孤狼の回想 2
地下の小部屋からのシャフトは、車両格納庫につながっていた。
俺たちが乗ってきたフロスト・レンジャーが置かれている格納庫を見渡し、「ここね」とアリスが隅にある点検口を指さす。
「この点検口は、定期点検でいつも開けているけど、排水ポンプが設置されているだけだよ」ナルヴィはそう言いながら点検口を開く。
そこにあったのは排水ポンプではなく露出したシャフトの上端だった。エレベーターの扉のようなものがついている。
「これは……偽装されていたのか。巧妙だな」俺も点検口を覗いてみると脇に退避した排水ポンプが見える。
「保守通路があったわ」点検口に潜り込み内部を調べていたアリスが言う。
シャフトのそばにハッチがある。それを開けて見下ろすと直径一メートルほどの縦穴が地下に続いていた。梯子で昇降するようだ。
「キース、先行偵察を頼むよ」ナルヴィが指示する。
俺は傭兵稼業をしながら世界中を巡っていた経験がある。俺が斥候を担当するのは適切な判断だ。
「先行して状況確認を済ませる。合図をしたら追ってきてくれ」実弾銃の装弾を確認して梯子に足を掛ける。
保守通路は赤い非常照明で淡く照らされている。どこからか、かすかな機械の作動音がする。
注意深く梯子を降りると下端についた。
ここからは水平に保守通路が伸びている。立って歩けるだけの高さがある。
ゆっくりとシャフトに沿って進んでいくと正面に大きな扉があった。
扉の前に立つと自動的に扉が開く。
慎重に部屋に入ると同時に照明がついて明るく照らされる。
「停滞カプセルか……」
小部屋の中央に鎮座していたのは、極めて貴重な停滞カプセルだった。
カプセル内の時間の歩みを遅らせて内容物を長期保存するための装置だ。主に緊急救命に使われる。
停滞カプセルは、万能自動工場 《豊穣の角》と同じく出所不明の拾得機械だ。
太陽系事変の直後、メインベルトの名も知れぬ小惑星で発見された。
「安全を確認した。二人とも来てくれ。すごい物があるぞ」通信機に呼びかける。
『了解、すぐに行くよ』ナルヴィの返事。
二人が来るまで停滞カプセルを調べるか。
停滞カプセルの外観はグレーの卵型のカプセルで、容量的には大人一人が収まる程度だ。
従軍していた時、救難技術の講義で概要は知っている。その時の指導教官は「地上でお目にかかることはまず無いがな」と言っていた。
停滞カプセルの脇にあるコンソールに取りつき、メインメニューを表示させる。
停滞カプセルは、謎の文字列を表示するが、機械知性のライブラリに該当言語が収蔵されていた。
《エンテ》語というらしい。
機械知性によって翻訳版の操作マニュアルの作成、配備が行われた。
地球人はそのマニュアルを使って、停滞カプセルを操作している。
俺は常に携帯しているマニュアルをメディックポーチから取り出した。
いくつかのボタンと『項目を選択してください』の文字。
その文字は、驚くことに太陽系標準言語で表示されていた。
ポイント・ズールーのシステムは英語表記だった。警報アナウンスも英語だったな。
ポイント・ズールーは、太陽系事変以前に建設された施設だ。
異星種族のシステムをベースに地球人が理解できるように翻訳機能を付与したのだと推測できる。
制定されて日が浅い太陽系標準言語を嫌って、カナダ自治区の連中は馴染み深い英語への翻訳を選択したのかもしれない。
だが、太陽系事変後に発見された停滞カプセルがなぜここにある?
しかも 《エンテ》語表示のはずなのに、スタンダードで表示されている。
疑問はつきないが、気を取り直して『収納されているオブジェクトについて』のボタンを押す。
ずらりと内容が表示される。
生体、ヒューマンレース、男性、一歳、状態……。
流し読みしていくと、ジーン・クロケットの名前を見つけた。
「この子の名前か……」
不思議な響きの姓だ。CrockettではなくCroquette。
どこかの自治区の名物料理だったような気もする。
考え込んでいると、後ろから声を掛けられた。
「何を見つけたんだい、キース?」ナルヴィたちが到着したようだ。
「ああ、これだ。しかも中身入りだ」脇に避けて停滞カプセルを見せる。
「確かにすごいものだね……」
「これって停滞カプセルよね?」
「そうだ。しかもスタンダード表示のレア物だ」
「なんでこんなものが……」
「さあな。さて、どうしたものか」
「ジーン・クロケット、一歳……まだ幼児じゃない」アリスがとまどいの声をあげる。
「なんにしても、保護するべきだね。子供を放置するわけにはいかないよ」ナルヴィらしい言葉だな。
「賛成! なんなら養子にしても」
この二人には子供がいない。不妊症のせいで諦めかけていると聞く。
「待て、軽々しく決めるな。停滞カプセルに入れたのが誰かも分からない。誘拐された可能性すらある」不本意だが一応アリスに警告する。
「それはそうだけど。犯罪者が気軽に使えるような物じゃないでしょ……」
「とりあえず、カプセルごと持ち帰ってノーザンエンドで解除しよう」
ナルヴィが決めたなら従うまでだ。
非常脱出装置を起動して格納庫へと搬送する。
定期点検を切り上げ、フロスト・レンジャーを駆って帰投する車中、ナルヴィとアリスは黙り込んだままだった。
俺は調査課に無線で報告を上げ受け入れ準備を要請した。
帰投してからが大騒ぎだった。
まず、幼児の停滞状態を解除して医療班の健康チェック、救護室で二四時間体制でのモニタリング。
その間、アリスはずっと付き添っていた。
ナルヴィは、ジーン・クロケットという名前からデータベースを調べているようだが、手掛かりは見つかっていない。
俺は、ポイント・ズールーの過去の調査結果や資料を当たっているが、こちらも期待できそうにないな。
ようやく、ジーンの健康状態に問題無しと判定されて、福祉課が孤児育成プログラムが適用できると提案したが……。
「私が育てるわ!」アリスが声を上げた。
「昔、小惑星連合には養親制度があったでしょう? 僕たち夫婦は養親の基準をクリアしていると思う」ナルヴィが援護する。
そうか、養子にすることを本気で考えていたんだな……。
「お前たちの事情は知っとる。だが子育ては大変じゃぞ? 血を分けた子供でさえもな」居合わせたドナルド爺さんが静かに言った。
爺さんは若いころに、まだ幼い子供を亡くしている。シェルターを襲った感染症のエンデミックが原因だ。
「それでも……運命的なものを感じるの」
「僕からもお願いします」
「そうか……。評議会には儂から話を通す。しっかり育てろ」
こうして、ジーンはナルヴィとアリスの息子になった。





