第七話 病室にて
――幻夢堂の館にある病室。
他の部屋に比べて装飾は控えめで、必要な医療器具が整然と並ぶ落ち着いた空間。その静寂の中、黒雲天はゆっくりと瞼を開いた。
寝ぼけた目でぼんやりと天井を見つめ、次の瞬間ハッと我に返る。周囲を見渡し、息を呑む。
「あっ……」
すぐ隣に座していたのは――闇暗大染。
黒雲天と目が合うと、大染は柔らかな声で言った。
「ああ、起きたか黒雲天。体調は……大丈夫か?」
返事はなかった。黒雲天の顔はみるみる青ざめ、額から汗が流れる。視線を逸らすようにキョロキョロと周囲を見回し、心中で叫ぶ。
(主殿っ……病室……ずっと側に? お手間をとらせていたっ! 返事、返事をしないとっ……! どうひてこんな事に……!)
必死に答えようとするが、口はパクパク動くだけで声にならない。
そんな黒雲天に、大染は微笑を浮かべて続けた。
「休館酪から聞いているよ。詳しいことは伏せられたが、客人と一緒になって君にイタズラをしたそうだね。それで君はショックを受けて気を失ってしまったと」
「あぅ……えっとっ……主殿。それはその、ワシにも落ち度が……」
「そうなのかい? ま、細かな事は今後話すとして――二人とも大きな怪我もなく無事で良かった」
そう言うと、大染の手が黒雲天の頭に置かれ、ワシワシと優しく撫でた。
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一方そのころ――。
病室の外では、真宵と休館酪がひっそり様子を伺っていた。
「ど……どうしてこんな事になっちゃったんでちょう……」
「……やっぱり隠れて会いに行ったのが悪かったんじゃない?」
「真宵が“黒雲天の本当の姿が見たい”って言ったからでちゅ」
「ねずみちゃんが、“本当は凄い美少女だ”って言うから」
「……」
「……」
重苦しい沈黙。そんな二人の背後から、ひょいと声がかかる。
「“バカになったらおいで”って言ったけどぉ……大バカになった場合はどうすればいいのかしらぁ」
振り返れば、そこにはいつもの笑みを浮かべる狐白甘美。
真宵は心の中で(この人いつも笑顔だな……)と思った。
「なっ……お前っ、な、何でここにいるでちゅか!」
「なぜってぇ……どこかのおバカさん達が黒雲天を気絶させたって聞いたから駆けつけてきたのよぉ?」
「うぐっ……」
休館酪は苦い顔を浮かべる。
「ま、とりあえずは大人しくしておいたら? 今の黒雲天が貴方達の顔を見たら、また取り乱してしまうわよぉ?」
「で、ですよね……他にはどうすれば……」
「そりゃ!」
「あいだっ!」
「ちゅう!」
デコピンをくらう真宵と休館酪。狐白は笑いながら言った。
「そんな事、自分で考えなさいなぁ」
「で……ですよね……」
「ちゅう……」
がくりと項垂れる二人だった。
⸻
その間も――病室の中では。
黒雲天は、長いこと大染に頭を撫でられていた。目を閉じ、寄り添うように体を傾ける。
「だいぶ落ち着いたかい、黒雲天……」
大染の声は優しい。
「はい……この度の失態、並びに主様にお手間をとらせてしまった事、たいへん申し訳ありませんでした」
凛とした立ち居振る舞いで、深々と頭を下げる。
「気にしないよ。失態と言っても日常の些細なトラブル程度だ。手間と言っても、この暇すぎる日常においては、黒雲天のために割く手間なら大歓迎だ。……久しぶりに黒雲天を撫でられて、むしろ嬉しいくらいだよ」
「……勿体無いお言葉です」
口調は凛としているが、顔はほんのり赤い。
「しかし……ここまで黒雲天を動揺させたのは少々驚いたが。無傷で、雷と薙刀をまとった完全武装の黒雲天を制するとは……俺でも出来るか怪しいぞ。休館酪め、そんなに成長していたとは」
大染がニヤリと笑うと、黒雲天は慌てて首を振った。
「いえ……あの、ワシを止めてくれたのは、客人の方で……」
「何? そうなのか? ……いったいどうやって?」
「はうあっ! あわわわ……ど、どうか! どうか聞かないで貰えると……!」
自らの言葉で墓穴を掘り、狼狽する黒雲天。
大染はそんな彼女を宥めるように頭を撫でつつ、心の中で思う。
(此度の客人……夢乃真宵、だったな。……少し面白いかもしれない)




