弱者のあがき
「あっあの、また、体が人間じゃない奴がやってくるんじゃ…」
作業員の下っ端らしき男性が弱々しく言う。リスに連れてこられてしまったのを酷く怖がっている。
「…。その前に縄を解いてくれませんか?小さい子に言うのもなんだが…」
「良いけれど。外は、ゾンビって言う奴がたくさんいるわよ」
「…嘘言うんじゃねえよ!」
血気盛んな気色を漂わせたもう一人が怒った。
「人でない私が嘘つくわけないじゃない」
それを聞いた三人は息を飲む。目の前にいる子供がバケモノの仲間だと突きつけられ、おもしろいくらいに動揺する。
「ああ…もう、帰れないんだ…」
「まだ死にたくねえよ!」
「お願いだ。これを、外に戻れたら会社に渡してくれないか」
一人から握りしめていたスマホと財布を渡され、たじろいだ。「縄を解いてやるから逃げなさいよ」
「多分また捕まえられるか殺される。俺らは何度も日仏村から出れないか、試してみたんだ。ダメだった」
「…そう」
「あんたも同じ境遇なら、これがある。非乃手山周辺の地図だ。外に出れたらそれを見て帰るといい」
ポケットにしまわれた地図に目配せすると頭を下げた。
「あ、ありがとう」
人間にそこまで親密に話されたのは初めてだった。悲鳴か、罵倒か、それか。山伏式神、いや、人食い魔へ向けられた事は有り得ない表情。
「俺たちを一思いにやってくれないか」
「はあ?!何言ってんだよ!ふざけんじゃねえよ!!」
「僕は…別に、戻ってもパワハラされるだけだし…」
様々なリアクションを取る人間どもに困り果てるも、そこは汲み取ってやるべきだろう。
いっそ、死ぬ運命ならば楽に終わった方が最善だと、山伏式神は信じているのだから。
「──分かったわ」
小屋から出るて手にしたスマホと地図を懐にしまう。財布は一応、資料と共に便利な闇の収納スペースに置いといた。ふと手記が気になり、木によじ登り急速する。
『魔法使い連盟・東京支部 沢良 犬一郎』
そう書かれたページをめくると、ここに来るまでの経緯が書かれていた。1993年。埼玉県にある日仏村が突如として消えてしまった。
消えたというよりは村民や観光客が根こそぎ消えてしまったという。あるのは民家と施設。そして長寿池だけだった。
温泉街というのに源泉がなく、魔法使い連盟と結託した警察や消防団で湖底を調べると人骨がたくさん出てきた。
ニュースにならないようきつく口止めを敷き、魔法使い連盟から犬一郎と磐里という土地勘のある魔法使い、そうして現在のリスが抜擢され、日仏村に向かう──。
「へえ、リスはそん時に来たのね」
ではあの民家で首吊り自殺していたのは沢良 犬一郎だろうか。
魔物や邪神に味方する魔法使いは珍しくない。リスもその一人であっただけで、魔法使いもさして気にしていないだろう。
(一思いに、か)
童子式神に言う時がきたら、自分自身はどのような状態にあるだろうか。




