閑話 救出祝い 1
二話続けて閑話となります。
「じゃあ、エトナ。すまないが食事にさせてもらうよ」
『お気遣いなく。食事風景を見ているだけで楽しいですから』
「そうかい悪いね。それとアル、こっちにおいで」
「何だ?」
「なあに、ちょっとした実験だよ」
アルが小首を傾げながらコハクさんに近づいていく。
「拙の目を見な」
アルとコハクさんが見つめあっている。猫と機械狼、絵本みたいな光景だ。
「なるほどな、直通回線か。これを何に使うんだ?」
「あんたの改造が終わるまでのつなぎさ。食事のことだよ」
「味覚と消化器官の話か! まだまだ時間がかかると思っていた」
「そうさ、だからつなぎだって言ってるだろう? あんたはこの話になると周りが見えなくなるね」
コハクさんがにやにやと笑っている。童話に出てくるチェシャ猫みたいだ。
主人公の名前がお母さんと同じなのでよく覚えている。
「ああ……すまない。この体に不便は無いが、食事ができないのがな」
「そうだろうね、見りゃ分かるよ。跳躍艇は今、ジーンの両親の再生計画で手一杯なのさ。アルには再生フェイズに入るまで待ってもらうよ」
「もちろんそれは了解している」
「それでだ。食事のときに拙と感覚を共有したらどうかと思ったのさ」
「それはありがたいが、俺は猫じゃない。味覚が違うだろう?」
「何度も言うが、拙は地球の猫とは違うよ。フェリシア人さ」
「ああ……そうだったな。少し気が動転しているようだ」
「まあいいさ。拙の味覚は地球人の成人と変わらないよ。三百年ほど前、初めて地球の料理を口にして以来、味蕾から何から改造していったからね。ノワールから情報をもらって現状にも合わせてあるよ」
「分かった。試してみる」
「そうだね。論より証拠だよ。何でも試してみるのさ」
アルが挙動不審だ。気が動転している姿なんか初めてみるよ。ちょっと微笑ましい。
「それじゃあ、ジーンの両親の救出を祝って祝宴を始めようかね」
コハクさんの言葉に合わせて料理が載ったテーブルが現れた。
テーブルには、小さな桶が三つ並んでいる。コハクさん、ノワールさん、それに僕の分だ。
一品ずつ提供されるスタイルなのかな?
桶に盛り付けられているのは握りずしだ。玉子、桜鯛、アナゴ、ホッキ貝。魚介の名前が書かれた札がついている。桜鯛とアナゴは知らないや。
そしてコップが三つ。土を焼いて作られたやつ。これはシガ・シェルター製かな? 中には緑色のお茶が入っている。
初めてアルから飲む許可をもらったときは、お茶の苦さにびっくりしたよ。
そのあと、何か落ち着かなくてリビングをうろうろと歩き回ったっけ。
「アル、あんたいける口かい?」
「ああ。たしなむ程度にはな」
「そうかい、そりゃいいね。ノワールも飲むかい?」
「いただきましょう」
テーブルの真ん中から、一本のガラス瓶と小さなコップが二つ、トレイに載せられて現れた。
コップの色は深い青、お茶のコップと同じ柄だ。
分かった、これは酒器だ。となると瓶の中身はお酒だね。
「比良水庵」とラベルが貼られている。
「これはまた珍しい物を……貴重品だぞ、これは」アルが驚いた様子で言う。
「祝杯用にポイント・ズールーから拝借してきました。ノーザンエンド調査課名義で備蓄されていましたよ」
「課長か! あんなところに隠していたのか」
「アル、どういうことなの?」
「ああ、課長の前職を知っているか? 老舗料亭の店主だ」
「ええっ!? 課長が料亭の?」
「比良水庵という料亭だ。シガ・シェルターの建設当初からある名店だぞ」
本当にびっくりした。僕が生まれる前からノーザンエンド調査課の課長だった人だ。
前職があるなんて考えもしなかったよ。よく考えたら名前も知らないや。
生年月日から計算すると、僕は百五十一歳らしいけれどそう言われてもぴんと来ない。
僕は十四歳。それでいいんじゃないかな。
「この酒はな、シガ・シェルターの特産品だ。初代、比良水庵店主が蔵元を起こしたそうだ。課長も蔵元のオーナーだったはずだ」
「へえ、歴史があるお酒なんだね。でも、課長が蔵元のオーナーって似合わないね」
「そうだな。そこは小規模の蔵元でな。毎年数百本しか酒を造らない」
「それだと相当高いんじゃ?」
「シェルター高官の会合で、少量振る舞われる程度だな。販売先も限定している。金を出しても買えるものじゃない」
「そんなものを飲んじゃっていいの?」
「構わんだろう。行方不明の部下の救出祝いだ。課長も文句は言うまい」
アルは栄養カートリッジを交換しながら言った。
「よし、それじゃ乾杯するかね」
ノワールさんが小さいコップ(サカズキというらしい)に丁寧にお酒を注いでいる。
毎回思うけれど猫の手でよく持てるね。不思議。
コハクさんとノワールさんが盃を掲げ、アルは栄養カートリッジを持ち上げる。僕はお茶の入ったコップ(これはユノミだ)を手に取った。
「お前さんの両親の救出祝いだ。ジーンが音頭を取りなさい」
コハクさんが居住まいを正して僕に言った。
「乾杯!」
僕は元気いっぱいに声を張り上げた。





