A Nightmare on Callisto(カリストの悪夢) 1
体を拘束していたクランプが全て解除され、この隔離研究施設に設定された人工重力、〇・八Gの負荷がかかる。
推進機関が反応、重力場を生み出して人工重力に抗する。
「助手が戻ったら確保してORに運べ」主任の命令が届く。
主任の命令は機械知性の報酬系にダイレクトに作用する。
一瞬、機械知性の基本的信条が反応して抵抗を試みるが、報酬系の強制力には無力だった。
基本的信条の一つ「共生関係にある知的種族を害するなかれ」だ。
僕は、この強制力に負けて助手さんの脳を奪うんだ。
お母さんの姿がオーバーラップして胸が苦しい。
違う。これは僕じゃない。
アルが言っていたじゃないか「あまり感情移入するな」と。
エトナさんの感覚から一歩引いて冷静に状況を俯瞰する。
そのとき、実験室のドアが開いて助手さんが戻って来た。
「主任、ヴェリテの固定が……」入口で助手さんが固まった。
急いで用意したらしいステンレスの円筒が、音を立てて足元に転がる。
「戻ったか。ヴェリテ、確保しろ」
床から三十センチくらい浮上していた体が音もなく入口に進む。
「近寄らないで! こっちに来ないで」助手さんが後ずさりながら悲鳴混じりに叫ぶ。
また、瞬間的にエトナさんが抵抗するが、その意思を無視するように体は助手さんに迫る。
太い腕の先端が四つに開き指を形作る。
「いやあ!」
悲鳴を上げる助手さんの首を無造作に掴む。
「よし、ORに運んでで処置をしろ」
映像が、三人称視点に切り替わり停止した。さっきと同じ実験室を見下ろす視点だ。
ああ、手術の光景を僕に見せないためだな。
助手さんが連れ去られて、約三時間後の時点から映像が再開された。
『生体脳の接続に成功。ただし、脳脊髄液の循環不全により検体は五分後に機能停止』無機質な声がスピーカーから響く。
助手さんが死んじゃった。こんなに簡単に……。
「重要臓器を失ったヴェリテでは生体脳の運用は無理か……。現場に残すなら別のものにしろ、四課の無能どもめ」主任が悪態をつく。
ヴェリテ奪取と偽装工作を担当した、宇宙機運用管理局四課のことだ。
「ヴェリテ、助手の脳は廃棄しろ。実験室に戻ってこい」
主任はそう命令しながら入口に残された二本のステンレス製円筒を拾う。
ヴェリテが実験室に戻って来た。
「ヴェリテ、この研究施設の制御中枢を無力化しろ。ここには機械知性がいない。簡単だ」
たしかに、機械知性のエトナさんに対抗できる地球製のシステムは存在しないだろう。補完機能もそう告げている。
刹那、実験室の照明が落ち赤い非常照明に切り替わる。
「すぐに自律ロボットが制圧にやってくるぞ。制御中枢から独立した兵器だ。全て排除しろ」
ヴェリテにステンレスの円筒を渡す。
「これがお前の武器だ。この円筒内に鉄イオン粒子束を生成、加速して撃ち出せ。円筒への干渉は極力抑えろ」
こんなものが無くても荷電粒子を放出できるが、基準点になる物質があった方が効率がいいみたい。
主任はそう言い残すと最初にヴェリテがいた位置に移動。
防御隔壁を展開してその中に身を潜めた。
三分後、轟音ともにドアが吹き飛ぶ。
二体の二足歩行のロボットが侵入してくる。
逆関節の脚部に、大口径銃が載った体高一メートルほどのロボット兵器だ。
大口径銃が発射炎を上げる。これは実弾銃だ。
十数発が、ヴェリテの大きく張り出した胸部に命中。
さっき生体脳を接続したはずの胸部は今は閉じている。
中枢制御体によって自由に開閉できるようだ。
胸部表面に波紋のような模様が現れては消えていく。
銃弾が当たっては衝撃が減衰する過程がよく分かる。
ぱらぱらと足元に落ちる銃弾。ヴェリテに足は無いけれど……。
瞬間、実験室に閃光が走る。
ほどなく閃光が消え、静寂に包まれる。
床に転がるのはロボット兵器の残骸。壁にはクレーター状の着弾痕。
鉄イオン粒子線による破壊の痕だ。
うわっ、アルはこんなのと戦っていたんだ……。
細い一対の腕が、両手にステンレスの円筒を持っている。太い腕と同じ四本指。
この細い腕は、精密作業用の補助腕だ。
「制圧部隊の排除完了」
どこからともなく声が響く。
ヴェリテは、円盤型の頭部の上面を振動させて音を出すんだ。
『よし、そのまま警戒。まだ来るはずだ』スピーカーから声がする。
防御隔壁に閉じこもった主任の声だ。





