温泉なんてなかった…
山伏式神はふいに道に散乱したパイロンを思い出した。あれは目の前にいる作業員の物ではないだろうか。
鮮度に問題があるとしたら、彼がここに来れたのはいつなのか?
(…こんなヤツ、パイロンとか作業着とか?あまり見た事ないのに。なんで連想されたのかしら。この知識、やっぱ、ぜっったい私のものじゃない!出ていってよっ!)
イラついて奥歯を食いしばるが、脳裏にあの、ガラスの間での会話が過ぎった。このままでは童子式神に命を取られる。
(夢だとしても?──夢?人ならざる者が夢を見る?)
(童子式神に食われるのはごめんだわ。あんな腑抜けた奴に!)
馬鹿げている。
人の下についた魔に食われるなんぞ、恥さらしなどと言うレベルでない。
(あーあ。私も一度は人に従ったんだっけ)
頭が勝手な思考をする、煩わしい。
困惑しながらも人間を食べる。魔であるのなら人を食うのは造作もない、普通の生活の一部だ。お世辞でもあまり美味しい肉や血ではなかった。新鮮ではあるのにどこか混じり気がある。が、連続で食事にありつけるのはありがたかった。
微量の毒が混じった飯を食べたみたいな。
「それにしてもたくさん食べられるってありがたいわ!」
「喜んでいただけて何よりです」
リスが嘘くさい笑みで答えた。営業しているのだから当然だが、もう少し自然さを身につけたらどうだろうか?
「温泉ってのに入ってみたいのだけど、どこにあるのかしら?」
「申し訳ございません。温泉は人間様限定なんですよ」
「へっ??」
「人間には長咒池を天然温泉としてご提供させていだだいております」
あの湖だろうか?
「ルシャ様のお力で湖を温泉に見せているのです」
「そうだったのね…」
泥や血飛沫を浴びた際に沐浴なら何度かした事があるので、少し残念だった。写真や知識ではとても魅力的に思えたから。
「珍しい。人ならざる者が温泉に興味を持つとは…」
リスが素面に戻って言う。「そう?」
「ええ、やはり、ルシャ様に似ております」
Happy Halloween!
(ここでそれを書く)




