負の遺産なんだとさ。運が無かったなって、軽い扱いだったよ」
「軍医か。そんなものだろうな。訓練中の事故で指を落とした同僚が、何で指を持ってこないんだって怒鳴られていた」
「あはは。確かにずれてるよね、あの人たち」
「それで、軍解体の折りに再就職支援があったんだけど、なかなか難しくてさ」
受け入れ先の企業に「いつも、ぐうぐう腹を鳴らしている奴がいるけど、あんたのところで雇う気ない?」とは聞けないよね、と笑っていた。
「そのころには、すっかり行きつけになっていた比良水庵でちびちび飲んでたんだよ。そしたら、店主から聞かれたんだ。何か困りごとでも? って」
「それで、洗いざらい話しちゃった。黙って聞いていた店主の九代目宗次郎さん。それなら、ここで働けばいいって。味見がてらに虫養いでもしていればお腹も鳴らないだろうってね」
虫養いとは「腹の虫に食物を与える」という意味で、空腹を一時的に満たすことや、その軽食を指すらしい。
「ああ、これは素晴らしい提言、まさに啓示だと思ったね。料理ができれば自分だけの療養食も作れるからね」
「それは天職だな。なぜ店を辞めたんだ?」
「私は寿命が長いからね。すでに弟子も取って一人前に育っていたんだよ。私が居座ってどうするのって、暖簾を継がせて引退したのさ」
「なるほどな。老害と思われるのもしゃくだしな。俺も心しておこう」
「実は私、コメンデッド・ソルジャーに憧れがあってね。上からは声もかけられなかったけど。まあ、持病もあったしね」
「CSに任命された君に興味が湧いたんだよ。実際のところ、どんな仕事なの?」
「そうだな。世に喧伝されているイメージとはずいぶん違う」
「ほうほう、それはどのような?」
「課長は退役少尉だからセキュリティ・クリアランスの問題は無いな。話そうか」
CS制度発足の経緯、目的、運用、選定基準、承認を得たあとの訓練内容。このあたりは公開されている情報だ。
だが、実はこの話には別の一面がある。
常に機械知性の巧妙な誘導によってCS制度は動いてきた。
CS選定時にはアドバイスという名の選別を行い、訓練内容も機械知性からの提案で決定した。
運用もしかり。常にいずれかの機械知性が一人のCSを見守り、CSを監督すべき監察官をも懐柔して、望む方向へと成長させていった。
さらにいえば、軍の放棄自体も機械知性の望む方向だった。
そこから始まった流れなのかもしれない。
「恐るべきCSの真実! でも、どこか納得できる話だね」課長は大笑いだ。
「制度の在り方に疑問をもって、機械知性に質問してみたことがあるが、のらりくらりと言いくるめられた」
「機械知性あるあるだね。私は人格オーバレイのせいじゃないかと疑っているけどね」
「ああ、俺も同感だ。この裏話は通信塔の機械知性、ノワールを問い詰めて聞きだしたことだ。あいつは他の機械知性とは毛色が違う」
「何にせよ、機械知性は相利共生を選んだ種族だからね。きっと、人類にとって益になるんだろうね」
こうして、課長との初の酒席は、満たされた思いを抱きながら終わりを迎えた。
いい夜だった。
そのあと、銘酒比良水庵を調べて、その至宝のような希少価値に青くなるまでは。





