光と影の狭間で
5話になります!
神殿の中心、光の塔の頂に位置する「円卓の間」。
白金に輝く広間に、十二の椅子が翼の形に並べられ、その中央に沈黙を貫く者がひとり。
アルヴィス。
神に仕える“光の聖使”としての顔を持ちつつ、闇を歩く者──“オーバン”としての影を併せ持つ男。
彼は今日も、神妙な面持ちで円卓の一角に腰を掛けていた。
「また貴様か、“影の翼”殿。最近の粛清は目に余る。まるで見せしめのようだ」
重々しい声で口火を切ったのは、金の翼。
経済を握る重鎮であり、権威を誇示するかのように金細工の指輪をテーブルに打ち鳴らした。
「見せしめ? 民の不穏を煽っているのは、むしろそちらの『徴収強化』政策では?」
冷ややかに返すのは、影の翼。
仮面を思わせる無表情で、指先ひとつ動かさぬまま金の翼を睨んだ。
「“光の翼”よ」
影の翼がゆるりと顔を向ける。
「先の作戦……“オーバン”が直々に動いたそうだな。よほど手強かったのか?」
「命令に従ったまでです」
アルヴィスはわずかに瞳を伏せ、声の調子も変えない。
その眼差しの奥に何が宿っていたか、気づいた者はいなかった。
「“あの子”は、どちらの翼を選ぶだろうね……?」
影の翼が誰にともなくつぶやいた言葉が、円卓に漂ったまま、静寂が戻った。
粗末な木造の扉が軋む音を立てて閉まる。
灯りの少ない地下の作戦室に、緊張がじわりと広がっていた。
集まっているのは黒鷲の軍団の幹部たち。戦場をくぐってきた者ばかりだが、今夜の空気はどこか違っていた。
「……タイミングが悪すぎる。今回の襲撃、完全に待ち伏せされてた」
先に口を開いたのはエロディ。
巻き髪の影が揺れ、眉根を寄せるその表情に苛立ちが滲む。
「それに、あの“オーバン”って奴……情報じゃそんな動き、なかったはずだ」
バスティアンが拳を机に打ちつけた。
「まさか“泳がされてた”……とかじゃないよな?」
瞬間、室内に不自然な沈黙が落ちる。
視線がちらりと向いた先、壁際に座るルシアンとジュール。
だが二人は微動だにせず、あえて無関心を装っていた。
「……ただの勘よ。確証なんかないわ」
ノエミーがそれを遮るように言うと、わずかに声を潜めた。
(あの男、“オーバン”……どこかで見た顔だった。あの舞踏会の、仮面の男……そして、クレマンを――)
喉の奥が熱くなるのを押し殺しながら、唇を噛む。
だが言葉は続かなかった。
「……ノエミー?」
レアが心配そうに声をかけたが、彼女はかぶりを振る。
(違う。今ここで言うべきことじゃない)
あの男は敵だ。クレマンを奪った男だ。
けれど……
剣を交えた瞬間に感じた、あの矛盾する心のざわめきが、どうしても消えてくれなかった。
一方、ルシアンとジュールは部屋の隅で目配せを交わしていた。
「……“やつ”が動きを早めてる。そろそろ綻びが出始めてるな」
ルシアンが誰にも聞こえないくらいちいさく低くつぶやいた。
黒鷲のアジト・奥まった小部屋。
灯された一本の蝋燭が、狭い空間を仄かに照らしていた。
「もう限界だ、ルシアン」
ジュールの声は低く、それでも確かな震えがあった。
「……俺たち、どこまでやるつもりなんだ? “やつ”に近づきすぎてる。ノエミーも、皆も気づきかけてる」
ルシアンは机に肘をつけたまま、冷ややかな視線を送る。
「限界? 何の? 忠誠心か? それとも良心の呵責か?」
「違う……!」
ジュールは拳を握り、壁に背を預けた。
「これはもう“義賊”じゃない。俺たちが救うべき民を、裏で売ってるんだぞ……!」
「売ってるんじゃない、“守ってる”んだよ」
ルシアンが立ち上がる。声には苛立ちを滲ませながらも、どこか滑らかだ。
「奴らに協力すれば、大義の火は消えない。少なくとも、俺たちは“選べる”位置にいる」
「……選べる……?」
ジュールの瞳が揺れる。
「違う、俺は選んでない……選べないんだよ、ルシアン。もし俺が背いたら、やつは──“あいつら”を始末しに来る……ノエミーも、バスティアンも、皆……!」
その言葉を、ルシアンは静かに遮った。
「脅されてることぐらい、分かってるさ。だがな、ジュール。お前がここで抜ければ、誰が“黒鷲”を守る?」
「……ッ」
「ノエミーか? バスティアンか? エロディか? 理想はあっても、現実の泥に慣れた奴はいない」
ルシアンは近づき、ジュールの肩に手を置いた。
「お前が黙っていれば、誰も死なない。今までそうだったろ?」
ジュールは答えない。
否定したい、すべてを捨ててでも。
だが、脳裏に焼きつく──奴らに受けたあの時の仕打ち。
「──わかってるよ……わかってるさ……」
彼はうつむいたまま、ただ小さく、悔しげに呟いた。
アジトの屋上。
ノエミーは瓦屋根の縁に腰を下ろし、足をぶらりと投げ出していた。
風が頬を撫で、戦の熱を冷まそうとしている。だが心の中は、熱の名残が燻ったままだった。
「……どうしてあんな目をするのよ」
誰にともなくつぶやく。
舞踏会で出会った“あの男”と、戦場に現れた“オーバン”。
仮面の下にあった瞳──優しさと哀しみを宿したあの目は、間違いなく同じだった。
クレマンを殺した男。
それなのに、自分は剣を交えながら、あの目に、声に、心が揺れた。
「……弱いな、私」
肩をすくめるように笑う。
誰にも言えない。仲間にも、ましてやルシアンにも。
あの男の正体を見抜いたのは、自分だけだというのに。
同じ日の夜、遠く離れた塔の上──
光の塔の最上層。
アルヴィスは一人、聖なる窓辺に立ち尽くしていた。
視界には星が瞬いているが、心はまだ闇の底に沈んでいた。
「……“黒蝶”…か」
そう呼ばれる彼女の姿が、今も網膜に焼き付いていた。
舞踏会で出会ったあの娘──あれがただの仮面の遊びだと、なぜ思えなかったのだろう。
彼女の瞳の奥に宿る炎。剣の軌道に宿る意志。
触れた刃越しに、胸の奥を抉るような痛みがあった。
「過去が俺を追ってくる」
呟いた声に応える者はいない。
教団も、元老院も──自分を操ろうとする。
だが、そんなことよりも今、なぜか心に残るのは、あの黒い蝶の気配だった。
──“あれがもし、あの夜の彼女だったとしたら”
そんな思考を振り払うように、拳を握る。
だが否応なく、彼女の瞳が胸に棘を残していた。
夜は静かに更けていく。
まだ互いに名前すら知らぬ二人。
けれどその影は、確かに互いの心に落ちていた。
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