ポイント・ズールーにて
氷原に口を開けたトンネルの入り口をくぐり、長い下り坂を慎重に進む。
百メートルは下ったと思った瞬間、突然視界が開けた。
トンネルをくぐった先にあったのは氷壁に囲まれた大きな広場だった。
太陽光レーザー変換施設 《フェイルノート》からの定期的なレーザー照射で、ここだけ氷がくり抜かれたような広場ができている。
昏く赤い空を見上げると、氷壁の上端が朱に染まるように輝いていた。この時代の夕暮れの風景だ。
直径一キロほどの広大な広場の真ん中に、ぽつんと一つの建物が建っていた。
球体が地上に半分顔を出したようなドーム状の建物だ。高さは四十メートルくらいはあるかな。
「これがポイント・ズールー……」
初めて見る外部の施設に僕は感動していた。
以前は、基礎学校の修学旅行で、ポイント・ズールーに行っていたそうだ。
何か不都合でもあったのか、今ではその行事自体が無くなってしまった。
僕は調査課の氷原行動訓練で地上に出るから、全く外を知らないわけじゃないけれど、氷原にこんな大きな建物が建っているのは初めて見た。
「アル、すごいね……」
「ああ、だが油断するな。ハブ・ジャッカーもこの施設を狙っている」
「分かった。周辺を警戒しながら接近するよ」
「よし、ポイント・ズールー管制に進入許可を取れ」
「ポイント・ズールーコントロール。こちらノーザンエンド大規模セツルメント調査課所属のセンチネル。進入許可を要請」回線を開く。
『LSSNE Sentinel, PZ Control. Cleared to enter Hangar 3.』英語で応答が返ってくる。
こちらのスタンダードは理解してくれるし、センチネルのシステムが通信をスタンダードに翻訳するので困ることは無い。
『ノーザンエンド大規模セツルメント所属のセンチネル、こちらポイント・ズールーコントロール。三番格納庫への進入を許可する』透明セラミック窓にテキストが投影される。ほらね。
二回送信ボタンをタップして了解の意を伝える。
ゆっくりとポイント・ズールーに接近する。特に異常は感じられない。
三番格納庫の方向を示す案内がドーム壁面に表示される。
それに従ってドーム型の建物を回り込んで進んでいくと三番格納庫に到着。
「着いたよ。認証データを送信するね」
照合が問題無く終わり、エアロックがゆっくり開いていく。
二重の扉が交互に開いてセンチネルを迎えいれる。
そこは五十メートル四方くらいの駐車施設だった。
アルに目をやると壁の点検口を見つめている。何だろう。
「どうしたの、アル?」
「問題無い。気にするな。降車準備だ」
「分かった。事後点検を始めるね」
水素タービン、伝導系、履帯を含む脚部、補助作業腕、各装備の状態、ヴェトロニクス、順にチェックしていく。
最後にプルトニウム発電機の接続を解除。降車してコクピット下部のメンテナンスパネルを開ける。
大きめの弁当箱のような発電機を取り外してじっくり眺める。
トールは、大昔の外惑星探査用って言ってたけれど、これ絶対に当時のものじゃ無いよ。
だって、センチネルのシステムと接続できるんだもの。
《豊穣の角》のデータバンクは曲者だ。骨董品扱いされるレベルの品物に、時々過剰な機能が組み込まれていたりする。
誰が設計データを入れたんだろう……。
簡易耐寒服のポーチから携帯コンソールを取り出す。
試しに、近距離にあるデバイスを検索してみると、『MMRTG01』がヒットした。
接続を試みると『接続できません。権限を持つデバイスからアクセスしてください』と表示された。
「ねえ、アル。プルトニウム発電機に接続してみて」大声でコックピットに呼びかける。
「了解。接続できるな。発電量の変更、内蔵蓄電池への充電状態、出力電圧の選択、結構多機能だな」いつのまにか隣に来ていたアルが答える。
「どうする、アル。センチネルの点検と整備を始める?」
「いや、先に休息しよう。ここのシステムに確認したがハブ・ジャッカーが侵入した形跡は無い。ゆっくり休め」
アルは、ポイント・ズールーの定期点検時に使用する休憩室に連れて行ってくれた。
ここの入り口にも小さなエアロックがある。耐寒服に着替えるためにエアロックなのかな。
「簡易耐寒服をここで脱げ。定期点検時は全館暖房を入れるんだが、今回はこの休憩室だけだ」
簡易耐寒服を脱いで、備え付けのロッカーに吊るす。
インナー姿になるとちょっと肌寒い。発電機を抱いて暖まりながら部屋に入る。
部屋はすぐに暖かくなった。壁がディスプレイになっているらしく、摂氏二四度と表示されている。
厚手のカーペットにローテーブルやソファが配置された快適な部屋だ。
ふうと息を吐いてソファにくつろぐ。
「さすがに疲れたか。奥に寝室がある。寝てもいいぞ」
「ううん、しばらくこのままでいるよ」
休憩室に落ち着くと、今日の戦闘のことを思い出してしまった。
センチネルの左腕で弾いたアイス・プレーンの二人。
十二ミリ機関銃で穴だらけにしたフロスト・レンジャーに乗っていた誰か。
少なくとも三人は殺した。僕のこの手で……。
「戦闘のことを思い返しているのか」アルが聞いてくる。
「うん、人を殺しちゃったなって……」
「そうか。ジーンの反応は正常だ。俺も未だに慣れない」
「アルも? 歴戦の傭兵なのに?」
「そうだ。人を殺してしまったときは祈りを捧げている。神なんか信じちゃいないのにな」
「そうなんだ……」
僕も祈ろうかな。静かに眠ってくださいと。





