地図から消えた町
ふざけ半分で異界へ迷い込む輩がいる。好奇心で、SNSやインターネットに転がるあるかないかの噂を頼りに。
「ここが地図から消えた町?マジかー」
ある青年はスマホをいじりながら、異界へ迷い込んだとにわかに喜んでいた。SNSに地図から消えた町を探すと宣言し、重装備で夜な夜なやってきた。
だが、おかしい。周りには人の気配すら、草木や虫さえいないのではないか?
そんな疑問が浮かぶほどに静まり返っていた。それにこの強烈な視線は何だ?
「うわあああっ──!ぐぎゃっ!」
湿地帯に断末魔が響き渡る。風も吹かない無に近い世界で唯一の音だった。
荒れ果てた湿地帯に、獣ではない靴裏の模様が刻まれている足跡がついていた。酷く乱れた足跡は何かから逃げたかの如く、ふらついている。
それはシルエットだけの山から伸びており、草やぶの生い茂った方へ消えている。そこから咀嚼音がして、嫌に目立つ。
四つくらいの歳らしき子供が人間を食べていた。
登山者だったのだろうか。厳重に装備されていた登山用品は泥だらけになり、また血にまみれていた。
──そんな事は子供には関係ない。登山用の靴やらが散らばっていようが、そんなものはただの背景だ。
引き裂かれた腸と血肉、骨。喉を噛みちぎられた男性は目を半開きにしたまま、口を開き死んでいた。
子供は内蔵を雑な動作で食べ、手で口を拭いた。
「あまり美味しくないわね。ハズレか」
人間に相応しくない赤い目で冷酷に見下し、肩を落とした。「は〜ぁ。久しぶりの食事なのに…」
荒れ野に人が来る事は少ない。動物も野鳥や小動物くらしか生息しない死地である。それも何故だが最近はいない気がする。
何故ならば子供──少女が食い尽くしたからだ。
人間が来なくなった。野生動物も、不自然に数を減らした。そうして虫も。
食べ物がなくなりつつある。そんな時に現れた人間。
何百年に久しくご馳走に嬉しがっていたのか馬鹿らしくなるくらいだ。
「はぁ…それにしても」
荒れ野はいつにも増して閑散としていた。いつだか自分に似た魔が訪れては騒がしくしていたのに。
「山伏式神、か」
あの変わった魔はどこに行ったのだろう。いや、何かずれている気がする。
「私が知っている記憶はどこへ行ったの?」
何か。不自然さがある。気が付かなければそのまま過ごしていたであろう、違和感。
あれからどのくらい経ったのか?
分からない。魔物には時なんて必要ないからだ。日付も。
悩ますぐらいの出来事ならば彼女はここから出ている。
「何か忘れてるけど…。うーん。まあ、いっか」