閑話 救出祝い 2
コハクが盃を口元に運ぶ。
軽く盃を回すと、立ち上るフルーティーな吟醸香と、木樽の香り。
ああ、こいつ猫のくせに飲み方を知っているな。いや、フェリシア人だったか。
コハクが言っていた感覚共有も正常に機能しているようだ。
コハクが一口、酒を口に含む。
口の中に広がる米の甘味とまろやかな酸味。
それが鼻に抜け、口内には力強い旨味と濃厚なコクが残る。
ああ、美味い。九年振りの酒だ。
ましてや、銘酒比良水庵を口にしたのは何十年振りか。
実は、昔一度だけ飲んだことがある。
ノーザンエンドの調査課オフィスで、初めて課長に会った日のことだ。
無事に猫の里親に指名され、放浪の傭兵生活から足を洗って、ノーザンエンドに腰を据えることに決めた俺は就職先を探していた。
その日俺は、ナルヴィとアリスの口利きで、調査課オフィスで課長から面接を受けていた。
傭兵はどこに行っても歓迎されるものだが課長も満面の笑みで迎えてくれた。
若々しい見た目、三十代だろうか? 彼は十代目比良岡宗次郎と名乗った。
これは、名跡と呼ばれ、代々引き継がれる名前だとか。
法的には、シェルター法の通名と同じ区分だ。
比良岡さんと呼ぶと「課長と呼んでくれると嬉しいな」と笑った。
面接が進むうちに分かったが、課長は、俺が世界各地でどんな料理に巡り合えたかに興味があるらしい。
アテネ・シェルターで、ヨーグルトケバブ、フムス、ギロス、ルクマデス、スパナコピタが美味しかったことを語ると、課長はフムスに食いついた。
何やらメモを取りながらいろいろ質問してくる。
ラム肉のローストにフムスをつけて食べると絶品だと答えると、姿勢を正して課長は言った。
「ふむ、問題ないでしょう。採用です。ところで今夜はお暇?」
この課長に興味が湧いた俺は、二つ返事で了承した。
その夜連れて行かれたのは、職員食堂の厨房横に設けられた個室。
この職員食堂は調査課専用の施設らしい。
ビールで乾杯したあと、課長は厨房に引っ込んだ。
再び現れた彼は不思議な形をした濃紺の服に着替えていた。
「ああ、これ? 前職で使っていた調理衣だよ」
そして、テーブルの上に小鉢を置く。トウフに緑の豆が載ったものだ。
「先付けは枝豆あんの冷や奴。ビールが進むよ」
「これはさっぱりとして美味い。和食というやつか」思わず声が出た。
「そうそう。シガ・シェルターで軍隊勤めをしていたんだけどさ、軍解体の憂き目にあって路頭に迷ってね。拾ってくれたのが九代目比良水庵店主ってわけさ」
「軍にいたのか?」
「そうだね、最終軍歴は、シガ・シェルター常備軍営繕課、マック・ササキ少尉だ」
「少尉殿!」思わず起立して敬礼した。
「まあまあまあ。退職時特別昇任で少尉に任官しただけだよ。しがない万年曹長だったさ」
「自分は退役時、三等軍曹でありました。曹長も上官であります」
「やめよう。もう軍なんか無いんだし、過去の階級は忘れてよ。ところで日本酒でもどう?」課長は笑った
「……ああ。分かった、遠慮なくもらおうか」
そこで登場したのが銘酒比良水庵だった。





