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第六話 黒雲天の秘密

 黒雲天から御守りを受け取って以来、真宵は一度も〈下異〉と遭遇していなかった。

 あまりの静けさに、ある時ふと気づく。


「……これって、もしかして相当すごいものなの? ねぇ、ねずみちゃんや狐白さんも持ってるの?」


 問いかけた瞬間、休館酪は目を剥いた。


「こっ……狐白さん⁉︎ なっ……会ったんでちゅか真宵! アイツと!」


「う、うん……まずかった?」


「いや……えっと、主様のお言葉添えもあるから無体には出来ないはず……。でも……真宵、あいつに何か言われたり、されたりしなかったでちゅか?」


「えっと……休館酪ちゃんを裏切って、私と組もう、みたいなことは言われたかも……」


「んなっ‼︎ やっぱりろくでもないでちゅ! いっつもいっつもあたちに嫌がらせをしてはほくそ笑んで! その上“悪意じゃない”とか言われても……ぶぎいいい!!」


「ぶぎい……?」


「とっ、取り乱したでちゅ……」


「うん、だいぶね」


 真宵は苦笑いを浮かべた。休館酪は一度深呼吸し、改めて問いかける。


「……い、一応……他には何か言われたでちゅか?」


「あ、えっと……“バカになりたかったらおいで”って。よく分かんなかったけど、それだけ」


「……バカになりたかったら、だと? それでバカに会いに行ってどうするでちゅか……!」


(うわぁ、相当溜め込んでるなぁ。……“ねずみちゃんの面目を潰して、どんな顔をするか見てみたい”って言ってたのは……絶対言えない……)


 真宵は心の中でそっと黙殺した。


「で、御守りのことだったでちね。……あたちも狐白も持ってないでちゅよ。〈下異〉の退治は、元々あたちたち使用人の役目でちから」


「へぇ……そうなんだ。確か“なんとか転生”とかいう妖術だったよね?」


「“昇格転生”でちね。石を金に変えたり、蛇を竜に変えたりできるでちゅ。簡単に言うと」


「へ……蛇を竜に? なんでもありすぎない?」


「蛇と竜は全くの無縁ではないでちゅよ。……ま、それほどの大業をなそうと思ったら、年単位の時間がかかるでちゅけど」


「そっか……じゃあポンっと生み出せるわけじゃないんだ。意外と大変なんだね」



 場面は変わり――暗がりに沈む洞窟。

 ここは館の一室でありながら、内部には自然洞窟のような空間が点在している。そこには、常識では考えられないほど巨大で整った宝石がいくつも群生していた。まるで果実の房が実るように、水晶玉のような球体が壁一面に並んでいる。

 ――宝玉の間。


 その光景の中、一人の少女が黙々と宝石を選別していた。名を、黒雲天。

 外見の年の頃は十代半ばほど。白銀の髪に虎の耳と尾を持ち、凛とした顔立ちは気高くさえある。普段の鎧姿ではなく、肩が覗くほど着崩した和服をまとっていた。


「これは……駄目。これは……まぁまぁ。これは駄目。駄目、駄目……これは良い。これはまぁまぁ……」


 流れ作業のように宝石を見極め、十数個ほどを厳選して取り出す。


「……今日はこんなものか。はぁ……主殿に頼んでもう少し近くに作ってもらおうかな……。いや、ワシも一作り手。洞窟を築く大労を思えば、軽々しく言える話じゃない。……主殿のために頑張るのに、それで世話をかけちゃ意味がない。それに……“使えない子”なんて思われたくないし……」


 小さくため息をつき、黒雲天は帰り道を想像して思わず首をひねる。


「……でも、やっぱり……誰かに代わりに言ってもらいたい、ような……」


「――あの、私が代わりにお願いしましょうか?」


 控えめな声に振り向くと、そこに真宵が立っていた。

 隣には休館酪の姿も。


「んびゃあぁぁぁあ⁉︎ はぁっ⁉︎ あっぁ‼︎ アババババババッ……うがぁぁぁぁあああああああああ⁉︎」


「壊れたでちゅね……」


「やっぱり、隠れて近づいて挨拶するんじゃなかったかなぁ⁉︎」


「そう見たいでちゅね!」


 黒雲天の身体を中心に、黒い渦が巻き起こる。鎧武者の姿へと変貌し、巨大な薙刀を呼び出す。雷鳴のような音が洞窟に轟いた。


「貴様ら何者だぁ‼︎ 不敬者が! ワシは黒雲天じゃあ! ガハハ‼︎ ワシはおっさんだぞ‼︎ ……ちがっ、ちがう! 初見さんいらっしゃい! ぶっ殺してやる‼︎」


 雷をまとった薙刀を振り上げる黒雲天。

 休館酪が慌てて叫ぶ。


「まっ、真宵!下がるでちゅ! ちょっとヤバいでちゅ! 黒雲天‼︎ あたちでちゅ! 休館酪でちゅよ! 別に言いふらしたりは――」


「うがあああああ‼︎ 天誅‼︎」


「ぐっ……〈無貌――」


「――あっ、大染様! お久しぶりです!」


 真宵の声が洞窟に響いた。

 ピタリと黒雲天の動きが止まる。雷も、渦も、薙刀も――全てが凍りついたように。


「……な、何言ってるでちゅか真宵?」


「いや、止めるにはもうこれしかないかなって咄嗟に……」


「こ……黒雲天? 聞こえてるでちゅか?」


 沈黙ののち――。


 ボフンッ、と黒い霧が噴き出し、鎧と薙刀は霧散した。

 その場に残ったのは、気絶して倒れ伏す黒雲天だった。

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