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まだ名前も決まっていないバンドの物語

 高台にある大きな公園では、新人バンドばかりが集まったライブイベントが行われていた。

 屋根のあるステージの前には大勢の音楽ファンが集まり、流れる曲に思い思いに体を揺らしている。

 そんなライブ会場から少し離れた一画で、俺は一緒に来た仲間たちと口論になっていた。

 いや、口論というより『一方的な宣告を受けていた』という方が正しいかもしれない。


「申し訳ないけど、あなたにはバンドを抜けてもらうことになったわ。あなたより、もっとバンドのイメージに近いボーカルが見つかったから」

 呆然と立ち尽くす俺に、彼女は続けた。

「私たちだって、あそこで演奏している人たちのように、脚光を浴びて輝きたいの。だから、もう一緒にはやれない」

「どうしたんだよ。俺、何か悪いことした?」

「ほら、そういうところ。あなたはいつも何かが起きれば『自分が』って言う。あなたの歌って、強すぎるの。私たちの演奏とは噛み合わない。ステージに上がればあなたばかりに視線が集まって、私たちはまるで蚊帳かやの外。だから、1人ひとりが平等に輝けるバンドにしたいって、みんなで話し合って決めたの」

「…………そう、なんだ」

 言葉を失った俺は、唇を噛んで天を仰ぎ見た。

 空には黒い雲が広がっていて、間もなく大粒の雨が振り始めた。

「じゃあ、そういうことで」

 仲間と思っていたバンドのメンバー達は、あっさりと俺の元を去っていった。

(また一人…………か。みんな俺を置いて去ってしまう。あの人のように)

 雨粒は徐々に量を増し、ライブを中止するアナウンスが流れ始めた。

 撤収作業が始まり観客たちの目に失望の色が浮かび上がる中、自暴自棄になった俺は、気が付いたらステージに上がってマイクを握っていた。

(俺がいつかここで歌うはずだった曲、今歌ってやるよ。ドラムもギターも居ないけど、そんなの、もうどうだっていい)


 マイクをスタンドから外すと、拡張されたノイズ音がスピーカーから発せられた。

 どうやらPAの音声はまだ生きているらしい。

「A crowd of 1 姿を消した……皆が……」

 歌い始めた声が雨の会場に響き渡ると、屋根の下へと向かう人たちの中には、足を止めて振り返る人が出始めた。

(仲間からは「要らない」と拒絶された歌。だけど、あの人は俺の歌を好きだと言ってくれた。だから、聞かせてやる。この会場にいる全員に)

 そんなことを思いながら歌い続けていると、そこに楽器の音が加わった。

 抜けのいいひずんだギターの音が、横のアンプから流れている。

(メロディに合わせて即興で演奏? そんなことが出来るのか? いったい誰が?)

 顔を向けたその先では、さっきまでステージで演奏をしていた女性ギタリストが、まるで新しく買ったおもちゃを見るような視線をこちらに向けていた。

(この状況を楽しんでいるのか?)

 最初は試すように弾いていたコード音が、徐々に個性を帯びた音へと変化していく。

(スゴイ、もう曲を自分の物にしている)

 夢中になって歌を合わせていると、いつの間にかステージの前に人が集まっていた。

 雨の中、髪も服もずぶ濡れになって足を止めてくれている。

 彼らを見て俺は思った。

(俺、音楽続けよう!)


 ――― 7日後、調布市の音楽スタジオ


 ギターの女性はすいという名前で、週に一度調布市にある音楽スタジオで活動をしているという。

 あの日以来翠の出す音が忘れられなくなっていた俺は、誘われるがままに練習の見学にやってきた。

 ビルの自動ドアを抜けて中に入ると、その先にはショートヘアを金色に染めた小柄な女性が立っていた。

(可愛い子だな。スティックを持ってるってことは、ドラマーかな?)

 街中を歩いていたら目を引くであろうカラフルで派手なファッションが目に飛び込んでくる。

 彼女は俺の視線に気付くと、挙げた両手でスティック同士をカチカチとぶつけて鳴らし、こちらに駆け寄ってきた。

「おーい! キミ、みつみさんだよね? 時間ピッタリ。待ってたよ!」

「あ、もしかして翠さんと一緒にバンドを組んでる……えっと、」

「私は夏帆かほ。よろしくね。みつみさん」

 言うと、彼女は俺の周りを小型犬のようにグルグルと回り始めた。

「ふ~ん、黒髪のセンターパートに白のプリントTシャツか~。私は好きだけど、バンドのボーカルとしてはちょっと個性が足りないかな。せっかく顔が良いのにもったいないよ」

 彼女は身に付けていた皮紐のネックレスを取り外すと、手にぶら下げて眼前に掲げた。

「これ、あげるよ。トップのクロスは男性には可愛すぎるから、別のに変えてね。じゃ、膝をかがめてくれる?」

 背伸びする夏帆に促されて腰を下げると、彼女は背後に回り込んでネックレスを首に巻き付けてくれた。

「言っとくけど、コレ、タダじゃないからね」

「え?」

 疑問符が浮かび上がる。

(さっきあげるって言ってなかったか?)

