意外と大胆?
(……ふふっ。先輩ってば、意外と大胆なんですね。突然、さっと手を引いてこんな狭いところに――)
(……あの、降宮さん。僕の不躾な行動に関し大変申し訳ないとは思っていますが……ですが、今は馬鹿みたいな冗談を言ってる場合ではなく――)
(なんか失礼なこと言われた!? せめてオブラートに包んでください!!)
それから、ほどなくして。
声を潜め、馬鹿みたいな応酬を交わす僕ら。まあ、誰も聞いてはいないから恥ずかしくは……いや、そもそもこの状況自体が恥ずかしいんだけども。
さて、今どういう状況なのかというと――階段の裏の狭い空間に、降宮さんと二人ひっそりと身を潜めているわけで……うん、ほんとに申し訳ない。だけど、それには一応の理由があって――
「……ねえねえ、拓也先輩。次はどこ行きます?」
「……そうだね、鈴奈ちゃんは――」
そう、微かに届く男女の声。そして、男性の方だけれど――僕らの同僚たる大卒三年目の美男子、吉川拓也くんの声で。
(……あの、真織先輩。そもそもの疑問なのですが……隠れる必要ありました? 私達)
(……いや、まあ、それは……)
すると、ほどなく声を潜めつつそう問い掛ける降宮さん。……うん、そう言われてしまうと返す言葉もないのだけど、それでも――
(……ですが、降宮さん。盗み聞きしたみたいで申し訳ないのですが、確か今日って吉川くんに食事のお誘いを受けていた日ですよね? もちろん、お断りしたことに問題があるわけではありませんが……それでも、今ここで出会すのは少々マズイかと……)
(……まあ、先輩のことですし、そういうお気遣いをしてくれたであろうことは察せましたが……ですが、それこそ心配ご無用かと。むしろ、私がお断りした私用という理由にも十分に合致するかと。例えば、一人でフラフラしているところに出会す方がよほど気まずいですし)
(……まあ、そう言われると確かに……ですが、その私用というのが僕とのデ、デートとなれば吉川くんは不快に思ってしまうのでは……あっ、もちろん降宮さんが悪いわけではないのですが!)
そう言うと、一定の納得は示しつつも異論を口にする降宮さん。……まあ、そう言われると確かに、とは思うのだけど……でも、やはり僕と一緒にいるところを見られるのは――
(……あの、降宮さん?)
(……いえ、別に)
ふと、そう尋ねてみる。と言うのも……隣におはする後輩の美少女が、何ともご機嫌斜めなご様子で顔を逸らしているから。……えっと、急にどうし……いや、それもそうだよね。今更だけど、甚だ狭い空間ゆえ僕なんかと密着している状態なんだし。
「――いや〜すっごく楽しかったですね、先輩!」
「はい、とっても。本当にありがとうございます、降宮さん」
「いえいえ、こちらこそ」
それから、数時間後。
黄昏に染まる帰り道にて、藹々とした雰囲気でそんなやり取りを交わす僕ら。この感じだと、今はもうすっかり機嫌が良くなっているようで……うん、良かった。
あの後、幸いにもあの状況――階段の裏で身を潜めていたあの状況で見つかることもなければ、その後も一度も出会すこともなく……うん、ほんとよく会わずにすんだよね。広い館内とは言え、数時間もいたら一度くらいはどこかで……ひょっとして、わりと早めに帰ったのかな?
「――それでは、今日を祝してぱあっと一杯やりましょう!」
「……いや、何のお祝いですか」
「へっ? そんなの、決まってますよ。初デートを祝して、です!」
「……な、なるほど……なるほど?」
すると、乾杯っぽい仕草をしながら朗らかに告げる降宮さん。……うん、お祝いすべきことだったのかは僕には分からないけど――
「……明日はお仕事なので、ほどほどにしましょうね」
「はい!」
ともあれ、断る理由もないので承諾。すると、パッと花のような笑顔で僕の手を引いていく降宮さん。そんな彼女に、僕も思わず微笑んだ。




