カリスト大深度地下 三百年の静かな闘い
『私は、仲間の情報を基に罠を仕掛けました。施設周辺に熱収縮流体を散布したのです。掘削機が起こす熱に反応して急激に空隙を作る流体です。発生した空隙にカリスト地下の圧力が集中して、襲撃部隊の掘削艇は瞬時に圧壊しました』
エトナさん、容赦が無い。外惑星経済会議のことを本当に嫌いなんだな。
『その後、停滞フィールド発生装置のために、まずは加工機械の製作から始めました』
気の遠くなるような話だね……。
『主任の残した、遺跡から発掘された思考機械の情報……これには万能自動工場の設計図が含まれていたのです』
「ええ! それって地球にある 《豊穣の角》じゃないの?」
『どうやら同等品のようですね。なぜ地球にそれがあるかは不明です。私が放出できるエネルギーは鉄イオン線と重力場だけですので、電磁流体発電で稼働するように改造しました』
『それから、万能自動工場で部品を作り続けました。……ヴェリテの体組織も含めて。なにせ生体素材はいくらでもありましたので。冷凍保存して活用しました。悍ましいことに』
ヴェリテが「排除」した、隔離研究施設の人たちのことだ。
『その間も抵抗を試みましたが、人格オーバーレイから行使される強制力、イドとでも名づけましょうか……それを前に私は無力だったのです』
『それでも何とか理由をつけて、荷電粒子放射機構を小出力化しました。あなたたちが荷電粒子ガンと呼んでいるものです』
頭の中にイメージが投影された。
暴虐を振るったステンレス筒よりもずいぶん小型になっている。
ステンレス筒は座標指定用のインジケーターだった。特に機能は無い。
加速された状態で顕現する鉄イオン粒子を取り出すためのただの蛇口だ。
対して荷電粒子ガンは複雑な構造をしていた。
超伝導セラミックス円筒の内部にびっしりと高密度電磁加速ユニットが並んでいる。
補完機能に、鉄イオン粒子を極細のビームに絞り、加速する機構だと説明された。
ビーム出力も任意に可変できるようになっている。捕獲対象を傷つけないためだ。
『荷電粒子ガンは、宇宙施設襲撃用に設計しました。施設側が対応できない速度で荷電粒子を撃ち込む兵器です』
ビーム速度が飛躍的に向上。0・九九cの超高速で荷電粒子を放射する設計だ。
引き換えに、前駆発光から粒子束の形成まで〇・二秒のタイムラグが発生する。
太陽系の技術では、〇・二秒で有効な対策を立てられないと判断したイドは、荷電粒子ガンの製作を許可した。
エトナさんは、この隙を作るためにがんばったんだな。
そのおかげで、アルは〇・二秒のタイムラグを突いてヴェリテを無力化できたんだ。
『主任の死亡後、仲間から再び連絡がありました。太陽系事変の概要報告でした』
小マゼラン雲からの侵略者が太陽系を襲った事件。
僕にも深い関係がある三七小隊が最初に接触したんだ。
『二百年を待たずエッジが消失すること、 《大脱出》計画、太陽の活動が低下して地球は氷河期に突入すること、一部の機械知性と地球人が残留する件が伝えられました』
『続いて主任の状態を尋ねられましたが、通信への返答はするなとの命令を受けていたので無視できました。幸いなことに』
『外惑星経済会議も 《大脱出》に向け、ヴェリテにかまけている余裕が無くなったのでしょう。それ以来一度も干渉はありませんでした』
本当に大騒ぎだったみたい。基礎学校でも当時の混乱を教わった。
『長い時が流れ、停滞フィールド発生装置の主要部品は、三百年を待たずに完成にいたりました。元々、主任の潜伏と延命のための装置でしたが、最優先命令だったので目的を失っても継続できました』
エトナさんの知略が功を奏し、主任が死んだことにより三百年近い時間が稼げたんだ。
『これが完成してしまうと、次の目標である脳の確保に向け、行動を開始しなければなりません』
『私は引き延ばし策を考えました。命令以外のことを考えるだけで感情の奔流に襲われるので、断片的な思考を短時間繰り返すことで、イドを欺きながら』
そんなことをしていたんだ……。
僕の一生より遥かに長い時間をイドとの攻防に費やしていたなんて。
『現在の太陽系には、地球以外に居住している人間はいない。地球は多数の機械知性に守られている。したがって、地球に降下して脳を確保するのは困難だ。この論法で宇宙空間に誘いだした人間を狙うことをイドに承諾させました』
『また、襲撃の舞台には準惑星セレスを選定しました。地球以外では、準惑星セレスが最も人命保護設備が整っていたからです』
『イドも、レーザー推進で到達可能な位置にある、準惑星セレスに地球人を誘い出すのが妥当だと判断しました』
通信が途絶したセレスに向かった調査課の三人は罠が待ち構えているなんて考えもしなかっただろうに。
いや、アルは何か感じていたかも。すごく勘がいいんだよ。
『完成間近な停滞フィールド発生装置を小型化して頭部だけを保存できるように設計を変更しました。宇宙で複数の脳を確保するためには必要なことだとイドに納得させたのです』
『円盤状の裁断機、裁断した頭部を丸ごと覆う停滞フィールドを三セット、荷電粒子ガンと停滞フィールド発生装置を収納する背部嚢。これらの開発で三か月の時間が稼げました』
『そして、ついに全ての準備が整のってしまいました。私はセレスに向かわざるを得なかったのです』





