第二話 幻夢堂の散策(挿絵あり)
――翌日。
夢乃真宵は、まだ信じられない思いで目を覚ました。
昨夜は疲れ果て、休館酪に案内された客間で眠った。
起きてみれば、障子越しの光はやわらかく差し込み、部屋は昨日と同じく豪華絢爛。どうやら夢ではなかったらしい。
見知らぬ世界にいるという恐怖を覚えつつも、その非日常は真宵の胸をどこか高鳴らせていた。
襖が開き、白銀の髪を揺らして入ってきたのは休館酪だった。
「おはようでちゅう、真宵。よく眠れたでちゅうか?」
昨日一日共に過ごした相手だが、改めて見るとやはりこの童女の美しさと可憐さは際立っていた。
容姿、服装、身だしなみ、そして仕草。その全てが洗練されている。
真宵は少し気後れしながらも、飾らない言葉で答えた。
「うん……すごく。正直、寝られないと思ってたけど……ぐっすりだった。この布団、すごいね。ふかふかで、とってもいい匂い」
その返答に、休館酪は満足げに頷いた。
「ならよかったでちゅう。さて、今日は館の見回りの日課があるでちゅう。真宵も身支度を済ませたら、一緒に来るといいでちゅう」
「見回り……って、この広い館を?」
真宵は、昨日一人で歩き回ったことを思い出す。
どれほど歩いたのか分からないほど広く、際限がないように感じられたあの館。思わず躊躇いを滲ませた声が出てしまう。
そんな心情を察したのか、休館酪はくすりと悪戯っぽく笑った。
「そうでちゅう。ただし、全部を回るわけじゃないでちゅ。館は放っておいても修復するけど、“変化”があるときは兆しを見落としちゃいけないでちゅうからね」
子供らしい声色ながら、その説明は妙に理路整然としていた。
真宵はうんうんと頷き、客間に備え付けられたもので簡単に身支度を整えると、朝食のことを思い描きながら休館酪の後についていった。
⸻
最初に案内されたのは、広々とした庭園だった。
石灯籠が並び、池には錦鯉が泳いでいる。だがよく見ると、花々の色が人間界とは少し違っていた。
紫の桜、金色の萩、透き通るような青の菊――。
「……綺麗。でも、なんだか不思議な色」
真宵が呟くと、休館酪はすかさず答える。
「幻夢堂は主様が作り上げた場所。ここに咲く花も、現実とは違う“想像の産物”でちゅうよ。自然のようで、自然ではない。だからこそ、注意深く観察する価値があるでちゅう」
「これら全部が……想像の産物」
真宵は真紅の花弁をもつ花をひとつ摘み取り、じっと観察する。
それは美しく、同時に造形物にはない確かな生命を宿していた。
改めて周囲を見渡す。見たこともない幻想的な光景が果てしなく広がり、花々の種類は数百を超えるのではと思えるほどに豊かだ。
「いったい、ここを作るまでにどれほどの時間が費やされたんだろう」
「……それはあたちにも分からないでちゅう。あたちがここに勤める前から、広すぎるくらい広かったでちゅ。もう六百年くらい前でちょうか……」
「ろっ……六百年⁉︎」
真宵は驚きのあまり周囲を見るのをやめ、休館酪に向き直る。
不意を突かれた休館酪は視線を逸らし、自分の記憶を探るように指を折って数え始めた。
「あっ……ご、五百年くらい? いや、もうちょっと短かったでちゅか……? なにせ昔も昔でちゅから……」
「やっぱりねずみちゃんって、人間じゃないんだね。鼠の耳とか尻尾があるから、そうかなとは思ってたけど」
「その通りでちゅう。あたちは見ての通り、鼠の妖怪でちゅ。ただ……今は幻夢堂の使用人という呼び方の方が正確でちゅうね」
「そっか……なんか、すごいね!」
「ふふん、もっと褒めてもいいでちゅうよ?」
子供っぽく胸を張る休館酪の姿に、真宵は思わず笑ってしまった。




