ムヅミの無茶ぶり
彼女は再び口走って、伝えようと外を指さした。しかしその声音は耳に届かず、唇もこの地域で話されている日本語という言語の動きでもなかった。
ならば異国か?それとも真の異界か?
嫌だ。厄介なのは童子式神で充分だ。
葛藤しつつも、山伏式神は旅館のエントランスを通過していったムヅミを追いかける。
帰るのなら帰りたい。テリトリーでまた数百年過ごせるのならダラダラしていたい。
ムヅミが越久夜町へ帰れる手立てをくれるのなら、藁にもすがる方が良いだろうか?
バレたらムヅミがいた、とバラしてしまおう。そうすれば己の責任は分散される。
ソッと扉を開けると、夜風が吹き込んできた。最悪な臭いさえしなければ霧のかかった木々の匂いがするはずだ。
あるはずのない知識が…、村をうろついている者どもは音を立てなければ気づかれないのだと教えてくれる。ゾンビは音に敏感で…──ゾンビとは、そこまで恐れられるほどの化け物なのか。
(ゾンビは、たくさん映画ってヤツに出てくるみたい。てか…映画ってそこまで面白いの?分からない)
魂のない、形があるだけの肉塊。動いてはいるが知性はなく、理屈は知れないが人を襲う。
人ならざる者ではないが、それに近い存在。
フィクションである異形がなぜ村にいるのだろうか?
(あああ分からない…じゃあこれはフィクションの世界?てゆーかフィクションは?…夢を見てる?これって夢オチになる?!夢オチって何??)
今体験している出来事は絵空事に近いと自覚する。
ムヅミは雑踏をぬって、ズカズカと進んで行ってしまった。慌てて後をつけるが不思議と『ゾンビ』たちはこちらにきづいていないようだ。
音を立てぬよう、神経を使い、ぶつからないようついていく。
「何だか、胃がムカムカするわね…サイテーよ」
ため息をつき、温泉街を往く。昼間には気にしなかったが、温泉まんじゅうやラーメン、おでんなどが売られているが、もはや廃墟と化しているせいで、看板は色あせ見るも無惨な状態で放置されていた。
村が長らく衰退していたのに。灯台もと暗しとはこの事だった。
ゾンビらもお土産屋には見向きもしない。
「おいしいのかな…」
生まれてこの方、人の食べ物は口にした事がない。温泉まんじゅうがおいしいのならば、食べてみたいと羨んだ。甘味がある。物産展にはその土地の自慢の食材がある。
人の血肉しか食べていなかった山伏式神には真新しく感じる。
童子式神は食べていたのだろうか?人の食べ物の味を知っているのだろうか?
相変わらず合成画像のような少女は村の外れにある、小さめの民家の前にたどり着くや手招きした。
「…何をするつもり?私を食うの?」
首を横にふり、また頭を下げる。
「仲間がいる?」
曖昧な動作で否定すると──彼女は玄関ドアに吸い込まれてしまった。「ちょっと!ジェスチャーできちんと説明しろーっ!」