「貸しひとつ。今度、ビッグバーガーおごってね」

 そう言うと、夏帆は俺の手をスタジオに向けて引っ張った。


「ここだよ」

 夏帆に案内されて防音仕様の重い扉を押し開くと、室内からベースの重低音が漏れ出してきて、肋骨をビリビリと震わせた。

 中を見渡すと、そこには練習スタジオとは思えない広い空間が広がっていた。

 アンプやドラムセットはもちろん、パソコンや大型モニター、ソファやゲスト用の椅子まで設置されている。

(随分と豪華なスタジオを借りてるんだな)

 驚いている俺の横に夏帆が並んだ。

「あたしたちのホームスタジオだよー。広くてびっくりした?」

「驚くよ、アンプだけでも1.2.3……、5台以上はある」

 機材が配置されている場所を改めて確認していると、室内に流れていたベースの音が突然鳴り止んだ。

 視線の先には、ベースをスタンドに立て掛けた1人の女性。

 羽織っていた長いジャケットは、細身で高身長のシルエットをより際立たせていた。

 ゆっくりと、こちらに向かって歩いて来る彼女は、ウェーブのかかった長い黒髪であるにもかかわらず、遠目には一見男性のようにも見える。

「お前がみつみか?」

「そうです」

「ボーカルやってるんだって?」

「はい」

「翠も物好きだな。一回歌を聞いただけのヤツをメンバーに入れようだなんて」

「俺が、バンドのメンバーに?」

 思いがけない言葉に戸惑いを覚えた。

 翠から「練習を見に来て」と誘われはしたが、メンバーになってほしいとは一言も言われていない。

 そして、当の翠の姿が見当たらないので、真相は確認しようがない。

「ウチらはさ、サポートを中心に活動する一匹狼だから知名度は低い。でも技術には自信がある。聞いてるかもしれないけど、翠はそんなスタジオミュージシャンの中でも選りすぐりのメンバーを集めてバンドを創ることにした。つまり、サッカーに例えるとナショナルチーム、日本代表って訳。お前、ウチらのレベルについてこれんの?」

 2人のやりとりを見ていた夏帆が間に入ってきた。

「あーもう、最初からそんなにギスギスしないで? たしかに彼は音楽を始めて間もないかもしれないけど、経験の豊富さと音楽の質って、必ずしも関係なくない?」

 夏帆はスタジオの中央へと俺の背中を押しながら耳打ちした。

「彼女のこと悪く思わないで。伊吹いぶきは、ただイラついてるだけだと思う。中々ボーカルが決まらないから」

「ボーカルが居ないの?」

「うん。でも、本当は居ないんじゃなくて、入ってもすぐに皆辞めていった。何人もね」

(何人も?)


 聞き返そうとしたその時、出入り口のドアが開いて、ギターケースを背負った翠が入ってきた。

 彼女は広げた両手を大げさに顔の前で合わせ、神社でお参りの時にするようにパンパンと音を立てて拍手かしわでを打った。

「ごめーん、遅くなった。さっきそこで貧血で倒れそうになっちゃって、そしたら偶然通りかかった超絶イケメンが私のこと支えてくれて、それでそのまま人工呼吸されそうになって、私胸がドキドキ…………」

「おいっ、人工呼吸されそうになるの何回目だよ。そもそも、意識が有るな心肺蘇生の必要なんてないから。ここは『理想の出会いを語る会』かよ」

 伊吹は呆れたしぐさを見せた後、俺を指差した。

「お客さん、来てるよ」

「あ、やっほー、みつみ。来てくれたんだね。よかったー」

 小さく手を振る翠に「まあ、そりゃ来るよ。約束だもん」と答えると

「さ、今日は楽しみますよ! 今日も元気だ。アイラブフェンダー!」

 彼女はそう言いながらギターを頭上に持ち上げてポーズを決めた。

 後で分かったことだが、これは翠の中で最近流行っているオリジナルの挨拶らしい。

 それにしても、今日の翠は3日前のステージ上の人とはまるで別人のように感じる。

 今の翠を等身大のクラスメイトに例えるとしたら、あの日見たのはいったい誰だったのだろうか。

 俺は翠のハイタッチに応じて

「あの日の翠のプレイ、ずっと耳に残ってて。だから今日は会えるのがすごく楽しみだったんだ。色んな曲、聞かせてくれる?」

 そう言うと。

「いいよ。じゃあ、先ずは手始めに『don’t say congratulations』からね。有名な曲だからみつみも知ってるでしょ? 歌える?」

 と、歌詞をスマホで検索するよう促された。


 人気バンドの名曲「『don’t say congratulations』」、シンプルな旋律とバッキング、故にアレンジは無数に存在するし、原曲となるものも曖昧だ。

 なぜなら、彼らはプレイごとにその時の気分で演奏を変えてしまうからだ。

(なるほど、音楽のセンスや相性を知るのにはいい選曲だ)

「了解」

 俺はマイクの前に移動し、口元に高さを合わせた。


 ドラムの席に着いた夏帆は、心配そうな目でアイコンタクトを交わしながら少し頷いた。

 もしかしたら、この同じシチュエーションで何人ものボーカルが歌うのを聞いてきたのだろうか。

 伊吹は半開きの目のまま、表情を変えずにベースを構えている。

 翠の瞳からは愛嬌が消え、あの時のあの人に変わっていた。


(また会えたね。あの日の出会いは運命だったのか、それともただの通りすがりだったのか。君はどっちだと思う?)

 マイクスタンドを握った俺から、音楽以外が遠ざかっていく。

「じゃ。始めようか」




 まだ名前も決まっていないバンドの物語


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