おかしな村
「リス?変わった名前ね」
四つ足の哺乳類に取り付けられた青年は礼儀正しく挨拶をした。
上半身は小綺麗なワイシャツと整えられた七三分けの、塩顔のごく普通の男性である。ヒグマか、アナグマか、それとも得体の知れない野生動物か…四足の生き物とは対照的だった。
「名など意味の無い事。あなたならお分かりでしょう」
「…ええ」
「ルシャ様がお会いしたがっています。こちらへ」
ゆうゆうと歩き、彼は先へ行ってしまった。
「えっ!ちょっと、ルシャってだれ?最高神?」
「いいえ。この土地を治めている姫君です」
「に、人間?え、え?」
人間が、人ならざる者を総ているなど信じられない。巫覡や使役者ならまだしも姫君と言った。
姫君とは、何を指すのか。
「…まあ、詳しい事は後で」
彼がトーンを下げ、湖を眺めた。姫君がいるにしては近代化された村だった。裏寂れてはいるが古民家風の建物はない。
山伏式神は歩きながらも"大きめな建物"から強い視線を感じた。窓から覗く暗い室内から獣に近い、こちらを捕食しようと言う視線。
「気になりますか?」
──半人半獣から問われ、頷いた。
「村民たちに住まいが与えられておりまして」
「人間どもがいるの?」
「はい」
あれは人間の視線ではない。人ならざる者の視線でもない。
「他の家に住めばいいじゃないの?」
「いかんせん人口が増えてしまったので、ははは」
しかし村を歩いている人は見当たらず、不思議な静寂が支配していた。彼はホラ吹きなのか?
「栄えてるようには見えない…」
「そうですか?私には良い村に見えますけどねえ」
楽しそうに彼は言う。
「そ、そう。そうかもね」
湖の"温泉郷"から少し離れ、おだやかに坂になった──観光スポットから離れた、地元の人々が住むであろう民家がまばらな地域。
平屋建てのものや、一戸建ての民家もある。だが越久夜町ほどの人口はない──ように見えた。廃墟化しているのか庭木や雑草が生い茂り、生活感がない。
その先に、丘の上に古ぼけた楼閣がある。
「あの建物にルシャ様がお待ちしていますから」
「ええ。たいそうな姫君ね。あんな派手な建物に住むなんて」
かの楼閣は4階建てくらいで、色は褪せているものの極彩色で塗られていたのだろう。端獣や吉祥の象徴はなく、魑魅魍魎に見えるゴテゴテな何かが施されていた。
(人間でいうと、悪趣味ってヤツかしら)
「村民たちがこぞって飾り付けた自慢の堂ですよ」
「そ、そう」
何とも言えずそれだけ返す。さらに近づくと新鮮ではなく、かなり腐敗した血液の臭いがした。自らが魔物とは言えどあまり良い気持ちにはならない。腐肉はある程度美味いが、それ以上はただの腐物になる。
山伏式神は眉をひそめてどういう事だと、リスをみた。
「ああ、ルシャ様に捧げられた供物の匂いでございます」