奪還作戦 ゼロアワー
『EVAを見てたよ。器用なもんだね。そろそろ戻ってきな。始めるよ』コハクから通信が入る。
「了解。すぐに戻る」
振り返ると予想していた位置と寸分違わずに跳躍艇があった。
並列思考は本当にとんでもない機能だ。
空間識失調の可能性について警告されたので、マニューバの最中も跳躍艇に意識を向け続けていたのだ。
音声の入出力を増やせば、十人同時でも会話ができそうなほどだ。
まあ、作戦開始前に並列思考の実力を実感できたのは僥倖なのだろう。
白い触手の開口部から跳躍艇に戻る。
「お帰りなさい、アル」ジーンが迎えてくれる。
「十全に使いこなせていますね。これなら大丈夫そうです」ノワールが安心したように言う。
「いいかい。拙とジーンは跳躍艇で待機。アルを主軸にノワールは援護だ」
「あんたは戦わないのかい?」コハクに聞いてみる。
「戦えると思うのかい?」
「いや、それは無いな……」太り過ぎだろ。
「拙は跳躍艇で管制でもするさ。たいていのものは見えるからね」
じとっとした目で睨まれた。自覚があるなら痩せろ。
「では待機位置につく」
「アル、気をつけてね」
ジーンに見送られ、ノワールを連れて触手の先端まで移動。
「待機位置についた。セレスに寄せてくれ」
『セレスから約千キロ離れたレーザー受光パネルまで跳躍艇を隠蔽して接近する。そこからは自力で行きな』
「了解。受光パネルに着いたら合図をくれ」
『パネルに着いたよ』待つこと三分。コハクから連絡があった。
「それでは作戦開始だ」俺は宣言した。
セレスに向かって跳躍。ノワールも同時に跳ぶ。
「ノワール、俺の背後に張り付いていろ」
「ライダーを警戒しているのですか?」
「そうだ、いたるところに設置してあるからな」
セレスは、金属を蒸着した合成樹脂の膜で覆われた金色の球体だ。
九年前に初めて見たときはその姿に圧倒された。
その感動は今見ても変わらない。
金色に輝く海のようにも見える薄膜の内部には、焼成レゴリス層、氷の層と続き、人間が活動する空間を守る最後の砦は、炭素繊維に守られた分厚い放射線防護層だ。
準惑星セレスを、これほど大掛かりに作り変えた開拓者たちに頭が下がる思いがする。
『そろそろセレスから百キロ圏内に入るよ』セレスに見とれているとコハクから通信がはいった。
「分かった、頃合いだな。指揮を代行している補助ユニットに接触を試みる」
『さっさとやりな。そいつが無事だといいね』
「補助ユニット、キース・エヴァレットだ。まだ生きているか?」たずねながら認証データを送る。
『照合クリア。周辺監視網の大半を喪失。だが、本機は正常に稼働』
「元気で何よりだ。異常は無いか?」
『敵一体が潜伏中の可能性大。現在位置は不明』
「いいさ、現在、セレスに向かっているところだ」
『警告。メインポート外壁に破損警報。破損個所の正確な位置は不明』
来たな。
「ノワール、ヴェリテが来るぞ。俺の三百メートル後方を維持」周辺監視網からのライダー波の反応は無い。ノワールが見つかる心配は無さそうだ。
『了解です。ヴェリテの死角になる位置を維持します』
『アル。前方からヴェリテが接近して来るよ。約六Gで加速してるね』コハクからの通信。
「了解、俺からは目視できない」
『ヴェリテは簡易的な隠蔽ができるようだね。心配ないよ。マーカーを表示する』
「それは心強いな。よろしく頼む」四つの三角形に囲われた表示が現れる。
その中心にぼんやりとした影が浮かんでいる。ヴェリテだ。
『見えたかい? マーカーに意識を集中するんだよ。拡大、縮小ができる』
「これは便利だ。細部まで見える。ところでヴェリテはどうやって飛んでいるんだ? 今は重力推進が使えないのだろう?」
『詳細は後で話すが、重力の前駆粒子を 《ストラクチャ》から引っ張って来てるのさ』
「なるほど、よく分からん」
『こまかいことは気にしない精神が大事ですよ』ノワールが茶々を入れる。
「いや、ヴェリテの機動力が知りたいだけだ」
『我々のスラスターとたいして変わりません。反動制御はされていませんね。瞬間最大出力は十Gと予測』
「その加速度は二人に味わわせたくないな」
『ヴェリテの資料を見る限り、脳の保護は厳重に行われています。十分に耐えられるでしょう』
「そうか、気にせずに戦えるのは助かるな」
『少し高揚していませんか?』
「そうだな。自覚はある」
ノワールの言葉どおり俺は高揚している。
セレスでの惨劇、あのときの俺は無力だった。
抵抗すらできなかった。
だが、今の俺なら十ニ分に戦える。
今度こそ二人を連れて帰る。
絶対にだ。





