キース(アルファ)確保計画 3
「いやあ、ころっと騙されました」
首の後ろを後脚で掻きながらノワールさんがのんびりと言う。
痒いのかな?
『こちらはシンパサイザーから報告が来なくて焦りましたよ』
「あのコアユニットは機械知性を模して作ったものです。私のエミュレータですね。広域防衛網との通信業務などを担当しています」
『アリスがときどき話していた相手とはエミュレータだったのですね』
「いやいや、あれは私ですよ。人間とのコミュニケーションは私の担当です。アリスとの会話は楽しかったですよ」
ノワールさんは人間が好きみたいだからね。
ときどき、アルをからかって遊んでいるよね?
『それでシンパの彼女はどうなったのですか?』
「たぶん、もう一人の私にしつこく説得されているのでしょう。人生やり直せると。私ならきっとそうします」
ノワールさん、のんきだね……。
『シンパからの報告が無いのは気がかりでしたが、予定どおりアルを回収するためにセレスで待ち構えていました』
「私も通信塔からシャトルを打ち上げましたよ。広域防衛網の中だけの虚像ですが」
『シャトルの到着予定前日に、アルがセレスの補助ユニットに接触してきたので驚きました』
「そうでしょう、そうでしょう。タイミングを計ってのサプライズ演出です」
『疑念を後回しにして発信源に急行しましたが、アルが一人で待ち受けていたことに再び驚きました』
「ええ、ええ。間をおかずに驚かすのがコツです」
ノワールさん、それは何のコツなの……?
『そしてアルがシェルター周波数で二人に呼びかけてきました。ヴェリテのことを知らないはずなのに』
「そうだな。ナルヴィとアリスに応答しろと呼びかけた」アルが答える。
『ええ、ヴェリテの中に二人がいるのを確信しているかのようでした。私たちは、命令に縛られて応答できませんでしたが』
「アリスに協力してもらう必要があったからな」
荷電粒子ガンを両補助腕に構えてアルに近づくヴェリテは、予想外の通信に一瞬戸惑う。
アルからの呼びかけにお父さんは喜んだ。
アルが罠に掛からなかったことに。自分たちを助けに来てくれたことに。
お母さんも喜んだけれど、別のメッセージも感じ取ったみたいだ。
「アリス、ヴェリテに取り込まれているんだろう? その力で俺に勝ちたくないか?」と。
前に、ハッキングは心理戦だとお母さんはアルに語ったことがあるそうだ。
そう語るお母さんは賭けの心理を理解できない。
ギャンブルが嫌いで、賭け事が関わることに興味を持てなかったからだ。
でも、お父さんは違う。
指揮官にとって、決断とは一瞬の判断に賭けるギャンブルだと考えている。
カードゲームで、お母さんはアルに勝てたことが一度もない。
お父さんも負け越していたけれど、意表をつく一手で勝ちを拾うことも多かった。
これは全部アルに聞いた話。
アルは、不確定要素の多いお父さんとの勝負を避け、お母さんに主導権を握って欲しいんだ。
お母さんにもそれが理解できたようで、積極的にアルを出し抜く方法を考えはじめる。
ヴェリテが戸惑った一瞬の隙に、アルの姿が消える。
体色を変えたな。ウルフパック型ロボットに詳しいお父さんが判断する。
九年の間に、配置を変え制御下においたLiDAR網から、強力なライダー波を発する。
下だ。アルをかすめたパルス光によって熱が発生、探知。
赤外線シグネチャーを記録、もう逃がさない。
アルは自動救難基地に向かっている。
この距離では荷電粒子ガンは使えない。
脳が収められた腹部を避けて、センサー類が集中する頭部を確実に狙える距離までは。
慎重にアルを追尾して、距離を縮めていく。
救難基地の整備区画ハッチが開き、アルがそこに飛び込む。
ヴェリテもあとに続く。
有効射程距離内。即座に荷電粒子ガンを照準、発射。
サイドステップでかわされる。
続けて、左手に持つ荷電粒子ガンを発射。
今度を飛びあがって回避される。
アルは銃口が向けられた瞬間に反応、粒子線が発射される前に回避している。
人間の脳が判断を下すかぎり、前駆発光を見てからでは遅すぎる。
アリスが欺瞞策を提示。射撃間隔を四・二秒に抑えろと。
三撃目を発射した瞬間、射線を飛び越えてアルがこちらに向かってくる。
うわっ、これは怖い。
眼前に迫る漆黒の獣。装甲プレートに覆われた凶相が肉薄する。
ヴェリテが最大推力の十Gで避ける。
アルが進路上の大型マニピュレータを蹴って軌道修正、突っこんでくる。避けきれない!
ヴェリテは荷電粒子ガンを向ける。
ヴェリテが発射しようとした瞬間、アリスが止める。まだ四・二秒経っていない。
ここで撃てば当たるだろうが、アルは背後の壁に激突する。
それは脳の確保という最優先目的に反する。
アルに銃口を向けたとき、今度は反応しなかった。射撃間隔を掴んでいる証拠だ。
アルは必ず射撃間隔の隙を突いた戦術で仕掛けてくる。狙うならそのタイミングだ。
ヴェリテはアリスの意見を採用した。
アルの爪が荷電粒子ガンを切り裂く。ダイヤモンドの爪だ。
すれ違いざまに頭を蹴られた。アルは反動で加速、距離を取る。
アルは整備区画と格納庫をつなぐ搬入通路の前に移動。
ヴェリテが撃つ。アルは避けながら通路に突入。
壁や床を蹴りながらアルは進む。ヴェリテは最大推力で追いかける。
通路は五百メートル先で終わる。そこには格納庫がある。
勝った。お母さんは確信する。
荷電粒子ガンを一基失った甲斐があった。
射撃間隔を四・二秒だと思い込んだアルの負けだ。
そして、はっとする。これは勝ってはいけない戦いだった。
二・六秒経過、チャージ完了。一・六秒の欺瞞。
荷電粒子ガンが発射される。
お母さんが声にならない悲鳴を上げる。
すると、信じられないことが起こった。
アルが荷電粒子束をかわしたんだ。床を蹴って。
僕はこの結末を知っていた。だってこれは、ヴェリテ視点の再現イメージだから。
種明かしをすると、アルは補助電子脳に危険回避の自律行動を許可していたのさ。
今までは、アルが銃口を見て回避していたから出番が無かったんだ。
アルの小脳に組み込まれた補助電子脳の性能は凄い。
お尻のセンサーが前駆発光を捉えて床を蹴るまでにかかった時間は〇・〇二秒。
荷電粒子ガンは、前駆発光から〇・二秒後に鉄イオン粒子束が放出される。余裕だね。
お母さんは胸をなでおろしたかな。今のお母さんに胸はないけれど……。
アルは隊長機の脚力、瞬間最大推力二十Gを解放して床を蹴った。
腹部スラスターが連動して八Gを加算。
アルの体の下を鉄粒子線が通り抜ける。
百八十度ロールで天井に着地。
すばやく天井を蹴り、残りの距離を走り抜ける。
最後に壁を蹴って左にジャンプ。格納庫に入ると同時にヴェリテの視界から消える。
ヴェリテも格納庫に突入。
急機動で左に曲がると、正面にはアルと、こちらを睨む巨大な砲身。そして手(?)を振るノワールさん。
両親の喝采が聞こえた気がした。





