ゾンビがはびこる温泉地
ムヅミは弱気にコクリと頷くと、ぬらりとした暗い廊下を歩いていった。
「なになに?遊びたいの?」
我に返り、追うか否か迷う。探検とはいえ、良いように利用される危険性がある。
いいや、利用するしか彼らは考えていないだろう。親切にしてくるという事は裏に下心があるから。
人や魔だってその仕組みは変わらない。
やけに俯瞰的な思考ができるな、と山伏式神は要らない知識に少しだけ感謝した。
(まあ、これまで誰にも親切にされた覚えはないけど!)
人生経験からして山伏式神にとって利用されても、捕食されなければいいだけだった。
食われるほどバカではないが、何かも疑うほどのすれた人格じゃない。
(食われそうになったら食う、それだけよ)
どんなに取り繕った人の真似も剥がれてしまえばただの魔物。
それに。自分には雑魚を凌駕する力がある。だから心配ない。
(私は強いんだから、フン。怖気付いてらんないわ)
「待ちなさいよ…」
また静かにしろ、と注意される。
「バレたらやばい?」
こちらも忍び足で彼女についていく。外に出る手間、窓から温泉街の様子が見えた。
昼間あれだけ閑散としていた景色は人で覆い尽くされている。(あれは人ではない…なんていうの)
魂のない、不気味な塊に見えた。
人間と思わしき者たちは徘徊し、意志を感じさせずただ行進している。中には四肢を欠損している者もいた。
──ゾンビ。アンデッド。
付属された知識が教えてくれる。あれは生ける屍。
人間の世界では割りと有名な化け物らしい。ウイルスや呪いで屍が動き出す。あくまでも娯楽としての架空の化け物だった。
「いつだか死人を動かそうとしていた術師がいたわね…ん?でもソレは…」
山伏式神は直接会っていない。だが、この記憶は妙ちくりんな足の能力でない。
自らに備わっていた記憶だ。
「??????」
不確かな違和感に吐き気がして、息を吸い込んだ。
「おえっ。変な臭いがする!」
人肉が朽ちた腐臭とはまた異なる嫌な臭い。人ならざる者も食わない、危ない腐敗臭だ。
山伏式神は鼻をつまみ、外に出るか戸惑った。あれは死体に混ざっていた毒と同じ。
「貴方、どこに行きたいわけ?」
山伏式神は誰にも親切にされたりしたりしない気がします。




