第八話 黒雲天の謝罪と、新たな歪み
騒動から一日を跨いだ朝方。
いつもの様に館の外を巡回していた鎧姿の黒雲天に、真宵と休館酪が訪れた。
「黒雲天さん!……昨日は申し訳ございませんでした!」
「本当にごめんなさいでちゅう……黒雲天」
二人が揃って深々と頭を下げる。
黒雲天は、鎧に覆われたまま微動だにせず、言葉も発さなかった。だがやがて、腰のあたりからすっ……と一通の封書を取り出し、休館酪に差し出してきた。
「これは……」
「なっ……なに?ねずみちゃん」
「所感、でちゅね」
「所感……?」
真宵は首をかしげる。
「黒雲天は、言いたい事がある時は、あらかじめ文書にしたためて渡してくるでちゅよ」
「果たし状みたい……」
「ここで読んでもいいでちゅか?黒雲天」
問いかけても、返事はない。
ただ無言で立っている。
「読んでいいらしいでちゅ」
「えっ、なんで分かるの?」
「ダメな時は薙刀を振り翳してくるでちゅ」
「怖いよ……」
真宵は苦笑しながら、封を切った。
「え〜……何々。拝啓―お前らよくもやってくれやがりましたね……と言う恨み節をつらつらと書く事も出来ますが、この文書を渡していると言う事は、ワシはお前らを許したと言う事です。実際、お前らが原因ではありますが、暴走して暴れそうになったワシをすぐに止めてくれた事、その事を黙っていてくれた事には感謝しています。そして今回の一件、極度の人見知りであがり症のワシにも責任はあり。ただし次に同じ止め方をしたら首をはねるのであしからず。―敬具」
「……」
「……」
「……」
三人の間に沈黙が落ちる。
「えっと……ありがとうございます。許して頂けて。もう二度とこんな事はしない様に反省します」
「う、うん……その通りでちゅね」
二人が再び頭を下げ、きびすを返そうとしたその時。
黒雲天を覆っていた鎧が、静かに煙となって霧散した。
そしてその中から現れたのは――少女の姿の黒雲天だった。
「なっ……」
真宵と休館酪は驚愕して固まる。
黒雲天は少しだけ硬直した後、恥ずかしそうに頭を深く下げた。
「……………すまなかった、休館酪殿、真宵殿」
「黒雲天さん……こちらこそっ…いや、ありがとうございます」
「しゃ、しゃべ……姿……ど、どうしたでちゅか?黒雲天」
「……よ、鎧越しで、文書で、でっでは……謝罪ではないだろう。……ワシもいい大人なのだ……反省は態度で…行動で示さねば……」
噛み噛みの言葉。顔を赤らめ、俯きながら話す黒雲天。
――彼女の真剣な姿に、真宵は思わず微笑んだ。
「可愛かったね、黒雲天さん」
黒雲天と別れ、館内部を歩きながら真宵は笑顔で言った。
「……あそこまでの事があって、そう言えるのは中々に大物でちゅね、真宵」
「大物……人生で初めて言われたかも」
「黒雲天の本当の姿を見るのに、あたちは百年くらいかかりまちたからね。出会って数日でそこまで親睦を深めた真宵はかいきょでちゅよ」
「百年⁉︎それは本当に私たちとはスケールが違うというか、流石にもう少しお互い歩み寄りがあっても良かったと言うか……」
「うぐ……だって!、あたちは元はただのちっぽけな鼠妖怪で、相手は虎でちよ⁉︎」
「黒雲天さんって虎なんだ、何か可愛い耳生えてるな〜とは思ったけど、てっきりパンダかなんかだと」
「今回はすんなりいきまちたけど!癇癪起こすなり無言で薙刀振り回してきたり!会話するのに一々文書を何枚も用意してきてたり!ある程度互いを知って親しくなるまでぶっちぎりで怖かったんでちから!」
真宵はそんな休館酪を見つめながら、ふと「苦労人だったんだなぁ」と思った。
その視線に気づいた休館酪が、じとっと目を細める。
「……何でちゅか、その気持ちの悪い目つきは」
「気持ち悪いとは失礼な」
軽口を交わしながら、二人は館の一室を無造作に開けた。
――そこで、目にした。
部屋の中央に浮かぶ、円形状に歪んだ空間。
空間の境界線が揺らめき、明らかな異常がそこにあった。




