少しの間、旅に出る
閃光に目が慣れてくると始まりの、アスファルトの上に来ていた。
人間どもが使っている国道というやつだ。だが霧が深いため周囲は伺えない。あの越久夜町を飛び出してしまった最初の道だ。
しかし別の異界に迷い込んだ際にくぐったトンネルはなかった。
「…疲れた…」
「お疲れ様。戻ってこれたようね」
山の女神が凛とした佇まいでこちらを見下ろしている。
「山の女神、あ、ありがとう」
「さあ、お行きなさい」
「え…」
「貴方はもっと外を知るべきよ。人の世で、人ならざる者たちが何をしているのか…人類がどう進化していくのか見てきなさい」
「私はただ、荒れ野に!」
ひたすらに、我が家に帰るだけを考えて行動してきた。それなのにまた迷子になれと言うのか?
「越久夜町はね。一度、死んでしまったの」
「は…」
「私たち神々や協力者の拙い力で、町を再建するには時間がかかる。だから、それまでに旅をしてきなさい」
膝から崩れ落ちそうになるが、堪え、無理やり肯定する。「わ、分かった。また戻ってこれるンでしょう」
「ああ、私が山伏式神の最も知っている荒れ野を再建してみせるさ。だがその間は似たような場に出くわすかもしれない」
「よく分からないけれど…」
霧が少し晴れ、トンネルがあった先には道が続いていた。
「この道をずっといくと蛭間野町に出る。ヒツ、…日間がいるはずだから、とりあえず挨拶にいくといいわね」
「日仏村の…山の女神は会いに行かないの?」
彼女は寂しげに苦笑する。
「私はあの人にすごく嫌われていて…山伏式神なら話を聞いてくれると思う」
「は、はあ…」
神霊の世界にも人間関係らしきものがあるようだ。そろそろ別れなきゃいけないのか、越久夜町の方から車の音がした。人の時間が動き出している。
「…さようなら、お元気で」
「気をつけてね…」
背を向けて歩き出す。振り返るのは悪手だと分かりながらも、後ろ髪を引かれた。はるか遠い昔の神話では伊邪那岐と伊邪那美が決別したきっかけになる、黄泉の国で見るなと言われて見てしまった──見るなのタブーを冒した。
山の女神、越久夜町の最高神に出て行けと言われたのに戸惑うのは見るなタブーに類似している。
「さようなら。私のふるさと」
小さく弱々しく呟き蛭間野町へ進む。あの犬がいなくなり標識の文字は読めなくなってしまったか、と自嘲する。
越久夜町と書かれた文字を探す。なかった。
が、蛭間野町と、ハッキリと文字を読み当て立ち尽くした。
「アイツ…バカね、全く」
これにて完結になります。
ありがとうございました。




