The Ceres tragedy (セレスの惨劇)
俺はセレスで起こった惨劇をジーンに語りはじめた。
昨日のことのように覚えている。
――「そろそろセレスが目視できるはずだ」
「見えた。全員、簡易装甲服を着用してくれ。キース、いつも済まないが偵察を頼むよ」
「了解。気にするな」適材適所だ。
「いよいよね、セレスは初めてだわ!」アリスはいつになく上機嫌だ。
「気を抜くなよ。嫌な予感がする」
「……分かったわ。キースの勘はよく当たるものね」
俺の予感に従い、メインポートを避けて作業用のメンテナンスハブにドッキングする。
船内エアロックで待機している俺たちに、ドッキング・フィクスチャを通してセレス側の情報が入ってくる。
「与圧状況良好。動力に問題無し。中央制御システムも正常。ただし統括知性 《セレス》からの応答が無い」
「機械知性の故障かい? いやそれはないかな……」その通りだ。機械知性に故障という概念はない。あるとしたら、それは「怪我」や「病気」、もしくは「死」だ。
「ここからでは状況が分からん。偵察に出る。二人はこの場で待機だ」
そう言い残して、俺はトランスファー・トンネルを抜ける。
狭い気密トンネルを抜けると、そこはエアロック予備室。
この先には広大な資材デポがある。予備室は気密を担保するための冗長施設だ。
壁に設置されたコンソールから直接統括知性にアクセスを試みる。
フィクスチャ越しのアクセスと同じく応答無し。だが、補助ユニットから回答があった。
『統括知性セレスの現状不明』
「補助ユニット、お前が指揮権を継承しているのか?」
『限定的に肯定』
「了解。ノーザンエンド大規模セツルメント、調査課所属、キース・エヴァレットだ。セレスとの通信途絶の調査に来た。途絶の原因を説明せよ」身分を明かして、認証データを送る。
『照合クリア。異星種族の襲撃の可能性大。統括知性セレスは死亡と推定。エマージェンシー・プロシージャに従い、地球との通信を遮断』
たしか、地球が攻撃目標になるのを回避するための手順だったか。
「状況を理解した。現在、施設内に敵性勢力は存在するか?」
『肯定。少なくとも敵一体を確認』
「敵の現在位置、記録映像、何でもいいから出せ」
『多数のセンサーが破壊されたことにより、敵の現在位置不明。ただし存在予想範囲は限定できる。データを表示する』
ディスプレイに敵の存在予想範囲が表示された。メンテナンスハブも範囲内だ。
不味いな……。これなら、メインポートの方が安全だったかもしれない。
ハブには補給用の通路が集中している。多方面から侵入が可能だ。
メインポートも存在予想範囲に入っているが、物資搬入路と人員移動用のメイン通路、スタッフ用のサブ通路の三つの経路しかない。
いや、メインポートに敵が潜伏していた場合、退路が限られるな。これは痛し痒しといったところか。
ここは一旦退くか……と判断した瞬間、警報音が響く。
『メインポートの急減圧を感知、エアロックの気密喪失を確認、異常事態です』
「映像を回せ!」
ディスプレイにメインポートが映し出される。奥に見えるのがエアロックだ。
内扉、外扉ともに大穴が開いている。
『敵の破壊行為と推定。敵の位置不明』
「探せ、まだ近くにいるはずだ!」
『レーダーに感無し、LiDAR<ライダー>に微弱な反応』
「それだ! どこに向かっている」
『メンテナンスハブに接舷中の惑星系内シャトルが目標の可能性大』
「ナルヴィ、敵が向かっている。すぐに離脱しろ!」シャトルに緊急通信を送る。
『キースかい、敵って?』
シャトルからの通信に爆発音が混じる。
「どうした、大丈夫か!?」
『……シャトルになにかぶつかって……シャトル内は急速減圧。ナルヴィは衝撃で気を失ってるわ』十数秒後に返信。アリスだ。
トランスファー・トンネルに飛び込む。
「今向かっている。持ちこたえろ!」
『エアロックに何かが侵入しようとしてるわ……』アリスの声に何かが破壊される轟音が重なる。
『今からエアロックを開ける。ナルヴィを連れてこちらに移乗しろ!』トランスファー・トンネル側のエアロックを緊急開放手順で強制的に開放。
続いて、シャトルの外部扉へアクセス、反応無し。セーフティーロープをレールにロック、手動開放レバーを力任せに引き起こす。
ヘルメット内に気圧警報が鳴り響く。シャトル側が負圧だ。
ロックを手早く解除、気流に乗りシャトルに躍り込む。
内部扉も破壊されている。そのまま真空のシャトル内に。
狭いラウンジにそれはいた。
直径一メートルを超える円盤状の頭部。等間隔に並んだ器官は目か? 異様に膨らんだ胸部、太い腕が二本、足は無い。
その異様な風体を見て戦闘用ロボットを疑ったが、妙に肉感的な質感から生物の可能性も脳裏に浮かんだ。
太い腕の先端は四つに分かれている。手と言っていいのか……。その両手が、簡易装甲服のヘルメットをそれぞれ掴んでいる。
ヘルメットが何を意味するかに気づいた瞬間、無反動銃を構えていた。
胸部に向かって三連射、手応えは薄い。この距離だ。確実に命中している。
腰のウェポンラックからパルスロッドを引き抜き、異形に向けて投げつける。
胸部中央に命中するが明らかに効いていない。
パルスロッドは直径二センチ、長さ十五センチほどの円柱状の投てき装備だ。
先端が接触すると衝撃波を発する。傭兵時代に愛用していた護身装備だ。
殺傷能力は低いが、衝撃波を食らえば屈強な兵士でも一発で気絶する。
敵の体表に衝撃が走ったがすぐに減衰した。
銃弾が貫けなかった理由が垣間見えた。
皮膚に衝撃を減衰させる機能があるようだ。防弾着を着ているようなものだ。
小口径弾やパルスロッドでは効果がない。肩にかけていたパルスライフルを構える。
その瞬間、敵の両肩の後ろから細い二本の腕が現れる。太い腕に隠れて今まで見えなかった。
右腕の四本指は短いロッドのような物を持っている。
ロッドがこちらを向いた瞬間、嫌な予感が走りライフルで胸元を防御。
閃光が走ると同時に胸元のライフルが爆散。
胸から下の感覚が消失。フェイスプレートの表示がダウン。
血圧が急激に下がる。ショック症状だ。意識が朦朧とする。
閃光で白くぼやけた視界に敵が迫る。二つのヘルメットを掴んだまま。
細い腕が、先ほど閃光を放ったロッドを手放す。
代わりに手品のように現れたのは薄い円盤だ。円盤が回転を始める。
もう片方の細い腕が伸びて俺の肩を抑え込む。
敵が円盤を握った腕を振りかぶる。
ああ、こうやって二人の首を落としたんだな……と沈みそうな意識の中で納得する。
敵が腕を振り下ろす。
刹那、敵との間に何かが割り込む。
「黒猫……?」
意識混濁による幻覚かもしれない。きっとそうだ……。
俺は意識を手放した。





