越久夜町は消えて、
「あ、いや、私はそんな、アレよ!あ、あーえっとお…何でもないわ。そうねえ、ちょっとばかし人間に信仰されたからかしらぁ?」
山伏式神はあの獣の足──ゲテモノのせいではないかと口走りそうになりすんでのところで誤魔化した。
誰々に似ているだの、さして自分の顔面を気にした事もないため、彼の感想を下手に否定しない方が良いだろう。
身のために。
「ルシャ様は越久夜町に、自らの半身がいるとお話してくださいました。近年、越久夜町は…土砂災害により壊滅してしまったとお聞きします」
「あら、そうだったの。知らなかった…そう、私は知らずに異界を過ごしていたのね」
「きっと、山伏式神様が日仏村にきたという事は…何か意味があると思います」
越久夜町から人や魔がこなくなったのは災害が起きたから。
知らずに、山伏式神はずっと待っていた。
──童子式神。巫女式神。
彼らは。
既に生きていないのかも。
「薄々気づいていたのよ。もう町がなくなったのは。で。この村は、存在しているの?」
「ええ。わたくしやルシャ様がいる限り、村は続いていきます」
「羨ましいわ」
食事を終え、温泉はないが、部屋に戻った。
(新鮮な肉だったとはいえ、どこか、こう腐っていたような、変な味がした…)
生け捕りにしていたというのは、嘘ではないだろうが…。毒を盛られたのは確かだろう。
ただ死なない程度なのが奇妙である。
(そもそも腐る腐らないってルシャとかいう変なヤツの力のせいかしら…)
あの作業員は異界に迷い込み、食われようとしていたのか。それとも逃げて見つかったのか。
分からないが、あのミイラ化した遺体に杭を打ったのもソイツなのだろうか。
(考えるだけ無駄よ…)
日が落ち、山伏式神は畳に寝そべった。「あ」
天井には血飛沫が幾重にも散りばめられ、ここで何かあったと物語っている。
「はーーーあ、美味しい血が食べたいわぁ…」
瞼を閉じて、かつて口にした美味な血を思い返す。一度だけ食べた、質の良い血肉。
あれは──いつだったろうか。
越久夜町がまだ災害にあう前?それとも昨日か?数百年前?
人や獣の肉など一々覚えているはずもない。
つらつらと頭をめぐらせていると、『夢』を見る。
ガラス張りの箱に閉じ込められ、遊ばれている夢。いわば昆虫を採取して餓死するまで観察する子供のような。
ニヤニヤと昆虫がどう動くかを見張っている者がいる。
「──山伏式神。忘れていませんよね?あっしとの約束を」
「命をくれ」
「まだくれないのか?あっしはおめえを特別扱いしているのですよ」
特別扱い。綺麗な羽をしている蝶々だったから、それとも物珍しい生き物だったから?
「まあ、そうやってもがいている姿も見ていて飽きやしませんが」
「山伏式神。おめえならどうします?」




